10 天戸開神

 そして天帝は、俺たちの方を見て言った。


「いよいよ、国祖神が岩戸よりお出ましになる。ただ、天の岩戸は外からは明けられず、中からしか開かないのです。つまり、国祖神御自ら岩戸をお開けになる。でも今はまだ封印がありますから、開けられません。わたしをはじめここにいる主だったものとともに前の天帝で次の天帝でもあらせられる国祖神をお迎えにあがりますが、あなた方も一緒に来てください。あなた方が、国祖神が岩戸をお明けするのをお手伝いください。あなた方の手で封印を剥がすのです。これは、中からはできません。あなた方が封印を剥がし、中から国祖神が開けて、はじめて天の岩戸の大扉は開きます」


「わかりました」


 俺は大声で叫んでいた。そしてほかの十一人も立ち上がった。


「「「「「「「「「「「「「おお!」」」」」」」」」」」


 一斉に喊声かんせいを挙げ、太陽の門の楯を高く掲げた。

 それを見て、天帝は満足げに大きくうなずいた。


「その楯はミヨイ国の国章ですね。三次元の人類界では今では“ムーの国”と呼んでいると聞きます。“ムウ”はすなわち“無”より“”を生じせしめし“無産ムウ”にて、人類創造のもとつ国のことですね。すなわちもとです。日の本の国民くにたみであるあなた方こそが、岩戸を開けるのにふさわしい。お一方ひとかた外国とつくにの方もいらっしゃいますけれど、あなたも霊籍ひせきは日の本にあります。火の眷属の御神霊の分魂なのですから」


 エーデルさんは涙を流しながらうなずいていた。


「いよいよ国祖神の奥方様、前の皇后様も隠遁の地のひつじさるの方角をお出ましになってこちらに向かっておられます」


「ああ、比津遅姫神、すなわち国万造美大神くによろづつくりみのおおかみ様だ」


 拓也さんが小声でつぶやいていた。さらに天帝の言葉は続く。


「ここにいる半分はその前の皇后さまで今度また皇后さまになられる方をここでお迎えいたします。あとの半分はわたしとともに国祖神をお迎えに上がります」


 そして再度、俺たちに向かって言った。


「さあ、十二人の勇者、ムウの子らよ、おきなさい!」


 俺たちはすぐに龍体化した。ここに集う御神霊の半分もたちどころに白い羽を広げた。

 そして宮殿を出て、うしとらの方角を目指して緑の大地の上を飛行した。やがて下は一面の白い雲になった。

 俺たちを先頭に、続く天帝がひきいる御神霊の大軍団は、かつて山武姫神と戦うべく殺気を帯びて飛行していたのとはまるで違い、歓喜に満ちていた。

 当の山武姫神自身が天帝のそばにいる。

 お二方は実に仲睦まじい。

 婆様の話では、天帝は岩戸の国祖神のお出ましを待ち焦がれているだけでなく、かつて恋慕していた金龍姫神が国祖神とともに岩戸に隠れたので、その方が出てきて再会するのを心待ちにしていたはずだ。

 ところが今の天帝からはそのような想念は全く感じられない。

 すでに金龍姫神は男神となっていることに加え、かつてのご自分の金龍姫神に対する恋慕はすべて『大根本神』の書いた戯曲のシナリオにすぎなかったことを知っている以上、もはやもうその心は必要がなくなっていることを悟っているからだろう。

 やがて、遠くの雲の上に岩山が見えてきた。それがみるみる近づいてくると、目の前に巨大な大扉が立ち憚った。

 ここに、国祖神、すなわち国万造主大神くによろづつくりぬしのおおかみ様、またの名を国常立大神くにのとこたちのおおかみ様、うしとら金神こんじん様がおられる。今は内側から岩戸を開く準備をされていよう。

 この大扉に関しては、俺たちにはみんな記憶がある。ミヨイ国が沈んだ後、ご本体に収容されるためにこの大扉の前に来た。

 しかしあの時はケルブの龍体の鱗の一枚に十二人が乗ってきたくらいだから、俺たちは小さいままだった。だからその鍵穴から中に入ることができた。

 今、俺たちは大きくなっている。そんな鍵穴から進入することなどできないし、またその必要もない。

 たしかに大扉は封印されている。巨大な注連縄しめなわが岩山ごと張り巡らされている。

 俺たちは大扉の前の地に降り立った。そこで天帝は畏まっている。その隣が皇后の山武姫だ。

 その後ろには磐十台神もいる。磐十台の神は激しく泣いていた。


「この場所で、私たちは岩戸にお隠れになる国祖様に炒り豆を投げつけるという呪詛を行った。そうして国祖様はじめ火の眷属の御神霊様方をこの天の岩戸に押し込めまつった。そんな天津罪を犯しておきながらそれをお許しになり、功績いさおしにまで変えてくださる」


 そんな涙声が聞こえる。地上の人類界の時間ではもう数十億年も前のことなのに、時間が存在しない神霊界の御神霊にとっては「昔」のことではないのだ。「今」と重なって起こっている出来事である。

 俺たちは互いに顔を見合わせ、注連縄しめなわの剥がしにかかった。それは力で剥がすのではなく、注連縄に両手をかざすと、その手のひらからの光の束で注連縄はたちどころに消えていった。

 すっかり注連縄が取り除かれると、ものすごい音がして、大扉の中央に縦に光の線が入った。扉が開かれる瞬間だ。


「私たち、天手力男あめのたぢからお


 エーデルさんがつぶやいていた。

 大扉の中央の楯の光の線は、だんだんと太くなる。ゆっくりと扉は開かれていく。

 それにつれてその光が、神霊界をますます明るく照らしていく。

 畏まっていた天帝が顔を挙げた。


「神霊界に朝が訪れる」


 たしかに扉が開くにつれてその内側からものすごい光の渦が流れ出し、広大な神霊界全体を明るく包み込み始めた。今までも別に暗くはなく十分に明るいと思っていた神霊界だけど、扉がどんどん開くにつれてその明るさもますます増してきた。


「国祖・弥栄ヤハエの神の光が朝日となって、今昇りくる」


 天帝が開きつつ大扉に向かって言上しているその言葉は、まるで何かを宣言しているかのようだ。


「国祖神の妻神の皇女スメ親神おやかむや今この岩戸より“無産ムウ”とお出ましになる神々をお迎えいたそう。それを言賀ことほぎ、き詞を奏する御世れませ」


 そんな天帝の言葉が夜明けを迎えつつある神霊界に響く。

 ところが、その扉もかなり開いたころに、俺たち十二人の体は急速に小さくなり始めた。

「え?」と思っていると、頭上で天帝の声が響いた。


「十字文明、新真聖紀の暁ぞ。その暁の歌、響け大千三千世界の果てまでも!」


 そんな天帝の声を最後に、俺たちは吸い込まれるように雲の海の中に引き込まれた。そしてぐんぐんと下降していく。

 地球が見える。地球が大きくなっていく。太陽とは反対の暗い部分、でも明かりの形からそれは日本列島だと分かる。その列島の真ん中の一角にと俺たちは吸い込まれていった。


      ※    ※    ※    ※


 アパートの窓から朝の町を見ていると、今朝もいつもの人影が歩いてくるのが見えた。

 チャコだ。

 俺が窓から手を振ると、チャコは微笑んで手を振り返してきた。

 今日は自分で起きられた。

 この時点で俺の姿が窓辺に見えなかったら、チャコは電話をかけてくる。それでも反応しない場合は、玄関の呼び鈴が鳴ることになる。

 俺はもう支度を終えていたので、ジャケットを羽織ってリュックを背負って靴を履き、外に出た。

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