7 天の御三体

「そしてそのほう、分魂神よ」


 光の中の声は、今度は磐十台神に向けられたようだ。


「そなたはこの本体神とともに、三度も我が五次元耀身カガリミ神界まで昇りきて四次元馳身ハセリミ神霊界の主宰神、つまり前天帝の国祖神に関する讒訴を行ったなあ。実はそれもすべて『大根本様』の書かれた筋書き通り。我われはあの時初めて聞きて驚くふりをしたが、実は筋書き通りにちゃんと演じているよと安心していたものだ」


「恐れ入ります」


 磐十台神も恐縮している。


「あの後で国祖神が耀身カガリミ神界まで呼びつけられ、我われにこっぴどく叱られたと発表をして隠遁を宣言したであろう。しかし実際は先程こちらの分魂の方が申した通り、耀身カガリミ界まで来られた国祖神は我われと円卓を囲み、ことはうまくいっていると談笑していたのだ。この『大根本様』の御経綸、ご計画を知っているのは馳身ハセリミ神霊界では国祖神お一方のみだからな」


 山武姫神も磐十台神も、泣いているようだ。


「今このことをそなたらに打ち明けたのは、いよいよ国祖神の天の岩戸よりお出ましの時を迎えたからだ。そして今の天帝はじめ、神霊界のすべての神霊にもあかなになさん。長らく切断されていた『大根本神』様らの霊線が宇宙のすべての御神霊、この地玉にても六次元仮凝身カゴリミ神界の主宰神様を通して我ら五次元耀身カガリミ神界、そしてそなたら四次元馳身ハセリミ神霊界の神霊すべてと再び結ばれる世となった。三次元限身カギリミ現界の人類もまたしかりだ。だから今、たま改めの時ぞ。今、天帝の方は我らが示しを受けてきた別の分魂がすべてを打ち明け、説得し、天帝も魂改めをしておる」


 婆様のことらしい。


「いよいよ『大根本様』の御経綸である神霊界、幽界、現界の大千三千世界おおちみちのよの大ひっくり返し、大立て直しの時ぞ。火の眷属、水の眷属が十字に組み、地上でも霊と物質が十字に組んだ十字文明の幕開けぞ。と申しても、地上の時間で一昼夜でそれは完成するものではない。この後も何十年、何百年かかるやも知れず、すべてが段々である。段々と立て替わっていくのをそなたたちもその目で楽しめ」


「では、私たちのこれまでの所業、お許しくださるのですか?」


「我われがそなたらを憎んだところで、どうにもならない。憎しみからは何も生まれない。何かが生まれるとしたら、それは愛があるところだ。『大根本様』がすべての被造物、神界も神霊界も現界も、そしてすべての神霊もそして人類をも愛して愛して愛してやまないように、我われ耀身カガリミ界の者もそれに倣って神霊界のすべての神霊を愛し、そして限身カギリミ界のすべての人類をも愛しぬく」


 山武姫神たちは、まだ涙をぬぐいきれずにいた。

 そして涙声で、細々と言った。


「私たちは、ひたすら憎しみの実で行動していました。それが実は『大根本様』の筋書き通りだったとは、恐れ入りましてございます。しかし、憎しみの元はすべて自分に原因があったということをサトらせていただきました」


 光のおかたは、うなずいたようだ。


「さ、立って、神霊界にお帰りなさい」


 それから、光の中の光のおかたは、口調が変わって感慨深げになった。


「ああ、安堵したぞ。もしこのままそなたたちと天帝とのいくさが続けば、そのとばっちりを三次元限身カギリミ現界が受けて、現界の地玉は宇宙の闇の淵の穴に吸い込まれるところだった。そうなると、ものすごく苦労を重ねて無から創造し、万生と人類を産み育て、繁茂繁栄させてきたそなたを含む神霊界の神霊たちの苦労がすべて水の泡になるところだった。今、宇宙からいろいろな星の神霊がこちらに来ておるが、同じようなてつを踏んで今は現界に人類は全くいないという状態になっている星も多い。この地玉も同じようにならずに済んでよかった」


「それも本当のことだったのですか」


 恐る恐る山武姫神が聞いた。


「当然だ」


 光の渦の中から笑い声が聞こえた。


「それにしても久しぶりだなあ。神霊界どころか三次元現界の霊界にまで降臨したのは、人類創造に成功してすぐのとき以来だからなあ」


 そうなると何十億年ぶりということだろう。


 ――それがいわゆる天祖降臨ですね。


 隣でうずくまっていた拓也さんの想念が来た。


 ――この光の中の方たちは?


