第08話 12:00 ユート&ディープスロート


 時刻はちょうど昼の12時になった。

 新政府軍二等通信兵ユート・ブラックバックは露店のテーブルに座り、ひとり途方に暮れていた。


 彼がこの街で本日中に遂行すべき任務はふたつ。

 ひとつ目は彼の所属する第10重装機甲歩兵旅団がこの街に侵攻するさいの「空の脅威」を排除すること。


 ふたつ目は同じく「陸の脅威」を排除すること。

 しかしすでにひとつ目の脅威を排除することは不可能であると結論づけていた。


 大商人マジョリカは所有するガンシップを金貨1万枚で売却することに最初は乗り気だった。しかし同席していた傭兵アレン大佐と目を合わせたとたん翻意ほんいした。


 あのふたり、できているに違いない。しかも傭兵のほうが主導権を握っている。

 軍人であるにもかかわらず傭兵に嫉妬していることに情けなさを感じた。新政府軍の軍人と在野の傭兵とでは金貨と犬の糞ほどに貴賤きせんの隔たりがある。


 たしかにマジョリカは掛け値なしの美人だけれど、俺は無表情のメイドの方がタイプだもんね、と心の中でぶつくさ言い訳しながら肉料理のフルコースを頬張(ほおば)る。


 どういうわけか盗人街は肉料理が驚くほど安価だった。だから露店の親父に全種類注文して6人掛けのテーブルを豚と牛と鶏の料理で埋め尽くしてみた。


 安いだけじゃなくとてもおいしい。世間では毒みたいな場所と言われている盗人街とうじんがいだけれど、実は住みやすい街かもしれない。


 そういえば盗人街の畜産は裏ルートを通じて首都にも大量に輸入されていると聞いたことがある。

 それはそうと、そばを通り過ぎる住民が、しばしテーブルの料理に目をとめたあと、憐れみを下地とした複雑な表情でユートを一瞥いちべつして通り過ぎるのは何なのだろう。


 料理に舌鼓したづつみを打っているうち多少は気分もましになってきた。

 やがて腹もふくれて、そろそろ次の仕事に取り掛かる時間かなと思ったとき、意図的に頭の隅に追いやってきたとある記憶が甦った。

 そうだ、ディープに結果報告する手筈(てはず)だったんだ。


 作戦の失敗という消極的な情報を、通信を飛ばすという積極的な行動により行うという点がどうにもやる気を削ぐ。


 何かこう相手の落胆をやんわり回避できる軟着陸のような失敗の報告方法はないものかと悩みつつ、いっそ無視しようかとも思ったが、相互通信だから向こうから結果を乞う無線が来たときドギマギしてしまう自分が容易に想像できてしまう。


 しかたがないと席にあぐらをかいたまま通信機を取り出してアンテナを伸ばした。イヤホンを耳に入れ周波数を合わせて問いかける。

 それにしてもこのディープという人物、盗人街のどこに身を潜めているのだろう。


『ディープだ』と不機嫌な感じの太い声が届いた。ユートも反射的に「ユートだ」と応じる。

 さて、どう切り出すべきかという、通信を開始する前に考えておくべきだったことを今さら思案していると、


『よくやったユート』

 ユートは言葉の意味をはかりかねて沈黙した。


『ガンシップは盗人街を離れて首都の方角へ飛び去った。

 あそこへ行って戻ってくるとするならガンシップが盗人街へ戻るのは明日未明になるはずだ。それまでには君の所属する第10重装機甲歩兵師団が街の占拠を完了しているだろう。空の脅威は排除された』


 どう答えればいいのかという問題を考える一方、思考の半分は「言葉の持つ多様性」というテーマに思いを巡らしていた。


「空の脅威を排除する」とは具体的には第10重装機甲歩兵旅団が盗人街を攻撃するときに脅威となる攻撃ヘリ「ガンシップ」を排除するということだ。


 とはいえこの排除するというのは、必ずしも破壊したりマジョリカから購入する必要はない。

 攻撃のときに盗人街に存在しなければ充分なのだ。


『どうしたユート、ガンシップを首都に向かわせたのは君の策略なのだろう?』

「もちろんだ」と答えるユートがいた。


 嘘をついたのではなく相手に恥をかかせまいと調子を合わせたのだ。そう自分を説き伏せた。


『次の作戦にも期待しているぞ。陸の脅威、つまり屠殺人とさつにんを今日中に排除してくれ』


 通信が切れた。

 無線を背嚢はいのうに戻しながら、ユートは自分のまわりで何が起こっているのか考えた。別の組織が動いているのか、あるいは人生を織りなす様々な偶然の産物か。

 たぶん自分ひとりの思考では答えの見えない疑問のような気がした。


 ならば考えていてもしょうがない。何はともあれ、ひとつめの作戦はなんとかなったのだし、残りの作戦も成功させよう。今度こそ自力で。

 ユートは立ち上がり大通りへと戻った。


 さてさて、屠殺人はどこにいるのだろう。

 道行く人に何度か訊いてみたものの、みな顔をしかめて「知らない」と答えた。あんな厄介者とは関わりたくないという口振りだった。


 街は午後になっていよいよ混雑の度合いを高める。

 人の流れに身を任せながらユートは次にどう行動するか決めあぐねていた。

 屠殺人の居場所が分からない以上、排除のしようもない。


 そもそもだ。見つけたとして自分に排除することができるだろうか。相手は新政府軍が陸の脅威とまで呼ぶ存在であり、しかも呼び名が『屠殺人とさつにん』だぞ。


 ユートだって軍隊で訓練を受けており実戦も経験しているが、この屠殺人、人間ひとりの力でどうこうできる存在ではない気がする。


 もし運よく接触できたとしても、自分の持っている武器と言えば拳銃1丁とナイフが1本という、もしかしたらこの街の誰よりも貧弱な装備しかない。


 これはもう再びディープさまのお知恵を借りるしかないかなと思ったとき、不意に金貨1万枚の存在が頭に浮かんだ。


 ……これだっ! 


 ユートの顔が一気に明るくなった。

 盗人街は悪人の集う街である。ならばこの金貨を使って屠殺人を殺すことができる。


 ディープがくれた情報の中に『殺し屋』とかいう物騒な仇名あだなの有力者がいた。そいつに報酬として金貨1万枚を渡し屠殺人を殺してもらえばいいではないか。 


 有力者たちには互いに干渉しない不文律ふぶんりつがあるにせよ、大金を積まれれば話は別だろう。本来秘密である殺し屋の事務所はディープがすでに調べ上げている。


 これは、いけるかもしれない。

 前途に道が拓けユートの心に希望の光が射してきた。


 彼は歩度を上げた。向かった先は殺し屋がひっそり事務所を構えている旧司令塔である。

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