第18話 22:00 アレン大佐&マジョリカ
宿屋を後にしたキャロラインとハネツグは通りをひた走りに走った。
道々で救護される隊員たちを横目で見ながら、やがて空気に火薬の匂いが混じり、同時に地面が僅かに振動しているのが感じられた。
スローターハウス周辺の広場にさしかかると振動はより大きなものになっていた。
しばらく前から銃声は止んでおり、立坑の周囲は元から配置されていたオウ曹長の部隊に、宿屋から忍者を追ってきたアレン大佐とイソルダ曹長の部隊が合流して、自然、ワイルドギース全部隊が集合した形となった。
部隊の一部は建物の上階や屋上などの立坑を見おろす位置に陣取り、店から運び出した対空砲を下に向けて配置している。
残りの部隊は立坑から距離を置いた場所に防御陣を構築して銃を突き出している。
立坑の上空を旋回していたマジョリカがキャロラインとハネツグを見つけてふたりのそばに降り立った。
「おふたりとも早く避難しなさい。あといくらもしないうちにここは戦場になります」
「エナジーコアを奪った人はどこに行ったの?」
キャロラインは必死の表情で訊いた。
「学者にエナジーコアを渡すためスローターハウスに入りました。やつの仲間もさきほど立坑に逃げ込んだところです」
キャロラインは再び走りだしたが、マジョリカが前に立った。
「この揺れ、お分かりでしょう。地下から何かがやってきます」
「でも、わたし行かなくちゃ」
「エナジーコアの件ならこちらで引き受けます」
「そっちじゃなくて、私が捜しているのはっ!」
鼻息荒く喚きたてるキャロラインの額にマジョリカが軽く触れると、彼女は布が落ちるようにゆらりと倒れマジョリカに素早く抱きかかえられた。
ハネツグの顔に不安の色がありありと浮かんだ。
「大丈夫、すぐに意識を取り戻します」
マジョリカはキャロラインをハネツグに預け「彼女と一緒に指令室へ避難してください」と建物の一角を指した。
宿屋のある通りから軍用車が一台やってきた。
運転しているのはイソルダ曹長、助手席にはアレン大佐の姿もある。車は指令室となっている建物に寄せて停車した。
マジョリカは降車する大佐に近づいた。
「大佐、怪我の具合は?」
「ちょっと頭を打っただけだ。それよりエナジーコアを奪われてしまった。申し訳ない」
ハンドルを握るイソルダ曹長が悔しそうに唇を噛んでいる。
この場を仕切っているオウ曹長も数人の部下たちを連れて大佐たちに合流した。
「殺し屋たちの後を追おうとしたんだが、この揺れがなあ……」
地面から伝わる振動が腹に響くほど大きくなっている。
「ああ、何か出てきそうだ」
オウ曹長が二の足を踏むのも当然だ。
「殺し屋が学者に加担するなんて想定外でした。でもそのおかげで重要な事実が分かりました」
マジョリカはそこで一旦言葉をとめて大佐たちの顔を順番に見た。
「学者の正体は人造人間です」
3人とも、マジョリカの言葉の意味を掴みかねた。オウ曹長が引きつった笑みを見せながら、
「まさか、あいつらはみんな破壊されたんだろう?」
「史実ではそうですが、事実は違ったということです」
「どうして学者が人造人間だと言い切れる?」
「学者はエナジーコア奪取の報酬として、殺し屋たちにスローターハウスの所有権を提示しました。それはつまりエナジーコアさえあれば学者は盗人街など不要になるということです」
「なんで人造人間はエナジーコアを求めるんだ?」
「エナジーコアは人造人間の動力源です。それ以外を動力源にしてもすぐに枯渇して生命が危機に瀕します。学者はエナジーコアを失ったか、あるいは使い切ってしまったのでしょう。だから盗人街を造った」
「なるほど、彼にとって盗人街は新政府から正体を隠すための隠れ家であり、代替エネルギーを得るための食堂であり、また、エナジーコアを探すための市場だったということか」
「エナジーコアを手に入れたら、それらすべてが不要となります」
「で、不要となったから殺し屋たちにくれてやるとして、学者はそのあとどうするんだ?」
「かつて彼らは人類滅亡を計画しました。中断した計画を続行するにちがいありません。
再び最終戦争が起こり、混沌が世を包むでしょう。学者は屠殺人の本当の名前がヴィクター博士であると言っていました。聞き覚えがある名前だったのですが、やっと思い出しました。ヴィクター博士とは今から100年前に人造人間を造った学者の名前です」
イソルダ曹長が助手席に身を乗り出してアレン大佐を見上げた。
「もう、ワイルドギースでどうにかできる問題じゃありません」
「マジョリカ、逃げよう」
アレン大佐の提案はまったく妥当であった。
ワイルドギースは傭兵団であり、救世軍や新政府軍のように大義のために戦ったりはしない。
それはマジョリカも同じである。イソルダの部隊がエナジーコアを守れなかったのは事実だが、奪われたそもそもの原因は協力を拒んだキャロラインにある。
エナジーコアがキャロラインの手にない以上、売買の契約は解除され、マジョリカがキャロラインに金貨を引き渡す義務はなくなる。
