第16話 20:00 キャロライン&サンダンス
じゃじゃ馬の言動がよほど腹に
驚いたアレン大佐や隊員たちが彼女から数歩はなれ、その様子に気づいたマジョリカはバツが悪そうな顔をして目を伏せた。
「と、とにかく」アレン大佐は場を取り
「夜明け前にはガンシップが金貨を持って到着するから、それまでの辛抱さ」
オウ曹長が数名の隊員と共に食堂に駆け入った。
「地上のクラボットはすべて破壊した。あと、スローターハウスの入口に隊員を配置した。蟻一匹通しやしない」
アレン大佐は了解したとばかりに大きくうなずいたあとマジョリカを見た。
万事ぬかりなく、流れはこちらに有利であるから心配無用とその目は言っていた。
「あなた方の能力を疑っているわけではありません。ただ、学者は負け戦をやらかす人ではない」
マジョリカは宿屋の出口へ歩き出した。
「どこ行くんだ?」
「戦衣に着替えてきます。ここから先はわたくしも参戦します」
通りへ出たマジョリカは肩にかけた対物ライフルを地面と平行に掲げて手を離した。
するとライフルは落下することなく腰の高さでプカプカと浮遊している。彼女が軽く跳躍してライフルの上に立った次の瞬間には、夜空に舞い上がり小さな点になっていた。
「いくらなんでも心配し過ぎだろう」
オウ曹長はアレン大佐に同意を求めるように言ったが、大佐はマジョリカの心情が伝染したかのように神妙な顔になっていた。
しばらくして彼はオウ曹長とイソルダ曹長を近くに呼んだ。
「いいか、いざという時のために退却の準備をしておくんだ。店にある軍用車両だけじゃ足りないから、金貨をばら撒いて街中から車をかき集めて、それに物資を積められるだけ積んでおけ」
オウ曹長とイソルダ曹長は互いに顔を見合わせてから、揃ってアレン大佐に視線を投げた。
「なんでだ? クラボットは地上にいないしスローターハウスから出ようものならハチの巣だ。夜明けになればガンシップが金貨を持ってくる。そうすれば魔女はエナジーコアを手に入れて分厚い装甲の店に引っ込むことができる。それによう」とオウ曹長は腕を組んで困った顔をした。
「そもそもこの宿屋にしたって防御は完璧で、どこからクラボットがやってきても撃退することができる。魔女はイソルダが嫌いだから彼女がつくった要塞が気に入らないだけだろう」
「そうです。不審者の侵入はすべて退けてやります。そして私も魔女が嫌いです」イソルダ曹長も
焦ったアレン大佐は両手をあげてふたりを
「このさき何が起こってもおかしくない気がする。だからあらゆる事態に対応できるよう手を打っておきたい」
マジョリカの不安に着想を得たアレン大佐の予断は、結論からいえば的中した。
例をあげると、オウ曹長もイソルダ曹長も要塞化した宿屋には誰も侵入することはできないと
でも要塞化する前にすでに侵入を許していたとすれば話は別である。
宿屋を探して通りを歩くキャロラインとハネツグに追従していたのはイソルダ曹長の部隊だけではなかった。
殺し屋のブッチとサンダンスもまた、人ごみに紛れ、あるいは夕闇に溶け込みながらふたりのあとを追っていた。
やがてふたりが宿屋に入ると、イソルダ曹長たちが改築するより早く、サンダンスは外壁をするする上って2階の屋根裏に身を潜め、エナジーコアを奪う機会を静かに狙っていた。
その間、ブッチは相棒に不測の事態が生じたときのため宿屋全体が見わたせる位置に身を隠していた。
自身と同じくらい大きなハンマーをわきに置き、背中には刀と腰にナイフを何本も差して戦う気満々である。
キャロラインは部屋に入るなり浴室に向かいシャワーを浴びはじめた。
女神像の入ったバッグはダブルベッドの上に無造作に投げられたままだ。そのバッグを見つめながらハネツグは必死に妙案をひねり出そうとしていた。
例えば、彼女がシャワーを浴びている隙に女神像を取り返して盗人街からおさらばするのはどうだろう?
しかしその場合、彼女を教会に連れて行くという命令は実行不可能になる。
ならばいっそ彼女は死んだということにしてしまおうか。シスターとしては女神像の奪還が最優先事項であろうし、ハネツグが盗人街に着いた時点で、すでにキャロラインは強盗に襲われ生命を落としており、ハネツグはその強盗から女神像を奪い返した。
こんなカバーストーリーならいけるのではないか?
