第02話 06:00 ユート&ディープスロート


 100年前の最終戦争当時、人類が敵対する人造人間用に建造した前線基地「タイコンデロガ」は、現在では盗人街とうじんがいと呼ばれる混沌の場と化していた。


 四方を永年コンクリートで囲まれたこの街は新政府の支配を受けておらず、いわば独立都市国家の様相を呈している。


 金貨さえ払えば誰でも盗人街に入ることができる。

 よからぬ物を所望する貴族だろうと、官憲から逃走中の罪人だろうと、盗人街はわけ隔てなく受け入れる。


 加えて、ここでは何でも手に入る。

 晩飯の食材から借金のかたに身売りされた人間まで、金貨を出せばあっという間に用立てる。


 新政府軍、第10重装機甲歩兵旅団に所属する若き通信兵ユート・ブラックバックは盗人街の正門にあたる南門の前に立っていた。

 いつもの軍服から一転、貿易商の身なりで景色に溶け込んでいる。


 ひと月ほど前、外夷がいい討伐で軽く被弾して負傷休暇をせしめた彼は、完治してからも地元の医者と結託して休暇をとりつづけた。


 死と隣合わせの日々から解放されたうえ、傷病手当で金も手に入る。ほとんど楽園に誓い日々だった。


 ではその日々でユートが何をしていたかというと、暇にあかせて夜な夜な繁華街へ繰り出し、道行く美女を目ざとく見つけては言葉巧みに話かけ、仲良く酒を酌み交わしつつ行くところまで行くという、要するに女遊びに明け暮れていた。


 ところが昨日は不調だった。

 こういう日は意地になって足を棒にしてもいい事はない。そう考えて早々に床に就いたのだが、ようやく眠りが深くなりはじめたとき、鳴るはずのない小型通信機が鳴った。


 通信兵ゆえ休暇中も常に小型通信機の携帯が義務づけられている。とはいえ本当に連絡されては迷惑だ。

 任務中の奴がいるだろうと不満だったが無視するわけにもいかない。ベッドから手をのばして応答すると相手はまさかの旅団長だった。

 ユートは反射的にベッドから跳ね起きて背筋をのばした。


 旅団長が語るには、外夷討伐に向かっていた彼の旅団は急遽作戦を中止し、諜報部と共同で新たな作戦に着手することになったという。

 それが盗人街占領作戦である。


 盗人街はハネツグの住む村からさして遠くない距離にある。

 話が読めてきた。作戦の開始に先駆けて自分に何かさせる気だ。


 旅団にとって寝耳に水の作戦変更だったが軍部と諜報部、両者のトップではだいぶ前から話し合いがなされていたようで、事実今回の作戦のため諜報部の人間がひとり、長期にわたり盗人街に潜伏しているという。


 だったら軍部も事前に準備しておけと言いたいところだ。こっちだけ性急なのはどういうわけだろう。

 まあ、訊いたところで答えてはくれないだろうし、団長の口ぶりから察するに彼も分からないようだ。


 問題なく進軍できれば旅団は夜中の0時に盗人街に到着する。

 ハネツグは事前に盗人街へ赴き、諜報部の潜伏者と協力して旅団の脅威となるいくつかの懸念を解決せよ。


 具体的に何をどうするかは潜伏者が教えてくれるとのことだ。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 ユートは巨大なアーチを冠した南門を潜って盗人街へ足を踏み入れた。 

 そしてまずその盛況ぶりに目をみはった。


 まだ早朝だといってもいい時間帯なのに、街の中心を南北にはしる大通りは仕事先に向かう人々やキャラバン隊などで溢れていた。


 新政府から違法都市の烙印を押されている盗人街だが、その規模や活気は首都に勝るとも劣らない。


 100年前の最終戦争以降、どの街も住民が生活を維持するために必要な水や食料、電気やガスなどのインフラは不足しており、新政府は街どうしで不足分を融通し合ってなんとか体裁を保っている。


 そんな状況にあって、盗人街だけは独立独歩の姿勢を貫(つらぬ)いている。

 そもそもの起源が軍事基地なのに、どうしてこれほど多くの住民を抱えることができるのか、ユートは不思議に思った。



         ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 あちこちで頻繁に聞こえる罵声や時おり発生する銃声にびくりと肩を揺らすが、道行く人々は無頓着なのが恐ろしい。

 暴力沙汰など日常茶飯事なのだろう。


 行き交う群衆に混じって時おり機械人形「クラボット」の姿を目にした。

 クラボットは旧時代から現在に至るまで人類に奉仕する機械人形として広く活躍しており、首都でも公的私的を問わず見かける。


 クラボットの能力や外見は製造元によって異なるが、ここで見かけるのは他では見ないタイプのものだ。

 どこの会社が製造しているのだろうなどと考えていると、さっそく小型通信機が鳴った。

 ユートはイヤホンを着けながら頭巾を被って自然に隠し、マイクを口元にもっていった。


「諜報部の人か?」

『ああ、そういう君は第10重装機甲歩兵旅団のユートかな?』

 年配の男性を想像させる渋みのある声が聞こえた。


「そうだ、あんたの名前は?」

『私の名前は、ディープ』


「……ディープ?」

『ディープ・スロートだ』


「それ、本当の名前じゃないだろ」

『そのとおり、コードネームだ』


 こっちは本名なのに、なんで向こうは偽名を使うのか?

