第17話 21:00 サンダンス&オズ博士
それはサンダンスにとって人生最悪の大失態だった。
ワイルドギースが宿屋で作業を始める前に屋根に侵入し、客室のすべてを調べてから対象の人物が来るのをじっと待った。
エナジーコアを持っている若い女も、同伴する男も後ろ姿しか見ていないので不安があったが、ワイルドギースが客室すべてを借りたので民間人を探せばよくなり不安は払しょくされた。
お目当てのふたりが部屋に入ったのを天井から確認して、さてどの段階で盗み出そうか考えていると、思いもかけない事態が発生した。
女が浴室でシャワーを浴びている隙に男が女のバッグからエナジーコアを盗んで部屋を出ようとしたのだ。
サンダンスはすぐさま天井から降り立って、男からエナジーコアを奪うと窓から逃走を図った。
ここまでは良かった。あとが散々だった。
浴室から飛ぶように出てきた女を見たとき、サンダンスは我が目を疑った。
若かりし頃の妻が全裸で立っていたのだ。顔立ちや身体のつくり、それに全体的な雰囲気もすべてがあの頃の彼女であり、おまけに銃まで同じだ。
もしかしたら自分は夕方に飲んだウイスキーで酔って寝ており、この瞬間を夢に見ているのではと思った。
しかし部屋のランプが吹き飛んではたと正気づいたとき、ようやく正しい視座から現実に触れ、彼は輪をかけて驚愕した。
なんでキャロラインが!?
俺の娘がどうしてこんなところにいるっ!?
色々と問い質したいところではある。
特に娘の全裸に祈りを捧げている青年との関係は是が非でも訊きたいところではあるが、ここは敵地の只中であり、自分は窃盗の真っ最中であり、そして何よりサンダンスは家族を捨てた身である。
後ろ髪引かれる思いのまま窓から外へ飛んで、ひさしを伝ってとなりの建物に飛び移る予定だった。
でも頭の中を吹き荒れる嵐のせいで、まともに仕事ができる精神状態ではなく、すぐに足をもつれさせて無様に落下した。
気づくとサンダンスは隊員たちがタバコを吸いながら囲んだ輪の中に倒れていた。
みな驚いて一歩しりぞき彼を見おろしていた。そのうちひとりが彼の肩に手を乗せて「大丈夫か?」と聞いてきた。
上下黒装束に黒頭巾という、見るからに怪しい格好にもかかわらず、隊員たちに敵はクラボットという先入観があるため、とりあえず優しく接することにしたらしい。
他のひとりがサンダンスに手を差し出し、彼もその手を借りようとのばした手がエナジーコアを握っていることに隊員も彼も同時に気づいた。
「それ、エナジーコアじゃん」
隊員が言い終えるより早くサンダンスは駆け出していた。
背後から待てという声が聞こえてすぐ、いくつもの銃声が鳴り響いた。地面に着弾の砂煙があがり、耳のそばを弾丸の風切り音が通り過ぎてゆく。
余りにもお粗末な自分に情けなくなってきたが、落ち込んだってはじまらない。さっさと手ごろな脇道を見つけて闇に隠れなくてはと、走りながら目だけを左右に動かした。
その視界の端が彼に向かってまっしぐらに突進するアレン大佐を捉えた。
避ける余裕はなかった。
前傾でサンダンスにタックルしたアレン大佐も、派手に突進されたサンダンスも各々が違った方向へ飛んで地面に転がった。
衝撃でサンダンスはやっと本来の感覚が甦ってきた。
転がる身体を素早くひねって立ち上がり、再び走り出そうとしたとき、ふいに冷水を浴びせられたような悪寒が走って動きを止めた。
もしやと空を見上げ、やはりと確信した。
視線の先には上空から急降下する対物ライフルとその上に立つマジョリカがいた。
彼女はいつもの赤いドレスから一転、胸と腰がぴっちりタイトに締まった漆黒のライダースーツに流線形のヘルメットという出で立ちで、手には銀色に輝くスピアを握っている。
こっちの方が魔女に近いなとサンダンスは場違いながら思った。
マジョリカは垂直に落ちて地面すれすれで直角に方向転換すると、土埃を巻き上げサンダンスに迫った。
こうなったらやるしかない。
ここで彼女を倒すことができれば、あとはワイルドギースだけだ。
闇に紛れて彼らを巻くなんてお手のものである。
サンダンスがホルスターに手を当てると銃がない。
銃が下がっているはずの腰を見おろしたとき、左肩に衝撃が走り、次の瞬間、激痛が襲った。肩を手で押さえながら、まさかとの思いでアレン大佐を見ると、彼は伏射の姿勢でサンダンスから奪った銃を構えていた。