この線でやってみようと、さっそくバッグを掴み脇に抱えてみたものの、下階にいる傭兵たちに怪しまれるのではないかと思い、女神像だけを取り出してバッグはベッドに戻した。
どうにか服の下に隠せないか工夫しながら扉に向かいはじめたが、すぐに足どりが重くなり数歩で立ち止まってしまった。
ハネツグはシャワーの音が聞こえる浴室の扉をしばらく見た。
そして視線を落とし考えた。今、キャロラインのもとを去ったら再び会うことはないだろう。それがとてつもなく嫌だった。
もっと彼女と話したい、もっと触れたい。とにかく一緒にいたかった。とはいえこのままでは教会に帰れない。
どうしたものかと視線を上げたときだった。
……目の前に
扉や窓から入った様子もなく、近づいてくる気配もまるで感じなかった。しかもその衣装たるや上下黒服に黒頭巾、額には鈍く輝く
状況に頭がついてゆけず静止したままのハネツグに向かって、忍者は抜く手も見せぬ速さで拳銃を構えて、彼の眉間にぴたりとつけた。
急速に恐怖が湧き上がり、うわっと悲鳴を上げかけたが、彼の手にあった女神像の重みが消えたことに気づいたときそれは忍者の手中にあり、あまりの手際のよさに驚きすぎて悲鳴が引っ込んだ。
忍者は風を巻いて反転すると扉へ走った。
数瞬遅れて頭の中で復旧しはじめた冷静な部分が彼を追えと命じ、やっとハネツグはあとを追いはじめた。
忍者は扉を蹴り開けると思いきや、足の裏を扉につけて側壁を駆け上がったかと思うと、次は天井に足をつけて上下逆さまになってハネツグの方へと向かってきた。
そのときにはハネツグはもう自分の見ている景色が信じられなくなっていた。
ただ走りながら天井の忍者を目で追い、しまいには頭をうしろに逸らし過ぎて背中から派手に倒れた。肺の空気が口から一気に飛び出て激しく
浴室の扉が勢いよく開いたのはそのときだった。
一糸まとわぬキャロラインが全身ずぶ濡れの状態で浴室から飛び出してきたのだ。
彼女は瞬時に部屋を見わたした。
床にはハネツグが背中を抑えて海老反っており、窓辺には見知らぬ黒装束の男がエナジーコアを手にして立っている。
これはもう強盗に間違いないと断定し、浴室から携えてきた銃を忍者に向けた。
あれだけ奇想天外な動きをしていた忍者だったが、キャロラインを目にしたとたん、まるで魅入られたかのように窓辺で立ち尽くしている。
一方ハネツグはというと、ようやく転倒の痛みから回復し始めたものの、彼の前で堂々と立っている全裸のキャロラインを正面の、しかも低い角度から見上げるかたちとなり、結果、とんでもないところまで見えてしまって、思わず聖書の一説を呟きながら胸元で十字を切っていた。
しかし彼女の握る銃に視線を移したとき、数秒前に眉間に突きつけられた銃とまったく同じであることに気づき「撃っちゃだめだ!」と声を張った。
発砲直前の叫びに動揺したのか、あるいは単に腕が悪いのか、消音装置が効いた小さな発砲音とともに発射された弾丸は、忍者からまったく離れたデスクのランプを破壊した。
その音で我に帰った忍者は急いで窓から飛びおりた。
少しして窓の外から隊員たちの怒号と連続した銃声が響いてきた。
いまだ痛みが抜けないハネツグは這うように窓に近づき、窓枠に手をかけて懸垂の要領で外を見た。
規則的に配置された街灯がぼんやりと灯す宿屋前の通りを一列になった銃弾の光りが四方から飛んでゆく。
そんな中、忍者はほとんど闇に同化して、
「あいつ、どこ行った?」
キャロラインが窓枠に両手をつけてハネツグの頭上から外を見た。
「スローターハウスの方に行ったみたい」
キャロラインはハネツグの背に覆いかぶさるように身を乗り出した。その時点でもうハネツグは忍者どころではなくなっていた。
肩から首にかけてぐいぐい押しつけられている柔らかな感触は紛れもなくキャロラインの胸であり、彼女の髪や肩からしたたる水滴が彼の頭に落ちて頬や鼻の脇を伝ってゆく感覚や、湯気に混じって漂う石油石鹸の香りに意識が吸い上げられてしまう。
煙突から出る煙みたいにもくもく湧きあがる桃色の妄想を押し鎮めるべく、状況とまったく無関係なことに考えを巡らした。
人はなぜ生きるのか? 深淵な問いである。
「撃っちゃだめって、どういうこと?」
キャロラインの言葉が降ってきて、新たな地平が見えはじめていたハネツグがはっと目覚めた。
「あのひと、きみと同じ銃を持っていたんだ。だから」
続きを待たずキャロラインは急いで浴室に入った。
もはや窓から見える景色には忍者もそれを追う隊員たちも夜の闇に消えており、遠くから銃声が聞こえるだけである。
そそくさと野戦服の袖に手を通しながら浴室から出てきたキャロラインは廊下へ至る扉を乱暴に開けて下階へ走った。
ハネツグも待ってと叫んで立ち上がり彼女のあとを追った。
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