8 キツネ

 今度は、九尾のキツネに向かって愛の力を武器にすることはできない。もともと悪想念から生まれた存在。愛すべき相手ではない。

 だからと言って、俺たちが憎しみを持ち、悪意で戦うこともできない。

 結局は自分の身を守るだけだ。

 俺は男性陣が女性陣をかばって、自分たちの後ろに置いているだろうと思って振り向くと、女子たちも負けじと楯で自らの身を守り、キツネをなぎ払っている。

 怖がって泣きながらしゃがみ込んでいるのではないかと思う美穂までもが、よく戦っていた。

 体が軽いから飛び跳ねて、楯で四方から襲い来るキツネたちをどんどん防いでいるのだ。

 そしてチャコは例の頭上で作る光の玉をキツネに浴びせた。この部屋に入る前に遭遇したキツネたちにすぐには効かなかったのと同様だが、少しは攻撃を緩めることはできる。

 島村さんや悟君、そしてエーデルさんも手のひらからの光の束でキツネの攻撃を交わしている。


「もうよい!」


 そんなとき、大きな声が室内に響いた。

 戦いの様子をじっと見守っていた光の塊の中の方々から発せられた声だ。

 光は光圧を増し、ゆっくりと本体の九尾のキツネの方に向かって言った。


「なんだなんだ? だれだ、これは?」


 九尾のキツネはうろたえている。


「熱い! まぶしい!」


 光の御方の光圧に耐えかねて、九尾のキツネは暴れ出した。するとその眷属のキツネたちはスーッと消えた。

 そのうち、本体の九尾のキツネもばたっと横に倒れた。


「これをもってキツネの霊界の消滅を宣する」


 光のお方は高らかに言った。

 そして今度は山武姫神に向かって言った。


「私が手助けできるのはここまでだ。このキツネはあなたが生み出したものだから、あなたの手で消滅させよ」


「畏まりました」


 山武姫神は九尾のキツネに向かって両手をかざした。


「ちょっと待ってくれ。最後の頼みがある」


 九尾のキツネがあまりに悲壮に言うので、山武神姫は手を止めた。


「あなた方御神霊が苦労して地上に創造した神の子であるヒトがいるのと同様、俺たちにもかわいい俺たちの子として肉体を持ったキツネがおびただしい数で地上には生息している。そのものたちに罪はない。彼らをも抹消することだけはしないでくれ」


 山武姫神はうなずいた。


「それら動物のキツネは、現界に私が創造を担当した馬や孔雀と同じような普通の動物として、これからも地上で生息し繁殖していくでしょう。でも、これまで人をたぶらかしてきた霊的な存在としての野狐や妖狐のたぐいは消滅させていただきます。これまでもとつ国の稲荷のやしろを巣窟としていた狐霊もすべていなくなりますから、稲荷の社には本来の御神霊様に戻っていただきます」


 それだけ言うと山武姫神はまた両手を九尾のキツネに向けた。その手のひらからの光の束に包まれて九尾のキツネはあっという間に消滅して宇宙の原質に戻された。


 室内に静寂が戻った。もともと広い謁見の間だけど、より一層だだっ広く感じられた。

 だが今は、俺たちは山武姫神たちと同じ大きさになっている。


「いよいよです」


 光の中の方は言われた。


「もはや戦いは終わりました。あとは天の岩戸が開かれ、国祖神がお出ましになり、今の天帝はその地位を国祖神にお返しになって国祖神が再び天帝の座、つまり四次元馳身ハセリミ神霊界の主宰神に返り咲く時が来ました」


 そして俺たちに言う。


「あなた方はこちらの、あなた方が山武姫神と呼んでいるこの方とともに、今から四次元神霊界の神都に行き、この千載一遇の時に立ち会うとよいです。我われが関与できるのはここまで。我われは五次元耀身カガリミ神界に帰ります」


「あ、ちょっと待ってください」


 声を挙げたのは拓也さんだった。


「何でしょう?」


「私の祖母はずっと前から高次元エネルギー体と称する存在とコンタクトし、導かれておりました。もしかしてあなた方がそのうちの祖母にメッセージをくださっていた高次元エネルギー体ですか?」