アレン大佐はサンダンスを倒す絶好の機会を得た。とどめを刺そうと再び引き金を引くが単発式だから弾は出ず、「なんだこの銃……」とぼやいて再びバタリと倒れた。
完全にアレン大佐を
だから彼にタックルされたとき銃を奪われているなんて想像もしてなかった。
再びマジョリカに視線を戻すともうすぐそこまで来ていた。
この場に留まればライフルに粉砕されるだろうし、左右どちらかに飛んだところでスピアの間合いから逃げられるとは思えない。
マジョリカが対物ライフルを発砲した。万事休すかと思ったとき、突然、サンダンスの眼前で強烈な光りと破裂音が生じた。
見えたのは相棒ブッチが自慢のハンマーをフルスイングして弾丸を打ち上げた瞬間だった。
ブッチはハンマーの動きに身を任せて身体をくるりと回転させてから、迫り来るマジョリカにハンマーを振るった。
マジョリカもスピアを真っ直ぐに伸ばしてライフルを直進させる。
次の瞬間、ハンマーとスピアの接合部で眩しい光りが炸裂して周囲を真昼のように照らすと、そこを起点に外側に向かって強烈な風が吹き出した。
数秒後、ふたりは同時に飛び退って距離を置いた。
「待たせたな相棒っ!!」
ブッチは気絶したアレン大佐から拳銃を取り返しており、それをサンダンスに渡した。彼は「すまない」と情けない口調で言って銃を受け取った。
「いいってことよ! それより傷は大丈夫か?」
「こんなのかすり傷だ」
「ならスローターハウスに急いでくれ。追手は俺が引き受けた」
マジョリカは対物ライフルを滑るように移動させてアレン大佐のそばに降り立った。
「大佐!」と叫ぶ彼女の顔は悲痛に歪んでいる。
アレン大佐は口の端を少し上げ大丈夫とばかりに小さく頷いた。
そのあとすぐイソルダ曹長が大佐に駆け寄って傷の手当てをはじめ、宿屋にいた隊員たちもようやく来援した。
マジョリカは再び対物ライフルに足を乗せ猛烈なスピードでサンダンスを追いかけた。隊員たちもあとにつづく。
そんな彼女たちの行く手をハンマーを頭上にかざすブッチが遮った。
真っ赤なつなぎ服は夜でも存在感抜群である。彼は面布をうしろに跳ねると片頬をつり上げ獰猛な笑みを見せた。
「
「ぶち殺されるのはあなたです!」
直後、両者は衝突した。
いかな覚醒者ブッチといえど、ワイルドギースも助勢したマジョリカが相手では敵せずと思われた。
しかし予想とは裏腹にこれが存分に渡り合うのである。
しかも戦うにつれ、彼の身体がだんだん大きく見えてくるから不思議だ。
サンダンスは建物同士の細い通路を進み、そこから外壁を素早く駆け上がる。
緊迫した状況のおかげで肩の痛みも麻痺しており、いつものように動くことができた。屋上まで来るとそこから屋根伝いに猫のようなすばしこさで移動してゆく。
眼下ではマジョリカとワイルドギースが発砲を繰り返しながらサンダンスを追おうとするが、ブッチが弾丸をハンマーで弾いたり、マジョリカの渾身の一撃すら跳ね返すという神業を何度も繰り返すため、なかなかサンダンスに肉迫できない。
とはいえ人数だけはいるから、ひとりも漏らさず倒そうとするブッチも徐々に後退を余儀なくされ、そういった状況が戦場を徐々にスローターハウスへと接近させていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
立坑の周辺はいく筋かのサーチライトが夜空にのびていた。サンダンスたちの情報がオウ曹長の部隊に伝わったのだろう。
サンダンスは立坑を見おろす建物の屋上で足をとめた。身を屈めて屋上の端から下界を窺う。建物からどんなに跳躍しても立坑までは距離があるため地面に降り立つことになる。
着地自体は軽くこなせるが、問題は直後にワイルドギースの集中砲火を浴びてしまうことだ。
宿屋のときは虚を突かれた隊員が即座に反応しなかったから事なきを得たが、今回は既に臨戦態勢にあるので同じ幸運に恵まれることはないだろう。
どうしたものかと思ったとき、遠くに聞こえていた剣戟の音が止み、代わりにブッチの怒鳴り声が聞こえた。
「待て魔女! 俺を
振り返ったとき、すでにマジョリカはそこにいた。
浮遊する対物ライフルの上に揃えた足で立ち、凛とした姿勢でスピアをサンダンスに向けている。
