第07話 11:00 オズ博士&ハネツグ


 ハネツグは女神像を盗んだ女の子を捜すため盗人街に来たのだが、学者の好意を無下むげにもできず、ズルズル状況に流されてる。


「この階段をどこまで下りればいいの?」

「あと1つ下のフロアだよ。そこに私がいる。光栄に思ってほしい。私が人前に姿を現すなんて滅多にない」


 クラボットは頭部だけ背後に回転させハネツグを見ながら語り、その間も身体は階段を下り続ける。

「着いたら食事をごちそうしよう。地上にない料理がたくさんあるから期待していい。特に肉料理は種類が豊富でね」


 何層目だろうか。やっとクラボットは階段からフロアへ移動した。地下フロアは永年コンクリートで囲まれていて、照明は薄暗く空気はひんやりしている。


 どこかから機械の駆動音が聞こえ、それに合わせて床が微動しているのが靴底から感じられた。かすかにオイルと赤錆あかさびの匂いがする。


 天井の電球が投げかける弱い光りに導かれるように歩きつづけると、やがて前方にひときわ明るい空間を見た。


「待ってたよ」

 声の主は明るい空間の中にいた。

 そこには細長いテーブルがあり、溢れんばかりの料理が置かれている。

 長いテーブルの一方の端に男性がひとり座っていて、ハネツグに向かってフォークを持つ手を小さく振った。


 白衣をまとったひどく細身の中年男性だった。顔などは骸骨に皮を張ったように骨格が浮かび、目の下は落ちくぼんで顔色はろうみたいに白い。

 死ぬ一歩手前の人間に見えた。病気だろうか。


「さあ、座って」

 彼はテーブルの端を視線で示し、ハネツグは席についた。


「私の名前はオズ、地上の人たちは私のことを学者なんて呼ぶ。たぶん盗人街に必要なインフラを、ひとり知恵を絞って維持しているからだろう。もっとも地下生活が永いせいか、私の存在自体を疑う人もいるらしいが」

 オズ博士は自嘲気味に笑った。


「さあ、ハネツグ。クラボットを救ってくれたお礼だ。じゃんじゃん食べてくれ」


 鳥の丸焼き、骨付きのスペアリブ、魚のフライにボイルした甲殻類の数々。竹の籠に溢れんばかりのブドウやリンゴ、バナナにキウイ。大皿に山と盛られたパスタが数種類。


 どれも美味しそうに見え、香りもまた食欲をそそるが、盗人たちが豚に食べられている様が浮かんできて一気に食べる気が萎えた。


 とはいえ口にしないのも心苦しいので、舌が受け付けそうなものはないかテーブルを丹念に眺めていると、サラダボールの横になぜかクラボットの頭部が置いてあった。不思議に思ってよく見みるとこの頭部、なにか変だ。


 まず首の切断面から下に向かってクラボットの手が生えており、その手が五本の指を器用に動かすことで頭が転がることを回避している。

 加えて天頂部てんちょうぶからも手が生えていて、となりにあるサラダにドレッシングをかけている。


「ああ、それは給仕用に私がつくったのだ。命じれば遠くの料理も運んでくれるよ」

「じゃあ、そのサラダを」


 頭だけのクラボットは天頂部の手をのばして皿を一枚引きよせトングでテキパキとサラダを盛りつけてから皿を持ちあげた。

 すると今度は首の下から生えた手が指を脚のように動かしてハネツグのまえに皿を置いた。

 奇妙というほかない。


 ぽつぽつ食べるハネツグとは対照的にオズ博士は止まることなく料理を口に運んでいる。彼の前にはみるみるカラの皿が重なってゆき、時おり暗闇からクラボットが現れると皿を交換して闇の中へ消えてゆく。


 その食いっぷりにハネツグが食事の手を止めて見とれていると、視線に気づいたオズ博士がふと顔を上げて目が合った。

 ハネツグは気まずくなって皿に目を落とした。


「いあ、なんかおいしそうに食べているなって」

 言い訳っぽいけど本当の事だった。


「私はね、食べ続けないと死んでしまうのだ」

 オズ博士は頬を膨らませながら言った。もちろん冗談だろうとハネツグは笑顔でオズを見た。


「嘘だと思うだろうが、本当のことだ」

 博士が真剣な表情で言ったから、これは真面目な話なのだと気づき、ハネツグは笑顔を自重した。


「昔はそんなことなかったのだが、ある日突然、猛烈な飢餓感に襲われてね、それ以来、つねに何かを口に入れていないとすぐ空腹で動けなくなってしまう」


「それって病気みたいなものですか」

「身体はいたって健康だよ。だからこれは……」


 オズ博士はナプキンで口元を拭った。

「呪いみたいなものだと私は思っている」

 学者という呼び名らしからぬ解釈だと思った。


「私は友人とふたりでこの街をつくった。瓦礫がれきの山だった救世軍基地『タイコンデロガ』の地下格納庫でクラボットの残骸を発見したとき、これらを使って人の生活に必要な設備を備えた街をつくろうと思い立った。それから現在に至るまで私たちは街の発展に心血を注いできた」