 ――それは後にしましょう。


 俺たちがそんなやり取りをしていると、光の中の方体はこちらを向いたようだ。心なしか光圧が下がっている。俺たちのためにそうしてくれているのだろう。


「あなた方十二人の勇者の皆さん、本当にご苦労さまでした。あなた方の勇気と、そして愛の力を讃えます。あなた方は分魂ではありますが、今は現界で人として生活しております。そのあなた方がここまでやってくれるとは、うれしさの極みです」


 その言葉を聞いているうちに、なんだか熱いものが込み上げてきて、顔がくしゃくしゃになるくらい涙を流していたのは俺だけではなかった。

 普段は冷静な拓也さんまで号泣しているし、ましてや女子たちはなおさらだ。杉本君や悟君、島村さんまで泣いていた。


「あなた方はまた現界の肉体に戻ることになりますけれど、せっかくなのでこれから神霊界で歴史的瞬間に立ち会うことを許しましょう」


 光の中のかたは両手をこちらに向けたようだ。

 すると俺たちの体は、あの金星にいた時と同じようにグーッと大きくなって、光の向こうでいまだに畏まっている山武姫神たちと同じ大きさになった。

 だが、それでも光の中のお三方は見上げるような大きさだ。

 そのお三方はまた、山武姫神の方を向いた。


「天帝の方も、こちらに向かわしていた神霊たちにすでに退却命令を出しておる。そなたもすべての妖魔と九尾のキツネを消去させよ」


「畏まりました」


 ようやく山武姫神は立ち上がった。そして両手を広げて上の方を仰いだ。すると天井を通り抜けておびただしい数の妖魔がそこにどんどん集められてきた、そして山武姫神の前まで降りて来ると、妖魔たちは小さな悲鳴を上げた後にどんどん消去されて行った。

 本当に次から次へとひっきりなしに妖魔は集められその場で消される。その数はとても数えられるものではなく、何十万、何百万体のレベルになるだろう。

 これらは出撃してきた天帝の御神霊軍団と対抗し、さらには神都まで進駐して天帝をも攻撃しようとして派遣された妖魔らしい。

 そのおびただしい数の妖魔も、だんだん途切れがちになってきた。これが御神霊や人霊、そして現界に生きる人間の悪想念から発生した思凝霊なのだということを思い起こすと、本当に恐ろしいものだ。

 そして次に山武姫神は、足元の方に向かって両手を広げた。

 すると足元の床を通り抜けて今度は下からどんどん妖魔は沸き上がってくる。同じように実におびただしい数の妖魔がどんどんどんどん湧いてくる。そしてそれらが山武姫神の前の一定の高さまで来ると、次々に消去されていった。それでもまたあとからあとから妖魔は湧いてくる。

 これらは今の人間界を蹂躙し、現界に肉体をもって生きる人々に憑依して霊障を引き起こしたり、世界情勢を悪化させていた妖魔たちだ。

 まだ地上には怨みや妬みなどで憑依している人霊もたくさんいるから霊障がなくなるわけではないけれど、妖魔によるものは少なくとも撲滅されるのである。

 それが済むと、次に山武姫神は金毛九尾こんもうきゅうびのキツネを召喚した。キツネにもおびただしい眷属がいるけれど、その本体ともいうべき一頭をなんとかすれば、すべての九尾のキツネの眷属は消滅するはずだ。

 やがてものすごく暗くて真っ黒なオーラに包まれて、不気味に黄色に輝く金毛九尾こんもうきゅうびのキツネが室内に現れた。


「あなたの役目はここまでです」


「ちょっと待て!」


 妖魔と違ってキツネの方は意識も持っており、言葉も操る。


「勝手にそのようなことを言わないでもらいたい。我われはこれまでどれだけ身を粉にして、あなた様のために働いてきたか。今もあなた様の地位のために天帝に対して戦いを挑んでいた真っ最中、それを当然召喚されて役目は終わったとはどういう意味だ」


「そういう意味です。これまでご苦労さまでした」


 山武姫神は両手を広げて、妖魔と同じように九尾のキツネを消去しようとした。

 しかし、今度は相手も霊力が強い、自ら生み出した存在であるはずなのに、山武姫神自身が苦戦している。

 そのうち、ついに九尾のキツネは山武姫神に牙をむいた。九本の黄金の尾が激しく動いている。

 するとたちまちおびただしい数のキツネの眷属が現れてだだっ広いはずの謁見の間の室内に充満し、一斉にまた牙をむいた。

 そして一斉に山武姫神や磐十台神、天若彦に襲い掛かる。さらには、俺たちの方まで見境なく襲ってくる。俺たちはまた楯を武器にしてその攻撃を防ぐだけだった。

 払いのけても払いのけても、襲ってくるキツネに、俺たちも疲れ果てていた。

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