夜闇の中で魔女と忍者が相対した。
「エナジーコアを渡しなさい」
サンダンスはエナジーコアに目を落とした。
商人のマジョリカが売却を拒み、オズ博士が全財産を叩いてまで盗ませた。
なぜみんなこんな物に執着するのだろう。
「これ何なんだ? 派手に光る以外はありきたりな女神像だが」
マジョリカは答えず反問した。
「なぜオズ博士になんか雇われたのです。盗人街に混乱が生じるのは明白ではありませんか」
「誰が何をしようと自由な街、それが盗人街だろう」
「ならばわたくしは博士の2倍払います。だから返してください」
「俺たちの報酬は金貨じゃない」
「どういう意味です? 博士は何を報酬として提示したのですか?」
「スローターハウスの所有権さ」
マジョリカの動揺が強固なヘルメットを容易にすり抜けてサンダンスに伝わってきた。
「どうだ、驚いただろう」
「ええ驚きました。殺し屋ふたりの馬鹿さ加減に」
まるで足元から風が吹き上げるように魔女の長い金髪が扇状にはためいた。
「オズ博士がエナジーコアを欲する理由が分かりました」
マジョリカの乗る対物ライフルが高速でサンダンスに迫った。状況は少し前と似ていた。サンダンスがこのまま何もしなければライフルの弾丸が彼の身体に大穴を穿つ。かといって脇に飛んだとしてもスピアが彼を切り裂くだろう。
だが全く同じ状況というわけではなく、加えて言うならこの状況を彼は待っていたと言っていい。
が、それよりわずかに速く、サンダンスは一歩後退するとマジョリカの視界からすっと消えた。
落ちたっ!?
サンダンスがいた場所を通り過ぎてすぐに見下ろすけれど、地面に落下したはずの彼の姿はない。
困惑するマジョリカの身体が大きく揺れた。
「な、なにごとです?!」と益々混乱した彼女はすぐに揺れの原因を見た。
ライフルの後部、肩を当てるストックにサンダンスがしがみついていたのだ。
彼は後退して建物から落下したと思わせ、その実、屋上の
それだけの動作を瞬時にやってのけるところがサンダンスの覚醒者たる所以である。
「
サンダンスは離すはずもなく、むしろがっちり掴み直す。
地上から数発の銃声が聞こえたが、オウ曹長が魔女に当たるから撃つなと命じてからはただ見上げるのみだった。
業を煮やしたマジョリカが対物ライフルを勢いよく回転させて、遠心力でサンダンスを引きはがした。
ライフルから手を離して飛んでゆく彼を見てマジョリカは安堵した。
でもすぐに自分が彼の策略に加担してしまったことに気づいた。マジョリカの力強い一振りによってサンダンスは空を高く、そして遠くまで飛んだ。
マジョリカの放つライフルや地上からの砲火が身体の周囲を忙しなく飛び交う。そんな中、ワイルドギース数十名を向こうに回し獅子奮迅の白兵戦を繰り広げているブッチが空を仰ぎ見て、ケッケッケ!と怪鳥のごとく笑った。
そして叫んだ。
「行け! スローターハウスの新しい所有者!」
やがてサンダンスは降下をはじめ、スローターハウス唯一の出入口である立坑へと吸い込まれるように落ちていった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
サンダンスの身体は内壁をらせん状に這っている階段にぶち当たった。衝撃で階段は大きくひしゃげ、壁にとめたボルトが飛び出して階段が傾き直下の階段に当たって滑り台のようなかたちとなった。
彼はそこをひとしきり転げ落ちて、ようやく動きをとめた。
いったいどれだけの深間まで落ちたのだろう。
視線を上げると丸く切り取られた夜空が小さく見える。さすがに身体中が痛い。
ここまで落ちてもまだ底は見えない。
背後から電動機と金属の駆動音が聞こえて振り返る。見えたのは下階から階段を上がってくるクラボットだった。
クラボットは彼の前で停止した。
「待っていたよ」スピーカーからオズ博士の声が聞こえた。
「ついてきてくれ」
クラボットは頭を反転させてから身体を同じように反転させ階段を下ってゆく。サンダンスは黙ってあとに従った。
薄暗い階層に入った。
ランプが弱々しく照らす順路を100mほど歩いただろうか。見えてきたのは陽がそこだけ射しているような明るい空間とその下で椅子に腰かける細身の男の姿だった。
彼の前には大人数で食事ができるような長いテーブルがあるが、今は何も置かれていない。
