8 美の女神

 最初に口を開いたのは、拓也さんだった。


「それで、私たちにできることは?」


「そもそも」


 美貴が聞く。


「この状況を打開するために、宇宙全体から皆さんがここに集まっているのですよね。その場に私たちも招かれたというのは、どういう意味を持つのですか?」


「それは」


 先ほどのM87様に代わって、俺たちを円盤でここまで連れてきてくれたプレアデス星団のスバル様が言葉をはさんだ。


「本来ならば、このラー恒星系の危機は地球カルナールの神霊界の御神霊が中心となって対処すべきことでしょう。なにしろ地球は『大根本様』のご計画とご愛情を一身に受けた、全宇宙が注目している星なのです。でも今、地球はそんな状況ではない。地球の神霊界は邪悪な勢力に狙われ、また政権自体が大きく変わろうとしている。でも、あなた方は人間として三次元界に降ろされたましけれど、その魂は地球の御神霊の分魂だと聞きました。今こそあなた方が地球の御神霊の分魂としてご本体様に代わっていちばん働いていただかなくてはなりません」


 お説ごもっともだが、俺たちはまだ何をどうしたらいいのかもわからない。なにしろその指令を出してくださるはずの方が行方不明なのだ。


「どうして私たちのことをご存じなのですか? そして今回の恐怖の接近は、どうしてわかったのですか?」


 チャコの質問はいちいち的を射ている。


「地球に続いて、『大根本様』のご意思を受けて、自らの星の三次元界に物質の肉体を持つ人類を創造しようと研究している星もたくさんあります。そういった星の御神霊方が、地球の状況を視察するために地球を訪れております。地球での人類創造を自分たちの参考にするためです。その方たちが調査の途中でこの異変に気付いたのです」 


「私たちのことは?」


 ピアノちゃんが重ねて聞いた、


「あなた方もことは、この方より聞きました」


 すると御神霊様方が立っている背後、まだ多くの御神霊たちが集まっているその頭上に、大きな光が放たれた。

 その光の中に影を落としたのは、さらに巨大な光り輝く実に美しい若い女神……すべてのものが浄化されるような笑顔は俺たちに心地よい安らぎを与えてくれていた。

 欧米で金星は美の女神ヴィーナスの名でよばれているけれど、まさしくその金星という場にふさわしい美の女神の登場のようだ。

 そのお顔はとてつもなく懐かしい、親しみと安心感を覚えるような既視感を覚えるけれど、はっきりと記憶に結びつくものではなかった。

 でも決して、初めて会うかたではない。

 そして最初に、拓也さんが叫び声をあげた。


「婆様!」


 ただでさえ笑顔だった女神は、さらににっこりと微笑んだ。

 俺は正直、拓也さんは何を言っているのかと思った。ほかのみんなも同じような想念を送ってくる。

 俺たちの周りにひしめき合っていた宇宙からの方々やこの金星に住む多くの御神霊はさっと左右に道を開き、女神は音もなく滑るように俺たちの前に来た。

 そしてたちまち俺たちやほかの御神霊と同じ大きさになった。

 拓也さんはこの方を婆様と呼んだ。言われてみれば面影はあるような気もするし、それが既視感を形作っていたのかもしれないけれど、しかし婆様のようなご老人ではなくやはり俺たちと同世代と思われる若い女性だ。

 その時、目の前の女神のお顔がスーッと大人の女性に、そして中年に、高齢者にと、だんだんとそれでいて一瞬で変わっていって、俺たちのよく知っている婆様のお顔になった。


「あ、婆様!」


 みんなも口々に叫んだ。婆様はゆっくりと慈愛に満ちた笑顔で俺たち全員を見渡した。


「婆様、あのような美しくて若い女性に化けておられたからわかりませんでした」


 悟君が口を切った。婆様は高らかに笑った。


「まあ、化けていたなんて人聞きの悪い。あれが私の本然の姿。この老婆の姿は肉体に入っていたからこうなったのですよ、肉体は老化しますからね」


 そうしてまた、婆様は美しい若い女神へと戻った。


「あなた方は三次元の肉体界では、これまで幼い子供からようやくその姿まで成長しましたね。でもこの後、肉体はさらに成長して壮年となり、中年となって、やがては老人となっていくでしょう。でも、今のこの時点での二十歳前後のあなた方の肉体的姿は、あなた方の魂の本然の姿なのです。肉体界では、魂の本然の姿と同じ肉体でいられるのは、今のあなた方の年齢のほんの一時期だけですから」


「では婆様。婆様はご本体ではなく分魂の婆様なのですね」


 拓也さんが聞く、婆様はうなずく。


「私のご本体は今も隠遁の地でお隠れになったままです」


「婆様。婆様は、現界では今どこに?」


 俺が気になっていたことを聞いた。皆の想念がそれに同調する。


「心配をおかけしました。あの晩ホテルでスメル協会を名乗る方が訪ねてきたのですけれど、私はすぐにそれがイルグン・ラビという組織の方だということは察していました。でも、騙されたふりをしてついて行ったのです。スメル協会の方々と共に東西の霊界を融合させただけでなく、どうしてもイルグン・ラビ、そしてその方々と手を結んでおられるハッピー・グローバルの方、とりわけ代表の城田さんとお話をさせていただかなくてはならないと思っていたからです。それが今回の戦争や災害、そして迫り来る危機を打開するために必要なことでした」


「そんな、危険すぎます」


 拓也さんに言われて、婆様である女神様はにっこり笑った。


「そうですね。でも危険だからといって何もしなければ、ことは打開できません。でも、城田さんも今では肉体的な脳でものごとを考えておられるから、肉体に入っている間は話が通じませんね。一方的に私を敵視し、なじり、私をあのホテルの一室に監禁しました。食事だけは与えてくれましたけれど」


「あの城田という人も、分魂なのですね」


 俺が聞くと、婆様はうなずいた。


「はい、思った通りの方の分魂でした。でも、肉体にいる城田さんに、そのご本体のことをお話しすることはできません。だから話も進まないのです。そのうちあの大地震があって、私はほとんど放置されました」


 婆様が無事であったことは一安心だけれども、今も現界に残されてきている婆様の肉体が無事救出できるまではまだ油断はできない。

 俺はそんなことを考えていたけれど、メンバーの中にはさらに婆様のことについて知りたいと思う想念が漂っていた。


「婆様は、ご自分のご本体をご存じなのですか?」


 最初に質問の口を開いたのは、杉本君だった。

 婆様はまたうなずいた。


「はい、特別に知らされております。もちろん、分魂として現界に下って青木鶴という肉体に入っている以上、直接お会いすることもコンタクトを取ることもはできません。私がご本体とお会いするのは、青木鶴が肉体界で死を迎えた後ですね」


「婆様がコンタクトを取っておられたのは?」


 エーデルさんが口を開いた。


「五次元耀身カガリミ神界の主宰神、天の御三体神の天照日大神様です」


「え?」


 あまりにも予想外の答えに俺だけでなく、エーデルさんも、そして拓也さんも言葉がないというように唖然としていた。

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