9 神都の宮殿

 金星の神霊界もそうだったが、ここ地球の神霊界も実に広大で、果てしない。いったいどこまで広がっているのかと思う。

 空は瑠璃色に明るく輝き、すべてのものが目の前の太陽に照らされてまぶしく光っている。

 その解析度たるや、人類界の比ではない。人類界にて肉眼で見る風景は、よくもあんな悪い画質で我慢していたと思うほどだ。

 山々の間にたくさんの美しい建物が並び、森もある。

 大地はただ平らなのではなく、いくつもの層に分かれているようだ。いわば棚のように階層がある。それが全部一望できる。

 そして小高い丘の上、果てしなく続く長い長い白い階段の上に黄金の屋根の宮殿が見えた。壁は白が基調だ。

 そこには十二の門があり、それぞれ宝石で飾られていた。

 宮殿はとにかく常識を超えたような巨大さだ。

 そして多くの羽を広げたおびただしい数の御神霊が、その宮殿に飛んでいく。

 山武姫神も磐十台神もその白い羽に混ざるので、俺たちの龍体は少々場違いだったけれども、同じように宮殿に向かった。

 だが、俺たちの異形に気を止めいぶかる御神霊は誰もいなかった。

 幅の広い階段の上に着くと、多くの御神霊がひしめき合っていた。

 そして俺たちが龍体でそこに着地すると皆驚いたように俺たちを見て、たちまち笑顔になった。

 そして俺たちが元の姿に戻り宮殿の中に入ろうとすると、御神霊たちはさっと俺たちのために道を開け、そして歓声とともに拍手が鳴りやまなかった。

 何とも言えない香りと、美しい花びらが雪のように舞ってくる。

 俺たちはなんでこうも歓迎されているのか、よくわからなかった。

 やがて、玉座に天帝がお出ましになった。

 あの方が天照彦神あめのてるひこのかみと言われた方なのかと、俺も俺の仲間たちも息をのんでそのお顔を拝した。

 遠目からでも、めっちゃイケメンだと分かる。いや、この謁見の間はあの霊界の山武姫神が隠遁していた宮殿の謁見の間の比ではなく、ものすごい広さだ。

 現界にいたのなら思わず東京ドーム何個分などと表現してしまっただろう。そんな広間に御神霊たちがひしめき合っている。

 でも、はるか遠くにいるはずの天帝のお姿が、まるでライブ会場によくあるような巨大モニターに映し出されているかのようにすぐ近くに感じられるのだ。

 やはりここは時間だけではなく、空間も超越した世界なのだと実感する。

 そして驚いたことに、すでにその隣の皇后の座にはなんと山武姫神の姿があった。

 そのことに関して、ここに集っている多くの御神霊のすべてが特に違和感を持ってはいないようだ。


「いろいろあったが、皇后はまたこの席に戻ってくれた。そのいきさつも、またそこに至る過程も、わたしがこうして天帝の座についているのも、すべて『大根本様』の書かれた筋書き、戯曲であったことを知らされた。そのことはすでに、皆にも告げたとおりだ」


 御神霊たちは皆、うなずいて聞いている。誰もが『大根本神』の偉大なる御経綸を知らされ、感銘を受け、これまでのわだかまりをも消去したのだろう。

 御神霊たちの想念は、ただひたすら『大根本神』を賛美するものだった。


「間もなく前の天帝がお出ましになったら、わたしも天帝の座をお返ししてこの玉座から去ることになる。従って皇后がその座に復するのも束の間のことになるが、それでも少しでもまた皇后の座に座ってもらいたかったのだ」


 実に仲睦まじく、二人は笑顔を交わしている。婆様の話に聞いたような修羅場がかつてあったような夫婦には、全く見えない。もうずっとずっと仲良く寄り添っていたような感じだ。


「そして皆さんに、ご報告がある。先ほど金星の方にいらしていたいろいろな宇宙の各星の御神霊様方からお聞きしたが、三次元限見カギリミ現界の地玉を宇宙の果てよりの巨大な闇の淵が呑み込もうとしていたそうなのだが、今その闇の淵は完全に消滅し地玉は救われたということである」


 天帝のこの言葉に、御神霊たちは最大の歓声と喜びの声を挙げていた。皆、涙を流し、顔がぐちゃぐちゃになっている。それは俺たちとて同じだった。

 ブラックホールは消えた。

 地球は救われたのだ。

 もうとめどなく涙が流れて、立っているのもやっとだった。チャコも美貴ももうしゃがみ込んで泣いている。拓也さんも同じだ。いや、十二人全員がそんな感じだった。


「そしてそのいちばんの功労者は、火の眷属の方ではあるがその分魂として、なんと今は三次元現界に肉体を持って生まれ出でているこの十二人の勇者たちだ。今は特別に肉体を離れ、こちらにいらしている」


 まるで俺たちにスポットライトが当たったかのように、御神霊たちは一斉に俺たちを見た。もうしゃがみ込んで泣いている場合ではないが、涙は止まらない。泣きじゃくった顔のまま俺たちは立ち上がった。

 そして御神霊たちの一斉の割れるような喝采を浴びた。それは形だけではなく、まことの愛と感謝の想念がどんどん俺たちにぶつかってきた。


「そしてもう人方。分魂であるけれども同じように私にすべてを打ち明けてくれた方がおられる」


 婆様のことだと思う。


「先ほどまでいらしたのに、どちらに行かれたのだろうか? かつてはわたしの分魂とともに現界の万国棟梁天皇スメラミコトとその皇后として肉身的に夫婦でもあった方なのだが」


 その時、謁見の間の左側面の入り口あたりがざわついた。

 そしてそこを中心にまたものすごい歓声と喝さいが上がった。


「ああ、国祖神のお出ましよりも一足先に、地上の霊界の一角に隠遁されていた国祖神の皇太子とそのお妃、そして娘語がこの神都にお帰りになったようです」


 喝采を浴びながら、皇太子一行とその眷属の何名かの御神霊がこの広間に入ってきた。人類がつけた名前で言うと大地将軍、常世姫神、その娘の気津久姫神だろう。十名ほどのその御神霊たちは、天帝の前に来ると畏まった。


「そんな畏まらないでください。どうかお立ちください。


「かたじけない」


 その方たちの姿も、手に取るように見える。

 驚いたのは、その眷属の中にある夫婦と思わしき方がいて、その奥様の方があの金星であった若い姿の婆様にそっくりなのだ。

 地上丸大神とその奥方の地上姫神だろう。

 その地上姫神が婆様のご本体様なのかと、説明されるまでもなくすぐにわかった。


「こうして火の眷属の方が来られた。これまでは我われ水の眷属で世を治めてまいりましたけれど、国祖神様がお出ましになったら政権をそっくり返上したいと思います。それが『大根本神様』の御経綸による天意でございますから」


「いえいえ」


 はっきりとした声で、皇太子の大地将軍が言うのが聴こえた。


「わが父国祖神がお出ましになって火の眷属の御神霊たちも一気にこの神都に戻るでしょう。しかしあなた方水の眷属の方々も、これまでずっと世を統治されて社会を運行されてこられました。その功績は大きい。これからは現界と人類を創造したあの時よろしく、火の眷属と水の眷属が十字に組み、ともに手を携えて世の運営に邁進しましょうぞ」


 それを聞いた天帝の目には、涙が流れていた。

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