男は身を起こしてサンダンスの正面に立った。
「君たちならやってくれると信じていた。さあ、エナジーコアを渡してくれたまえ」
オズ博士の声だった。
サンダンスが懐からエナジーコアを取り出して博士に渡すと、彼はそれを大儀そうに掲げて感嘆の声を発した。
「そうだこれだこの輝きだ。外宇宙の果ての果て、同胞たちがコバルトの海からすくい上げた生命の源、猛烈な重力で圧縮液化されたエネルギーの塊」
オズ博士は上着をつかんで引きちぎった。
身の危険を感じたサンダンスは数歩後退して、何があっても対応できるように身構えた。
しかし博士の腹が縦にぱっくりと裂けたときは面喰らわずにはいられなかった。博士がエナジーコアを腹の中に入れると周囲の臓器がそれをゆっくりと包み込みながら腹が閉じてゆく。
オズ博士は目を半ば閉じて恍惚の表情を見せた。
「この満足感を待っていたのだ。もう底なしの飢餓に苦悶することはない。呪いはようやく解かれた」
オズ博士が人間でないことは明らかであった。
その事実はサンダンスにとって驚きではあるものの、理解できる範疇の事実だった。
最終戦争ですべてが破壊され緩慢な死滅へと進んでいる現代とは対照的に、最終戦争前の旧時代には数々の驚異的な発明がなされたという。
恐らく彼はその時代に発展した超文明の産物なのだろう。
いずれにせよ、こちらはやる事をやったのだ。
「今度はあんたが義務をはたせ」
「もちろん、今、この瞬間からスローターハウスは殺し屋ふたりのものだ。私はここから立ち去る」
オズ博士は顎をあげて両手を高く掲げた。
低い放電音を伴って、手のひらから青い光の柱が天井まで一気に駆け上がる。
永らく眠っていた側壁や天井の証明が瞬く間に息を吹き返した。そして広がった視界にサンダンスは目を丸くした。
少し前まで暗闇だった場所には大量のクラボットがみっちりと整列していたのだ。
「これらは君に差しだすクラボットではない。よく見てごらん。右手には銃撃戦用の小銃、左手には白兵戦用のナイフが内蔵されており装甲も通常より強化されている。クラボットの戦闘仕様キルボットだよ。操作時の負荷が大きすぎて使えなかったのだが、エナジーコアを手に入れた今なら意のままに操れる」
「あんた、こいつら使って何する気だ?」
「最終戦争の続きをするのだ」
「最終戦争って、大昔に起きたやつか?」
「人類は私たちを残らず破壊したと思っているようだが、それは間違いだ」
「なにを言っている? 俺には全然わからないぞ」
キルボットたちの足元から頭にかけて放電の光りが走り、身体の内部では虫の羽音に似た駆動音が聞こえはじめた。
「きみたちふたりはスローターハウスの所有者となった。しかし残念なことにすぐ死ぬだろう。そして地理的に考えるなら最初に殺されるのはサンダンス、君ということになる」
部品同士が噛み合う大合唱が空間を満たし、キルボットの目が一斉に光ってサンダンスを見た。
永らく闇の世界に身を置き、死の瀬戸際に立ったことも一度ならず経験しているサンダンスでさえ、それは感じたことのない恐怖であった。
瞬時に身を翻して全速力で出口へと駆けた。
直後、背後から大量の足音と彼を狙う銃声が聞こえた。
絶対的な死が自分を追いかけていると想像しただけで腰が抜けそうになるが、なんとか転倒せずに走り続ける。
幸いにもキルボットの脚力はサンダンスに及ばず容易に距離を稼ぐことができた。
立坑が見えてきた。いける、逃げ切れる。
緊張しっぱなしの顔に若干の笑みが浮かぶ。やがて螺旋階段まであと数メートルという距離まで接近したとき、サンダンスはゆっくりと立ち止まった。その顔にもう笑みはなかった。
彼が目にしたのは立坑の内壁にトカゲのように張りついて地上を目指すキルボットの大軍勢だった。
その数たるや壁面が見えないほどである。
それらすべてが見事な同調で停止し、首だけ巡らしてサンダンスを見た。
彼は反射的に踵を返したが、そちらもそちらで寸分違わぬ歩調でキルボットたちが迫っている。
閉ざされた空間で包囲されたとあっては万にひとつも活路はない。風船から空気が漏れるようにサンダンスは身体から戦意が抜けてゆくのを感じた。
……もう駄目だ、おしまいだ。
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