『まずは盗人街へようこそ。ここは人間の欲望が具現化したような街だ。そして君は今、南の正門から街に入り、大通りを北に向かっている』

 こいつ、どこかで俺を監視してる。


「ディープだったか、通信なんてまだるっこしい事はやめて顔を見せてくれないか。あと本当の名前を教えてくれ。信用されてないみたいで不愉快だ」

『済まないが私がユートと会うことはないし、本当の名前を言うこともできない』


「俺が信用できないのか」

『ちがう。敢えて理由を言うなら私が諜報員だからだ。今後の会話もすべて通信機を通すからそのつもりでいてほしい』


 不満はあるが、作戦自体に支障がないのならそれでいいとユートは自分を抑えた。

 今回の作戦は期限が決まっている。こんなことで揉める時間があったら先へ進んだほうがいい。

「わかったよ、おっさん。続けてくれ」


 ディープは『ありがとう』と律儀に言ってから後をつづけた。

『盗人街の内情について少し説明させてほしい。この街には3人の有力者が存在する。彼らは協力関係にはないものの互いの利権を侵さないという暗黙のルールで街の平穏を保っている。ちなみにこの3人、おそらく覚醒者かくせいしゃだ』



 ……覚醒者。



 その言葉に明確な定義はないが、みなが等しく想起するのは、人間という種が通常は到達しえない領域に達した者たちである。


 彼らの持つ能力は分類不可能なほど多彩であり、また、能力を獲得するに至る経緯も神の気まぐれ程度の認識しかされていない。


 彼らが誕生した真の背景は最終戦争で人類が人造人間に対抗できる人間を創造するために行った生体実験「超人計画」であることは、その計画の内容も含めて戦争の中で忘れ去られてしまった。


 しかし時おり、人造人間打倒が成就した現在においても、いくつかの偶然が重なって覚醒者の子孫たちにその能力が発現することがある。


「よくもまあ、希少な人種が3人も街に揃ったものだ」

『彼らの存在が街から新政府の支配を遠ざけている。ところでいま君の視界だと右側、つまりは東の方角を見てほしい。永年コンクリートの巨大な構造物が見えるはずだ』


 見ると乱立する掘立小屋の向こうに大きなカマボコ型の建物があった。

 全体がコンクリのグレーでてっぺんあたりに銃を手にした男性が哨戒しょうかいしている。


『あそこには盗人街有力者の1人目、大商人マジョリカが経営している商店がある。彼女の仇名あだなは魔女だ。魔女の店は盗人街で最も大きく、扱う商品も多い」


「また、彼女はワイルドギースという傭兵団を抱えていて、彼らは魔女や魔女の店を守るだけでなく、街の治安維持にも一役買っている』


「じゃあ、俺がやるべき仕事も魔女に関係しているってことか」

『その通りだ、我々は旅団が街を占領する際の脅威を排除するよう命令を受けている


「具体的には空の脅威と陸の脅威に分類され、魔女は空の脅威、軍用ヘリのガンシップを所有している。あれの持つ30mm機関砲や空対地ミサイルは旅団にとって大きな脅威だ』


 いくら重装機甲歩兵でも高高度から30mm砲で撃ち下ろされたたひとたまりもないし、侵攻のかなめとなる歩行兵器も空対地ミサイルを防ぐことはできない。

 でもそれって……。


「空軍の協力を仰げばいいんじゃないか?」

『今回の作戦は唐突に決まったものだから、作戦開始時刻の0時までに空軍が盗人街に部隊を展開することはできなかった』


「だったら作戦開始を引き延ばせばいいだけの話だ。盗人街は逃げたりしない」

『ユートよ、この作戦は時間が勝負なのだ』


「どうしてそんなに急いでいるのか教えてほしい。それとも何か、あんたの名前や居場所と同じで秘密なのか?」


 ディープは小さく唸ったあと、改まった口調で語り出した。

『今日の朝、ひとりの女性がとある品物を携えて盗人街にやってきた。私も含め諜報部の連中は、その品物が盗人街を大混乱に陥れ、新政府軍が街を侵攻支配する絶好の機会をもたらすと見ている』


「何だいそれ? 強力な爆弾とかか?」

『いいや、見た目は単なる女神像だ。盗人街混乱の種はすでに街に入っている。この機を利用するにはすべての作戦を迅速に行う必要がある』


 女神像が盗人街に混乱をもたらす。街には信心深い者が多いのだろうか。

 でもここって悪人の街だよな?

 

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