今のマジョリカにとって最適な手立ては店を引き払ってワイルドギース共々盗人街から避難することだ。それはマジョリカとて承知のはずである。
しかし、どういう訳か彼女は「わたくしは逃げません」ときっぱり言った。
「相手は人類を滅亡寸前まで追いやった人造人間だ。いくらあなたが覚醒者でも勝ち目はない」
大佐が説得にかかる。
「そうは思いません。覚醒者の始祖は彼らと対等にやりあったと聞いています。わたくしに連なる気がないなら逃げても結構」
「ああ逃げるさ。マジョリカと一緒に」
ここは譲れないとばかりに大佐は語気を強めた。
「もう一度いいます。わたくしは逃げません」
「どうしてエナジーコアにこだわる? あんな物あなたには不要だろう」
大佐は苛立ちを抑えながら訴えた。
「いいえ、わたくしにとって、あれはどうしても必要な物です」
「頼むから俺の言うことを聞いてくれっ!!」
アレン大佐はほとんど怒鳴りつけるように言った。
マジョリカの身を案じてのことだった。
大佐の剣幕に驚いて、さっと顔を引いた彼女の瞳はさも傷ついたような色が浮かんで細くなり、頬は見る間に紅潮し目尻にじわじわと涙が溜まってゆく。
「なんで……そんな強い言いかた……するんですか」
感情の爆発をこらえるように身体を硬くし、掠れた声で途切れ途切れに非難した。
良く言えば高貴、悪く言えば尊大なマジョリカが今にも泣き出しそうに顔を歪めている。
アレン大佐は哀れなほど狼狽した。
「マジョリカが無謀なこと言うから、だから俺……」
そこで言い淀むとすかさずマジョリカが「だって、それは大佐あなたが!」と反論したが、つづく言葉を塗りつぶすように建物の屋上で対空砲が轟然と火を噴いた。
立坑から大挙して現れたキルボットに向けてY字砲火がはじまったのだ。あとを追うように地上の大小砲も雷鳴し、隊員たちは抜刀、執銃した。マジョリカも涙をはらって対物ライフルに飛び乗った。
マジョリカの軍勢とオズ博士の軍勢との間で戦闘の火蓋が切って落とされた。
立坑の奥では、まるで内壁それ自体が上へ上へと移動しているかのように、数え切れないほどのキルボットが這い上がってくる。
それらのうち数十体が対空砲の直撃で吹き飛び穴の底へ落ちてゆく。それとて全体としては僅かな数で、降り注ぐ砲弾をやり過ごしたキルボットは立坑の縁から地上へと群がり出た。
そこを今度は地上に配置された部隊が撃って撃って撃ちまくった。
時おりキルボットも反撃するが、照準を合わせる余裕がないせいか狙いがひどく雑でワイルドギースの脅威にはなっていない。
あちこちから銃弾が飛び交い、キルボットたちはなす術もなく破壊されてゆく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
状況はワイルドギースに断然有利であったが、時間が経つにつれ弾雨を逃れたキルボットたちが周囲に散開しはじめた。
それらとて事前にオウ曹長が埋設した地雷を踏んで脚を吹き飛ばされ、地面で這っているところをハチの巣にされる。
鉄くずになり果てたキルボットを踏んで別のキルボットが発砲しながら防御陣に攻撃をしかけるも、そのすべてが単発的な弱々しいものだから、ワイルドギースの反撃で呆気なく全滅する。
それでもなおキルボットたちはあらゆる可能性を試すかのように多彩な行動で前進し、その度に何体もの犠牲が生じている。
人間の尺度でいえば常軌を逸した玉砕にしか見えない。
そんな中、マジョリカもまた空から対物ライフルでキルボットを掃討しつつ、機を見て立坑の奥へ侵入を試みるものの、内壁を上るキルボットたちの一斉射撃で堪らず地上に戻される。
戦場はある種、人智を越えた意志のようなものを持っており、時として思いもつかない挙動を見せることがある。
戦況の変転は突然訪れた。
屋上から対空砲を撃ち下ろしている部隊が真っ赤になった銃身を交換している最中、キルボットの放った銃弾が新しい銃身を抱えた隊員の頭を貫いた。
それにより交換に後れが生じ、対空砲の射角に位置するキルボットが大挙して防御陣に襲い掛かってきた。
味方を救うべく他の部隊が射撃方向を変えたため立坑への弾幕が急激に萎えて、弾雨を逃れた大量のキルボットが立坑の全方位から飛び出て波紋のように広がると、地上の防御陣を次々と襲った。
状況の機微を見逃すまいと四方に目を光らせていたアレン大佐は素早い対応に出た。
押され気味の防御陣は放棄して隊員をより強固な防御陣へ移動させ、部隊全体には射角を広くとった上、その範囲内での攻撃を厳命した。
その甲斐あって一度は緩みかけた包囲も再び息を吹き返した。
しかし大佐の表情は厳しいままだった。
キルボットは尽きることなく湧いてくるし、マジョリカの話を鵜呑みにするなら、あとには人造人間も控えている。
ワイルドギースが立坑を包囲したのはエナジーコアを守るためである。
そのエナジーコアが奪われてしまった以上、この場に留まってキルボットを破壊し続けても良いことなどなにひとつ、少なくともワイルドギースにとっては起きるはずがない。