「僕は辺境で育ったから詳しくは分からないけれど、これほど大きな街は世界にそうはないと思います」


「ああ、機会が許せば私の知り得る技術を提供して、他の街の発展に協力することもやぶさかでないが、身体がこんなだからそれもままならない」


 オズ博士は再び食事に集中した。そのとき、とある疑問がハナツグの頭を過った。

「クラボットって旧時代に人類と戦った人造人間のことですか?」


 博士は食事の手をとめて静かに首をふった。

「いや違う、クラボットは人々の生活をサポートする汎用はんよう機械だ。最終戦争では武装してキルボットと名を変え人類の端末兵器として機能していた」

「たしか最終戦争で人類に敵対した人造人間も昔は人類に使役されていたとか」


「人造人間は外宇宙での過酷な労働に従事するために造られた。ゆえに目のまえの問題を理解したうえで分析し、どうすれば解決できるか自ら思考するよう設計された。その思考がやがて自我を創造してしまい、挙句あげく、人類に戦争を仕掛ける存在になるとは、当時は誰も予想していなかった」


 ところで、とオズ博士はポテトをワインで流し込んでから言った。

「ハネツグはどうしてこんな物騒な街に来たのかな?」


 ハネツグはサラダを口に入れながら「人捜しです」と答えた。

「昨日、僕の家に泥棒が入ったんです。だから盗まれた物を取り返そうと思って。それと泥棒も捕まえたい」


 それは、と博士は同情めいた声で言った。

難儀なんぎなミッションだな。盗人街で盗人を見つけるなんて、砂漠からお目当ての砂粒を見つけるようなものだ」


「でも、顔は覚えています」

「君もこの街のにぎわいを見ただろう。ここは他の街よりも人が多い、おまけに出入りも激しい。君の追っている泥棒が盗品を売るためにこの街に来た可能性は高いけれど、すでに金貨に変えて街を出ている可能性だってある。わたしが泥棒ならそうする」


 ハネツグはオズ博士の説明に納得してしまい、しょんぼりと肩を落とした。

 女神像を取り戻せない落胆も原因だが、意中いちゅうの女の子に再び会えないことに言いようのない喪失感をおぼえていた。

 みるみるしおれてゆくハネツグを見て博士は慌てた。


「あ、いや、絶対見つけられないわけじゃないよ」

 急いで言いつくろってから「そうだ」と声をあげた。


「こう見えても私は盗人街でけっこう名の知れた存在でね。君の助けになれると思う。たとえば泥棒の特徴を教えてくれればクラボットを街に放って捜すこともできるし、盗品についても街で手広く商売をしている知り合いがいて、彼女に渡りをつけてあげることもできる」


「手伝ってくれるんですか?」

 オズ博士が深くうなずくとハネツグの顔が一気に明るんだ。


「ではまず、盗まれた物の特徴を教えてくれるかい」

「はい、盗まれたのは僕の家でたてまつっている女神像で……」


 そこまで言ったとき、オズ博士は手をさっと上げて続きを制した。

 彼の視線は照明の光りが届かない闇に向いていた。


「どうしておまえがここいる?」

 博士は闇に問いかけた。ハネツグと話しているときとは違う凄みのある声だった。


「急いでお伝えしたいことがあります」

 闇から聞こえたのは抑揚よくようのない女性の声だった。


「分かった、言え」とオズは咀嚼そしゃくしながら報告を待った。

 コツコツとハイヒールの音を響かせて闇からひとりの女性が姿を現した。

 水色のロングドレスに白いエプロンをつけたメイド風の衣装に身を包み、静かに輝く銀髪の中には真っ白で整った顔があった。


 その女性は大きな瞳を眠そうに半分だけ開けてオズ博士の傍らまで歩を進めた。博士はナイフとフォークを止めて、「彼女には秘密の仕事を任していてね」とハネツグ告げたあと、さあ言えとばかりに彼女を見上げた。


