第15話 19:00 キャロライン&ハネツグ


 助けてくれたお礼がしたい。

 ハネツグを誘うにはこれ以上ない口実だとキャロラインは思った。

 そして彼女は確信していた。ハネツグが彼女を捜していたのは「街でひとめ見たときから、きみのことが忘れられない。是非ともお近づきになりたい」とかそんな感じの理由であろうと。


 残念ながら正解は「女神像を返してほしい」と「シスター・キングコブラが呼んでいるので教会に来てほしい」である。


 屠殺人がどこぞへ吹き飛んだあと、残されたキャロラインはハネツグの手をひいて良さげな宿屋を探した。

 食事をごちそうしたいし今夜の宿代もこちらで持ちたい。ただし金に余裕がある身ではないので部屋はひとつしかとれない。相部屋ということになるけれど、それは我慢してほしい。


 大嘘である。


 彼女はマジョリカからかなりの金貨をもらっている。

 キャロラインの心は高揚し視界の周囲にはきれいな花畑が広がっていた。

 だからだろう、ふたりのうしろからイソルダ曹長を先頭にワイルドギース数十名がぞろぞろ追従していることもあまり気にならない。


 街灯が光りを落とす夜の通りをしばらく歩き、清潔そうな宿屋を見つけると扉をくぐりフロントへまっしぐらに進んで部屋をとった。

 風呂でさっぱりしたかったが、とにかく彼女は空腹だった。それはハネツグも同じらしく、ならばと1階にある食堂に入り中央の丸テーブルに陣取ってメニューを端から端まで注文した。


 ふたりはテーブルいっぱいに並んだ料理を次々と平らげてゆく。どの料理もおいしいのだが、肉料理が出てこないのが不思議だった。

 改めてメニューを見たら肉を使った料理がひとつも載っていない。その点を店主に尋ねると「あんな人を喰ったようなヤツらは店に置かない」とのことだった。

 どういう意味だろうと疑問したが、出てくる料理はどれもおいしいのでやがてどうでもよくなった。


 そんなふたりを他所にイソルダ曹長は宿屋の主人を説得して、客には他の宿屋を手配したうえでふたりの部屋以外のすべての客室をワイルドギースが借り上げた。

 曹長は部下たちにテキパキ指示を出し、宿屋は徐々に要塞と化していった。


 エナジーコアを奪い損ねたオズ博士がこのまま手をこまねいているわけがない。再びキャロラインの前に現れるのは火を見るよりも明らかである。


 イソルダ曹長はキャロラインに魔女の店へ避難するよう訴えたが、彼女はハネツグがいるから大丈夫とけんもほろろに答えて、すぐにふたりの世界に入ってしまった。

 屠殺人を倒したのは大佐であってハネツグじゃないのに、とイソルダ曹長は不満だったが、とにかく現状で出来る事をするしかない。 



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 やがてふたりの食事は中休みに入り、今度はワインを飲みながらの会話に重点が移っていった。

「珍しい銃を持っているね」

「ああこれ?」


 キャロラインはホルスターから銃を抜いてしげしげと眺めながら「これ使えないんだなあ」と愛情たっぷりに言った。お気に入りのようだ。


 銃をテーブルに置いて「見たい?」と彼のほうへ軽く滑らせた。ひとこと礼を言って持ってみると驚くほど軽い。

 ハネツグは色々な角度から銃を眺めた。一見するとオートマチックだが弾倉が見当たらない。


 どうやら発砲の度に手動で排莢して新たに弾を薬室に込めるという面倒な仕組みらしい。銃身が異常に太いのは消音機能が備わっているからだろう。

 一撃必中が前提のプロ仕様であり、キャロラインの手に余る代物だと思った。


「この銃、どうしたの?」

「母さんの形見。若いころ母さんは新政府で諜報員をしていて、銃の腕も中々のものだったらしいの。敵対する組織の人と恋に落ちて仕事は止めちゃったけど」


ハネツグが銃を返すとキャロラインは愛でるように銃をでた。

「この銃は特製でね、世界にふたつしかないんだ」

「もう一丁は?」


「父さんが持ってる。たぶん」

「たぶん?」

「私が幼い頃に家を出たっきりでね」

 キャロラインはワインをすらりと飲み下す。


「わたし、父さんを捜しているの。父さんは裏の世界で生きているって死ぬまえに母さんが言ってた」

 キャロラインはバッグを肩から外してハネツグに向かって広げて見せた。

 途端に青い光りがハネツグの顔を照らす。キャロラインはいたずらっぽい笑みを見せた。


「これを教会から盗んだのもそれが目的」

 ハネツグは一瞬どきりとしてキャロラインを見た。

「青く光っててきれいでしょう。エナジーコアって言ってすごく高価なんだって、金貨100万枚だよ」

 さも得意げに言った。


 ハネツグの想像は確信に変わった。キャロラインは教会で彼女を取り押さえた人物が自分であることに気づいていない。

 そうと分かるとなんだか話を切り出しづらい。


「大きな泥棒をすれば自慢できるし、あんな高価なものを盗み出せたのだと盗人たちが噂する。そうすれば父さんがわたしの存在に気づいて会いに来てくれるかもしれない。そんな気がするんだ。