段階的に後退しつつ、盗人街から脱出するのが賢明な判断だが、スローターハウスに侵入しようと躍起になっているマジョリカを置いてきぼりにもできない。
どうしたらよいか判断のつかぬまま時間だけが過ぎてゆく。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
キャロラインとハネツグはそろって指令室の窓から戦況を見おろしていた。
すると突然、キャロラインが「あっ!」と声をあげて立坑に設置された螺旋階段を指さした。
キルボットたちは地上に出ると敵陣めがけて走ってゆくが、階段付近のキルボットたちはどういうわけか踊り場に集まっており、階段の方向に発砲したり、ナイフを掲げながら階段を下りてゆく。
あのキルボットたちが何かと戦っているのは分かる。しかし、それが何なのかは位置的にあと少しのところで見ることができない。
しばらくして誰かが猛烈な勢いで階段を駆け上がり、両手に持ったハンマーで踊り場にいるキルボットたちを弾き飛ばした。
間髪入れずもうひとりが階段を駆けてハンマー男の背中に自分の背中をつけた。
引きも切らずに襲い掛かるキルボットたちを、ふたりは互いを庇いながら的確な反撃で退けている。
ハンマー男の方はふたりとも面識はなかったが、もうひとりの方は知っている。その人に会うためにふたりは宿屋から全速力で走ってきたのだ。
あれは間違いなく女神像を盗んだ忍者だ。
とすると一緒に戦っているハンマー男はマジョリカが言っていた忍者の仲間だろう。
たしか忍者はオズ博士に雇われて女神像を盗み出したはずなのに、どうして彼の操るキルボットと戦っているのか。
ハネツグは疑問に思ったが、となりのキャロラインが立ち上がって外に出ようとしたので、疑問を頭から放りだして彼女の手をつかんだ。
「はなして!」
「駄目だよ、あんなところ行ったら死んでしまう」
「あの人が父さんか確かめなきゃ! わたし、父さんを捜すためにここまで旅してきたんだよっ!」
それでもハネツグはキャロラインの手を離そうとしない。
もし離したら二度と彼女に会えないような気がした。
ふたりの喧嘩を他所にあれこれと忙しく動き回っていたアレン大佐や指令室の隊員たちが一斉に動きをとめた。
人がたくさんいる空間で、稀にすべてが水を打ったように静まり返る瞬間がある。あれが指令室にも訪れたようだった。
ハネツグは反射的に周囲を見たあと、大佐たちが金縛りにあったように見つめる視線の先を追った。
そこには立坑から空の高みへと羽根のように滑らかに上昇する男性の姿があった。
「もしかして、あいつが?」
アレン大佐は首からさげた双眼鏡を目にあてた。
身体を青く発光させながら宙に浮いているその男性をハネツグは知っていた。
どういう訳か肉付きがよくなっているが、あの顔立ちは紛れもない。
「大佐、あれがオズ博士です」
魔女に殺し屋に学者……。
役者に満ちた盗人街にあって、主役を張れる面々が一堂に会した瞬間であった。
宙に漂うオズ博士は地上を睨みおろしながら大音量で宣言した。
「我が名はオジマンディアス! 究極の人造人間である! 人類よ我が力を見よ、しかして絶望せよっ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
盗人街ではまごうかたなき大混戦が繰り広げられていた。
しかし役者はまだ揃っていない。三勢力すべてを丸呑みするほどの真打ち「第10重装機甲歩兵旅団」の先発隊が盗人街の外壁を隔てたすぐ外でひっそりと待機していた。
あと数分で本隊も到着する。
偵察車の後部座席にいる旅団長は車上から伸ばした観測機器を通して盗人街のようすを窺っていた。
攻撃の合図について諜報部から旅団長へ指示が出ていた。
なんでも、天に届くほどの巨大な爆発が午前0時を目途に盗人街で発生する。それを確認してから侵攻を開始せよとのことである。
爆発についての詳細は教えてくれなかったが、諜報部ではミラニウム爆発などと表現しているのが通信機の向こうで聞こえた。
若いころ歴史家になることを標榜していた旅団長はその単語をおぼろげながら覚えていた。
たしか最終戦争の折、救世軍が対人造人間用に開発した兵器がミラニウム弾という超ド級の爆弾だった。
とはいえ、今では大陸のどこを探しても実物は見つからず、戦争で使い切ったものと見なされている。
ならどうしてその単語が諜報部の口から出てくるのか。当時の技術は失われて久しいから新たに造り上げるのは不可能だろうし、たとえ諜報部がミラニウム弾をどこかで発見して隠し持っていたとしても、あれを飛ばすにはカタパルトが必要となる。
体積や質量を考慮するならそれはかなり巨大な構造物となり、外観上も予算上も目を引くはずだ。
諜報部はいったい何を企んでいるのだろう。
闇の中、盗人街の灯りを眺めながら旅団長は訝しんだ。
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