6 愛の力

 依然として山武姫神は薄ら笑いを浮かべている。


「いずれにしろ私に対する懐柔策で来たのでしょうけれど、その手に乗るほど私は愚かではありません。ばかにしてもらっては困ります」


「本気で前の天帝は、岩戸から出てくるつもりでしょうか」


 磐十台神の不安げな問いかけに、山武姫神は高笑いに笑った。


「もう封印してあるのです。ただ、今の天帝がどうにもその封印を解いて前の天帝に戻ってもらって、そうして天帝の地位を譲るなどと考えているようです。かつての私の夫であり、私とともに前の天帝とは戦った仲なのに。そして今の天帝の地位に即けたのも、私のお蔭なのに私と戦うなんて」


 それから山武姫神は男御神霊を見た。


「あなたも今の天帝の分魂神なのに、分魂とご本体が敵味方で戦うなんて因果なこと」


「ん?」


 拓也さんの想念が来る。


 ――この後から来た御神霊は、天若彦あめのわかひこですね。


 なるほど、山武姫神の右腕ともいわれている御神霊だ。「天邪鬼あまのじゃく」の語源にもなったと婆様も言っていた。天若彦神は今の天帝の天照彦神の分魂神だったのか。

 その天若彦神は、俺たちの近くまで歩いてきて、真上から俺たちを見おろす形となった。


「まあ、こんなおちびさんたちだ。やはりひと思いに踏み潰してしまいましょう。どうせ分魂ですから、それを抹殺してもどうということないでしょう」


「「「ちょっと待ってください!」」」


 俺だけでなく、島村さんや悟君もいっしょに叫んでくれていた。


「今、この神霊界での戦いを止めなければ、現界が危ないのです。今、現界の地球はブラックホールに呑み込まれようとしています」


 俺は思い切り叫んだ。その地球上に八十億の人類がいる。その中のごく一部だけれど、俺の家族や友人、お世話になった人やお世話になっている人など、多くの大切な人々がいる。

 そういった人たちを含め、人類への愛は俺たち十二人は誰にも負けない。


「愛の力だ!」


 俺はみんなに言った。全員が大きくうなずいた。俺たちは戦いに来たわけではないので剣も弓もやりもない。だけど、愛の力がある。これだけが武器だ。

 天若彦の足が挙げられ、俺たちの頭上に降りてくる。逃げてももう間に合わない。

 唯一防御用の武器は楯だけだ。

 俺たちはここで魂を消されてしまうわけにはいかない。地球の人類のためにも消えられない。

 俺たちはその同じ愛の思いで楯をかざした。

 すると、十二人の楯からものすごい光の束が放射され、天若彦の振り上げた足の裏を直撃した。

 だがその巨大な足は、動きは止まったもののそれを押し返すまでの力はないのかもしれない。

 俺たちの頭上すれすれで、足の裏は静止している。


「みんな! 大切な人、あるいはそうでなくても地球の人類のことを強く思うんだ」


 俺が呼びかける。


「「「「「「「おう!」」」」」」」


「「「「「はい!」」」」」


 力強い返事が返ってきた。

 俺はまず両親、妹、親戚、隣の家の幼馴染とその家族、高校時代の友人、恩師からはじめて今の大学の友人、あるいはキャンパスを歩いている学生たち、同じアパートの隣人たち、よく行くお店の店員、果ては道行く知らない人体まで、いろんな人の顔を思い浮かべた。なるべく多く、果ては推しのアイドル、俳優、芸人まで思いつく限りいろんな人の顔を思い浮かべた。ひいてはアニメキャラにまで及んだ。

 そんないろんな人たちの命を救うためと、想いを強めた。

 みんなもそうしたのだろう。やがて俺たちの周りには楯からの光の束によってドーム状に結界が貼られ、天若彦あめのわかひこはかなり力を入れてそれを踏み砕こうとしているようだけど、苦戦していた。

 だけれどもいつまでこうしていても拉致は開かない。

 山武姫神も磐十台神も天若彦も、俺たちの話には全く耳を貸そうともしてくれない。

 この膠着状態がいつまで続いていてもどうしようもない。ついに俺たちの間に焦りが生じ始めた。

 別に腕力を用いているわけではないから体力的に限界だということはないけれど、愛の想いの力は、焦りや不安に変わり始めると力がそがれる。

 こんなことをしている間にも、地球はブラックホールに呑み込まれるかもしれない。しかも、地球の人びとはそんなこと全く知らずに普通に日常を暮らしているその時に、突然ブラックホールはやってくるのだ。

 もしかしてNA○Aや世界各国首脳はすでに感知しているかもしれないけれど、一般国民には徹底的にその事実は隠蔽されるだろう。


 そんな時、宮殿の謁見の間全体が、それ達の楯からとは別のまばゆい光に包まれた。

 光などという言葉では形容できないような、それは偉大なる閃光だった。いや、閃光などという一時的なものでない。まさしくそれは光の洪水ともいえるものだった。

 俺たちを踏み潰そうとしていた天若彦も大声を挙げてのけぞり、尻餅をついていた。

 やがて、その光の渦の中に三つの影が見えた。影とはいっても、その影自体がものすごい光を発している。そして、俺たちから見れば見上げるほど巨大であった山武姫神たちの、その数倍の大きさだ。幸い天井はもっと高いので、なんとか部屋には収まっている。

 見ると、山武姫神たちのお三方もその光の渦の中の光の塊に向かって、驚きの表情のままひれ伏している。

 だが、俺たちはまともにそれを見ているわけではなかった。

 なにしろものすごい光圧だ。風ではないのだけれどまるで風のように、それも台風の時の突風の比ではなくものすごい力で全身にぶつかってくる。

 もはや俺たちは立っていられなかった。その場にうずくまり、顔を伏せた。そうでもしなければ光に吹き飛ばされて、後ろの壁に叩きつけられそうだ。


「これはこれは、どうしてこのようなところまで降臨あそばして」


 震える声で、山武姫神はひれ伏したままわずかに顔を挙げてしゃべっているようだ。


「そなたは何をやっているのか」


 光の中のお三方の、中央の光から声が発せられた。これまで聞いたこともないような、ただ「大きい」というだけでは形容しきれないものすごい威圧感の声だった。


「いろいろと讒訴もあってそなたを神霊界より追放はしたものの、それはそなたが憎くてではない」


「そうだ」


 光の中から別の声もした。


「あなたは私のかわいい直系の末、少し神霊界の外の限身カギリミ界にて己を浄化し、魂を改めたならばまた皇后の地位に戻すつもりであった。そなのに、魂を改めるどころか地上を制覇し、天帝に盾突き、前の天帝のお出ましを阻止しようなど、そんなことを目論むとは私も肩身が狭いのだよ」


「ははぁっ!」


「この者たちが」


 最初の中央の光の声だ。「この者たち」とは俺たちのことか?


「この者たちが申しておったことは、すべてまことだ。国祖神の引退も、すべて『大根本様』の大御経綸によるもの、そのためのいきさつ造りもすべて『大根本様』が書かれた戯曲であり、そなたたちはその通りに演技させられていただけのこと」


「恐れ入ってございます」


 山武姫神は恐怖に打ちひしがれているように、ただただ床にひたいを来ずりつけていた。

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