 初めての泥棒だったけれどなんとかなった。わたし泥棒の才能があるのかも」

 キャロラインは嬉しそうに言った。父親が自分を褒めてくれると信じて疑わない、そんな表情だった。


「ハネツグってこの辺の人なの?」

 急に話題が変わった。ハネツグは言葉を選びながら答えた。

「遠くはない、かな、もしよければ遊びに来ない?」

「行っていいの?」

 キャロラインはキャロラインは弾んだ声で言った。


「もちろんだよ、むしろ僕からお願いしたいくらいだ」

「でもその前に」とキャロラインはグラスを置いて一度背筋を伸ばすと顔を両手で擦って酔いを醒ました。


「あなた、私を捜してたんでしょ?」

 グラスを傾けるハネツグの手が止まった。

「理由を聞かせてもらいたいんだけど」


 言い終えるとキャロラインは精一杯色っぽい表情をつくって見せた。そんな彼女にどぎまぎしながら、ハネツグはどうしたものか悩んでいた。

 キャロラインが置かれている状況については彼もある程度は理解していたし、追加で彼女自身とイソルダ曹長から説明を受けていた。


 この場で彼女に大事な話、つまりは女神像の返還と教会への召喚について話し出したところで、当然彼女は拒否するだろうし、宿屋の要塞化に精を出している隊員たちも敵に回ることになる。


「どうしたの?」

 キャロラインは彼がテーブルに置いた手に自分の手を重ねた。

「言いづらい?」

 ハネツグは困ったように俯いた。


 どんな状況にあろうとシスターの命令は絶対であり、実行するよりほかに道はない。

 にもかかわらず女神像を返せと言い出せないのは、未明に彼女の美しさに心奪われたときの感覚が今でもハネツグのなかで脈動しているからである。


 つまりキャロラインがハネツグにすっかり魅せられているのと同様、ハネツグもまたキャロラインに参っているのである。

 この点、キャロラインの直感は当たっていた。

 ならばさっさとくっついてしまえばいいものだが、シスターの厳命が平泳ぎの手の動きのようにふたりの間にするりと割り込んで、ガバッと引き離そうとする。


 何かに気づいたようにキャロラインは周囲を見渡した。そして納得とばかりに強くうなずいた。

「たしかに、こんな場所じゃ言いづらいわね」


 なんのことかとハネツグも視線を上げると、食堂には多数の隊員が立ち働いていて、窓を鉄板で覆ったり天井に穴を開けて2階への移動手段をひとつ増やしたりしている。


 テーブルはふたりの使っているもののほかは部屋の隅に片されているが、厨房があるという利点を活かして隊員たちはここを食事場所に決めたらしく、何人かが床に座って簡易料理をむしゃむしゃ食べている。

 食べながらふたりをちらちら見るのである。


 部隊の指揮官であるイソルダ曹長に至ってはキャロラインに迫る危機に瞬時に反応すべく突撃銃を即射の姿勢で構えたまま、ふたりから視線を外そうとしない。


「じゃあさ」とキャロラインはテーブルから身を乗り出し、ハネツグの耳に口を近づけて「2階に行きましょうよ」と囁き、顔を引いて笑顔を見せた。

 艶めかしいけれど脱し切れない幼さも僅かに残るその笑みにハネツグの心臓は鼓動を速め、ますます言い出しづらくなってゆく。


 キャロラインが席を立ったとき、マジョリカがアレン大佐を伴って食堂に入ってきた。

「あなたが襲われたのはこちらの落ち度です。申し訳ありません」

 言ったあとハネツグの存在に気づき、怪訝な顔をした。

「……どなた?」


「あれだよ、さっき話した青年だよ」アレン大佐が説明する。

「ああ、キャロラインの窮地を救ったっていう」


 マジョリカは感心したようにハネツグを見たが、通り一遍の挨拶とおざなりの世辞を口にしただけで、それっきり興味をなくしたらしく再びキャロラインに向き直った。


「クラボットがエナジーコアを奪いにやってきます。ここでは防御力に限界があるから、わたくしの店にいらしてください。あそこなら守りやすく攻めにくい」

「それならさっき聞いた」

「ならば、早く移動しましょう」


 キャロラインはマジョリカを一瞥して「今、わたしたち大事なところなの。水を差さないでくれる?」と言い放ちハネツグに視線をもどした。

 そこで彼女の表情がにわかに曇った。


「ハネツグどうしたの? 顔が真っ青だけど」

 ハネツグはマジョリカを見上げたまま動かない。彼女の身体から発せられている覇気に身体が硬直してしまっていた。

「具合でも悪いの?」


 細身の身体に真っ赤なドレス、長い金髪に端麗な顔立ち。

 肩にかけたゴツいライフルに目をつぶれば淑女然とした印象しか思い浮かばないが、シスターの地獄の特訓を経たハネツグの目を通したとき、見える彼女は間違いなく人間の枠を超えた化け物であった。


「この人、だれ?」ハネツグが震える声で尋ねる。

「マジョリカよ、女神像を買った人」

 とすると、ハネツグはこの女性も敵にまわす可能性がある。


 あの屠殺人ですら遠く霞んでしまうほど別格の覇気を放つ彼女と戦うのは避けたかった。

「は、はやく2階に行こう」

 彼は席を立ちキャロラインと共に階段へ向かった。


「だったらせめてエナジーコアを渡してください。そうすればクラボットはあなたを襲わないし、わたくしたちもこんなところに陣地を設営する必要もない」

 マジョリカは静かだけれど迫力のある声で協力を要請した。


「ハネツグがわたしを守ってくれるから心配いらない。マジョリカもワイルドギースも帰ればいい」

「わがままは止めて指示に従ってちょうだい! あなたの生命にもかかわる事態なのです!」


 キャロラインは「それって誰のせい?」と言い捨てて階段を上がって行った。


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