 しばらく沈黙があった。そしてまた声がした。


「神界の秘め事はそう簡単にお話しすることはできません。あなたはどうしてそう思われたのですか?」


「婆様、つまりうちの祖母が常々私に話してくれた内容が、あなた様方のお話とかなりの比率でリンクするのです」


「そのあたりは、あなたの婆様にお聞きください」


 ひとつ言えるのは、決して否定はしなかったということだ。

 拓也さんの想念では、これまでずっと婆様がコンタクトを取っているのは岩戸の中の国祖神かそれに近しい火の眷属の四次元界の御神霊だと思っていたという。四次元界でも三次元の人間界からすれば「高次元」だ。

 だが、実相はもっととんでもないことだったのだ。


「もう一つ、よろしいですか。あなた様は人類界の古記録には“天照日大神あまてらすひおおかみ様”というお名前で呼ばれている方ですか?」


「人類界における我われ神霊の名称は、勝手に呼ぶことを許しておりますが、それは我われの本当の名ではありません」


「それは重々承知しております」


「あなたがそう判断したのならばそうなのでしょう」


 これも、肯定も否定もなされなかった。


「古事記の天照大御神あまてらすおおみかみ様ですか?」


 エーデルさんが小声で、拓也さんに聞いた。拓也さんもエーデルさんに答えている。


「いや、古事記の天照大御神は神話という形になってしまっているけれど、実情は皇統二十二代の万国棟梁天皇スメラミコトとして地上に君臨された天疎日向津媛天皇あまさかりひむかつひめ様という女帝なのですよ」


 たしかに、先ほどから光の中から聴こえてきている声は、男声だ。その男声が拓也さんの言葉を継いだ。


「もっともそのものは私の分魂が入っていた。つまり男心女体でしだ」


 エーデルさんの疑問に、「天照日大神」様ご自身が語ってくれたのだ。そしてさらに言った。


「私たちはこれで」


 光の中のお三方、すなわち「天照日大神」様を中心とする天の御三体神はものすごい速さで天井を通り抜けて上昇し、たちまち見えなくなった。


「では、私たちもそろそろまいりますよ」


 山武姫神が言う。天若彦はまだここに残って、残務処理をするのということだ。

 磐十台神も俺たちににっこり笑ってくれた。等身大になってその顔をよく見ると、たしかに城田佐江そのものだった。

 だがタミアラ国のアステマ・サーエも、高校の先輩であり、新興教団の二代目教祖である城田佐江もこれまで決して俺たちに見せたことのない慈愛に満ちた優しい笑顔で、磐十台神は微笑んでくれている。

 そしていよいよ出発となったが、俺たちはどうやってこの地上の霊界から神霊界に昇ればいいのかわからない。

 来るときは、プレアデス星団の御神霊の円盤で送ってもらった。もはやあの御神霊、スバル様ももうお帰りになっただろう。

 山武神様も磐十台神様もその背中の羽をさっと広げた。俺たちは当然そのような羽はない。


「あなた方は分魂とはいえ今はその大きさになっているということは、神霊と同じ力があるはずです。あなた方は火の眷属ですから背中に羽はありませんけれど、龍体と化することができるはずです」


 山武姫神に言われて、俺たちはそういった想念を強く出した。もうかなりその種のイメージトレーニングはできるようになっている。ここではイメージトレーニングが現象化する。

 たしかに俺たちはたちまち全員が龍と化した。


「うわ、ヤだ」


「ちょっとグロい?」


 ピアノちゃんや美穂は、龍の姿で言っている。

 新司など大はしゃぎだ。


「わー、かっけー」


「さあ、行きますよ。私たちもこの隠遁の地から、久しぶりに神霊界に帰るのです。なんと喜ばしいことでしょうか。こんな日が来るとは……」


 山武姫神は満面の笑みでさっと翼を広げた。磐十台神も同様だ。そして俺たちは龍体のまま浮上した。

 もはや龍と天使は戦ってはいない。仲良く雲の上を飛行してぐんぐんと上昇した。

 やがて雲の上に黄金色に輝く大地が見えてきた。

 もはやここは次元が違う四次元神霊界だった。

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