第04話 08:00 ユート&マジョリカ


 ユートはディープが教えてくれた寄託所きたくじょに行って自分の名前を告げた。

 入れ墨だらけのゴツい定員は黙ってうなずき、奥の棚から小ぶりな鞄を取り出して彼に渡した。


 こんな鞄に金貨が1万枚も入るものかなと思いつつ、寄託所の隅に張り付いて中身を確認すると、そこには金貨100枚を紐で十字に留めた束が10×10の配列できれいに並んでいた。

 このまま鞄を持ってどこか遠くへ逃げてしまいたい衝動に駆られる。

 とはいえ、そんな度胸もない彼は鞄を胸に抱いて寄託所を出た。


 大通りから東に折れて、入り組んだ道を進みつづけると大きな半円状の構造物が見えてきた。

 それは旧時代に空の攻撃から兵器を守るため造られたバンカーであり、本来は口をぱっくりと開けているのだが、マジョリカはそこを何重もの鋼板で封鎖している。


 バンカーの前まで歩き、壁の一角に板チョコを思わせる扉を見つけて足を止めた。

『通信はここまでだ。幸運を祈る』

 ユートは通信を切った。扉のノッカーを鳴らすと周囲にカンカンという乾いた音が反響し、ややあって扉のむこうに人の気配がした。

 細い覗き窓が開き、長いまつげの瞳がユートを捉(とら)えた。


「ご用件は?」

 落ち着いた、落ち着き過ぎて冷たい女性の声だった。


「大商人マジョリカに売ってほしい物がある。取り次いでほしい」

「大通りに店頭販売の店舗がございます」

「そこじゃ扱っていない。だから魔女に直接会いにきた」


「お約束は」

「ない」


「紹介状はお持ちですか?」

「ない」


「身分を証明するものは?」

「すまんが、なんにもない」


 覗き窓がぴしゃりと閉まって場が静まり返る。

 しばらく待ったが反応はない。さっそく作戦失敗かと不安になったが、ディープの言葉を思い出した。

 飛び込みの客でも金貨が大量にあることを示せば話を聞いてくれる。


「大口の取引なんだ。金は用意してある」

 依然沈黙である。


「金貨で1万枚だ」

 扉の向こうでくぐもった会話の声が聞こえた。

 しばらくすると覗き窓が勢いよく開き、先程とは違い男性の鋭い目がユートを見た。


「見せてみろ」との声に従い、胸元の鞄を前に出して扉に向かって開いて見せた。

 覗き窓が閉まり、金属の駆動する音が連続で聞こえたあと扉がゆっくり開いた。


 出迎えたのはマルチカム迷彩の上から強化樹脂ベストを装備した男性だった。

 年齢は20代中頃だろうか。栗色の髪の間から覗く鋭い眼と服の上からでも分かる引き締まった身体から想像するに、マジョリカが雇っている傭兵だろう。


 彼の背後から小柄な女性が姿を現した。

 最初に覗き窓を開けた女性だ。傭兵よりは少し若くて、ユートと同じくらいの年という印象を受けた。


 腰まである長い銀髪で血の気のない真っ白な顔に大きな瞳とルビーのような色のくちびるが映える。

 服装は水色のロングドレスの上からフリルの着いた白いエプロンという、なぜかメイドぜんとした格好である。


 彼女はスカートを両手でつまむように持ち上げ、右足のつま先を床につけた。それが古風な挨拶だと気づいたユートは急いで挨拶を返したが、彼女はそれを見ることなく、こちらに背を向けて機械的な動作で奥へと歩いてゆく。


 どうしたものかと傭兵を見ると、彼はメイドを指さした。ついていけということらしい。

 ユートがメイドの背中を追いはじめると傭兵もあとに連なった。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 店内はいくつもの部屋で区画され、その部屋もまた衝立ついたてで仕切られて迷路みたいだった。書類を抱えた従業員や彼らに案内される顧客らしき人たちを何度か見かけた。


 メイドは階段を上り2階の通路を進む。廊下に面した窓から倉庫らしき区画が見おろせた。そこは広大な空間で兵員輸送車や運搬トラックが所狭しと並べられていた。中には砲塔を備えた軍用車両や対空機関砲まである。