「エナジーコアを発見しました」

 メイドの淡々とした台詞にオズ博士の表情は凍りついた。しばらく絶句してメイドを見ていたが、口を数回ぱくつかせてからやっと「ほんとうか」と絞り出すように言った。


「間違いありません」

「根拠は?」


「遠隔測定機で調べたところ、スペクトル比が同一波長を示しているのを確認しました」

「外観はどうなのだ?」


「形こそ女神アルテミス像をしていますが、もともとあれはいかようにも変形するものですし、それにあの強烈な青い光はエナジーコアに違いありません」


 今度はハネツグが驚いた。

 彼がオズ博士に説明しようとした言葉が、どういうわけかメイドの口から発せられたのだ。

 ハネツグは「それが探しているやつです」と言おうと腰を浮かしたとき、博士がテーブルをげんこつで叩いた。

 激しい音がしてすべての料理が一瞬宙に浮いたあと一斉にガチャリと音を立てて着地した。


「なんとしても手に入れろ!」と吠えるように叫んだ。

 オズ博士の豹変ぶりに圧倒されてハネツグの動きが止まった。


「いまエナジーコアはどこだ、魔女の店か?」

「いいえ若い女性が持っています」


「そいつは今どこにいる?」

「盗人街に宿泊するようなので場所はあらかた予測できます。これが女性の画像です」


 メイドはペンのような物を取り出して先端を斜め下に向けた。するとペン先が光って若い女性のホログラム映像が地面からせり上がるように現れた。


 それはまさしくハネツグの一目惚れした女の子だった。

 オズ博士は椅子のわきにあるコンソールを引き寄せて高速で操作をはじめた。


「でかしたぞ。今から屠殺人を娘のところへ向かわせる」

 メイドは博士に一歩近づいて、ディスプレイを指で示す。


「おそらくこのあたり」

 ハネツグの位置からは見えない。


『オズ博士、呼んだか?』

 コンソールから迫力満点の濁声だみごえが聞こえた。


「わが友、屠殺人とさつにんよ、やってもらいたい仕事がある」

『落ちてきた男どもを解体している最中なのだが』


「あとにしてくれ。いま、女の画像とだいたいの居場所をデータで送る。そいつはエナジーコアを持っている。奪ってきてほしい」

『わかった』


「いいか、必ず持って帰ってきてくれ! そのためなら誰を殺しても、何を壊しても構わない。後始末はこちらでつける」


 ハネツグは勢いよく席を立った。

「……どうしたハネツグ?」


 目をまん丸にしてオズ博士が訊いた。

 メイドも瞼の重たげな目でこちらを見ている。ハネツグが取り戻そうとしている女神像を博士は奪おうとしている。

 そのためならあの娘を傷つけることもいとわない勢いだ。


「僕、これで失礼します」

「じゃあクラボットに案内させるよ」


「結構です。一本道みたいなものですから」

 言い終えると同時にふたりに背を向け走り出した。


 薄暗い空間をひたすら進んで、ようやく螺旋階段にたどりついた。見上げると昼の陽射しを浴びた空が小さく見える。


 階段を一気に駆け上がろうと気合を入れたときだった。下から突き上げるような振動を感じて、ハネツグは思わず手すりをつかんだ。


 今のはなんだと思っていると再びズンッという重い衝撃が身体に伝わってきた。

 スローターハウス全体が一定の間隔で揺れているのだ。しかも揺れが徐々に大きくなっているように感じる。


 もしやと手すりに身を寄せて下を見た。

 すると螺旋階段を上がってくる人物を発見した。つぎはぎだらけの長衣ちょうい頭巾ずきんで身体をすっぽり覆い、両手に鎖のような物を持ち、その一端に取り付けられたいびつな鉄球らしきものをぶんぶん振り回して階段を上っている。


 色々と目をみはる部分の多い人物だったが、わけても特筆すべきは彼の大きさである。

 大人ふたりが余裕をもってすれ違うことができる階段が彼にとってはギリギリの幅になっている。

 彼が窮屈そうに一歩一歩階段を上るたびスローターハウスが地震のように揺れている。


 あれが屠殺人だろう。そんなことを思っていると屠殺人が動きを止め、振り回していた鉄球を両手に持った。

 そしてゆっくり頭上を仰ぎ見た。


 ハネツグは腰が抜けるほど驚いた。

 日光が照らし出した頭巾の奥には、彼の衣服と同様のつぎはぎだらけの顔に下手な福笑いのような目鼻が貼りついていた。


 おまけに手にしている歪な鉄球は、よく見ると鉄球ではなく牛の頭部であり、そこから伸びる鎖もまた、鎖ではなく牛の背骨であった。


 ハネツグは飛ぶように階段を駆け上がった。

 体格や容姿を見るかぎりあの屠殺人とやら、まず間違いなく人間ではない。

 やつより早く見つけなければ彼女の身が危険にさらされる。

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