 あれ絶対新政府軍の横流しだろうとユートは思った。


 巡回する数名の傭兵とすれ違ったあと、メイドが両開きの扉のまえで立ち止まった。軽いノックをして「お客さまをおつれしました」と言ってから扉を開け、ユートに入室を促した。


 部屋に一歩踏み入れた彼は、自分を取りまく空間に言葉を失った。

 浮彫細工の施された乳白色の壁にフレスコ画の描かれた丸天井、そこから下がるのは旧時代中期のシャンデリア。貴賓室を思わせる豪華な部屋だった。


 別世界の雰囲気に圧倒されながら周囲を見渡していたユートは、部屋の中央にある飴色の机に向かい、楚々とした姿勢で書類に目を落とす女性に目を留めた。


 それ自体が発光しているような輝きを放つ長い金髪と涼しげな青い瞳、細い身体のラインを殊更に協調する深紅のドレスを纏い、大胆に開いた胸元には溢れんばかりの胸がのぞいている。

 みやびやかな衣装と優美な佇まいは貴族の令嬢を連想させた。

 しかしユートは知っている。

 彼女こそ盗人街で最も手広く商売をしている大商人であり、盗人街の有力者のひとりでもある「マジョリカ」。通称「魔女」である。 


「大金を持参してこの街に来るなんて、度胸があるのか、あるいは単に馬鹿なのか。どちらでしょう」

 マジョリカは書類から目を離してユートを見た。


「これしかあなたと取引する方法が思い浮かばなくて」

「たしかに、信用取引できる間柄じゃないですものね」


 メイドが扉を閉めようとしたとき、ついてきた傭兵が扉を手で押さえてするりと部屋に入ってきた。

 メイドは彼を見上げて目を瞬いたあと、伺うような視線をマジョリカに送った。


「アレン大佐、何ですか? 取引に傭兵は不要ですよ」

「いやあ、素性の判らないやつだから、あなたに何かあったらいけないと思って」

 

 アレン大佐と呼ばれた男性はユートの身体を眺めながら言った。

 マジョリカは納得したように頷くとユートを見て「彼も同席していいかしら?」と訊いた。良いかどうか分からなかったから、とりあえず「ああ」とだけ言った。


 メイドが部屋の端から椅子を持ち上げて机のまえに置き、どうぞとユートに着席を促し、自分は部屋の隅にある作業用の机についた。

 アレン大佐はユートの退路を塞ぐように扉の前に立った。


「わたくしのことは誰から聞いたのかしら?」

マジョリカはゆっくりと椅子に背を預けながら訊いた。


「あなたの名声は街の外まで届いている」

「ふむ、悪い気はしませんね」言いながら腕を組んで机に乗せた。


「で、わたくしは何をあなたに売ればよろしいのでしょう?」

 ユートは勢いをつけるように膝を軽く叩いた。

「あなたが所有しているガンシップを売ってほしい」


「ガンシップ?」

 そんなの仕入れただろうかという顔でメイドを見たが、答えたのはアレン大佐のほうだった。


「俺が注文したんだ。あなたに予算を組んでもらって」

「ああ、哨戒しょうかいで飛ばしているあれですか」 


 メイドは年季の入った端末と分厚い帳簿を交互に眺めたあと、エプロンから紙を取り出して一筆したためマジョリカに渡した。

 おそらくガンシップの仕入値か流通価格が書かれているのだろう。


「そのガンシップを金貨1万枚で買いたい。あなたにとって得な取引のはずだ」

 マジョリカはメイドの紙を一瞥したあと、

「たしかに、こちらに有利な取引です。お売りしましょう」


 即決だった。

 空の脅威が呆気なく排除された。ユートは口の端を僅かに上げ微笑をつくって見せたが、実際は喜びで小躍りしたいほどだった。


 マジョリカは手を伸ばしてユートに握手を求めた。そのとき、ほんのつかの間、彼女がアレン大佐を見た気がした。

 まるでふたりだけに解る秘密の通信がなされたような感じだ。

 ユートがマジョリカの手を握ろうとしたとき、彼女はさっと身を引き、彼の手は空をつかんだ。


「ただし、引き渡しは1カ月後になります」

 ユートの口元から笑みが消えた。


「アレン大佐が言ったとおり、ガンシップはわたくしが傭兵団ワイルドギースに貸し与えているものです。だからお売りできません。しかし1カ月あれば同程度の軍用ヘリを用立てる事ができると思います。それが入荷次第、今あるガンシップはあなたにお売りしましょう」


 盗人街から軍用ヘリを排除するために買うのだから、同じヘリが代わりに来てしまっては目的が達成できない。

 というか今日中に買わなければそもそも意味がない。

 ユートはわざとらしく首を捻ってみせた。


「こまったなあ、今日中に購入して帰りたいんだ」

「代わりのヘリはできるだけ早く手配します。実際にはひと月もかからないでしょう」


 どうしよう、一気に窮地に立たされた。

 ガンシップは金貨で容易に手に入るとディープは言っていたが当てが外れた。とはいえ彼を攻めるのはお門違かどちがいだ。彼の任務は情報の収集であり、具体的に脅威を排除するのはユートの任務なのだから。


 どうすればいいのだろう。今すぐディープに知恵を借りたいところだけれど、この場で小型通信機なんて出せば怪しまれるに決まっている。策を練り直すべく頭をフル回転させ、ここはひとつ強気に出てみようと考えた。


「今日中に手に入らないのなら金貨1万枚は出せない」

「でしたら残念ですが」


 言いながら、マジョリカは残念な風でもなく話を打ち切る笑みを見せた。

「お役に立つことは適わないと思います」


 白い手が扉を示しアレン大佐が扉を開ける。こうなるともうユートは席を立たざるを得ない。


 何を間違ったのか? 


 途中まで交渉は上手く運んでいたのに、マジョリカがアレン大佐に目配せした途端、期限の延期を切り出してきた。

 ユートはこいつが元凶かと大佐を睨み付けたが、彼も何がなんだかわからないとばかりに肩をすくめた。


「俺には分からない。そもそもあなたがヘリを買って盗人街の周囲を警戒する必要はないだろう。盗人街の平和を守ることはあなたの仕事なのか?」

「まさか」と言ってマジョリカは首を振った。


「わたくしたちが動かなくても学者や殺し屋たちが外敵を排除してくれるでしょう。思うに彼らもわたくしと同じ覚醒者。敵に回すと厄介ですからね」

「だったら」と詰め寄るユートから目を逸らして、マジョリカはメイドを見た。

「お客さまがお帰りです」


 締め括りのひと言のあと、商談終了とばかりにマジョリカは机上の書類に目を通しはじめた。

 これ以上食い下がっても進展がないことは明らかだった。ユートはがっくりと肩を落としながら部屋をあとにした。

 メイドに先導されて元来た通路を右へ左へ戻ってゆく。

 階段を下りて店の外へ出た。


 少し歩いて振り返りマジョリカの店を見上げた。

 空の脅威を排除することはできなかった。こうなったら盗み出すか破壊するしか方法がないが、どうやればいいのだろう。相手は覚醒者だし手飼てがい傭兵もいる。


 そんなことを思っていたときだった。

 背後から誰かに肩をぶつけられ、ユートは前のめりにたたらを踏んだ。

 痛って! とすぐに顔を上げると野戦服の上からも女性と分かる後ろ姿があった。


 彼女はユートに謝罪する気はまるでない様子でマジョリカの店まですたすた歩き「やっと見つけた!」と苛立ち気味に叫んだ。短髪の黒髪を軽く撫でつけてからやかましく扉を叩く。


 メイドが覗き窓を開けた。

「魔女に売りたい物があるの。すっごい価値があるから買って損はしないわ」


 あんな奴も相手にするのか、やれやれ魔女も大変だ。

 いや俺のほうが大変か。とりあえずディープに結果を報告しなければ。

 日も高くなってきて、いよいよ賑わいを増す人混みの中へ、ユートは自分の身体をねじ込んでいった。

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