6 金星
天応山の上空を出発してからここまでどれくらいの時間がたったのか……ここでは時間の感覚は分からないけれど、ほんの一瞬だったような気もする。
「金星までは、金星が軌道のどこにいるかにもよりますけれど、平均して光の速さで八分、地球上の人類の宇宙船ならば五十日くらいはかかるはずですけどね」
拓也さんが、我われに肉声で言った。だから最低八分以上はたっているけれど、どうもわからない。
外を見ても何も見えずに闇があるだけだから、進んでいるのかどうかもわからないのだ。
宇宙空間とはいえここはまだ高次元界ではなくあくまで物質界なのだから、時間も空間も存在しているはずだ。でもこの円盤も霊質でできていて、俺たちも今霊体だけなのだから、時間にはとらわれていないのかもしれない。
体感十二、三分くらいで、金星は大きく球体となって円盤はどんどん近づいて行く。
金星の表面がのっぺらぼうのように見えるのは、実は表面を覆っているのが厚い雲の層だったからだと近づくにつれ俺たちは知った。
表面には全体に強風が吹いているようだ。
風が吹ているということはすでにそこは大気圏の中だということだが、さらに近づくと表面は決してなだらかではなく、強風に吹き上げられた雲がさまざまな紋様を描いているのが分かった。
俺たちはまた息をのんだ。
この神秘な光景を見たことのある人類はいないだろう。こんな間近で実物の金星を肉眼で見た人類は、俺たちが最初だ。
もっとも、今俺たちは肉体を脱ぎ捨ててここに来ているのだから「肉眼で」というのは正確ではないかもしれない。でも、感覚は肉体の中にいる時と同じだ。
すぐに円盤はその雲の中に突入した。
外は何も見えなくなった。かなり厚い雲の層のようだ。それを瞬時に突き抜けて地表に近づく。
地表は固体の岩石のようで、山があったり谷があったりしているけれど、どこまで飛んでも海はない。それだけでなく、草も木も一本も生えていない不毛の地だ。
厚い雲で覆われているので太陽の光は届かず、昼になっている部分でも薄暗い。だが、太陽の光が届かないのに、地表はものすごい温度のようだ。
とても生物が住めるような環境ではない。当然のことながら、生命の片鱗も感じられない。
「さあ、このツイサニアの物質界にいても仕方ありません。ツイサニアの四次元界へと上昇しますよ」
御神霊の言葉で、円盤の窓の外の景色が一変した。
そこは普通に明るく、木々で覆われた山や緑の草原もあり、瑠璃色の空の広大な世界だった。
ただ、木々は見上げるようなものすごい巨木ばかりなのには圧倒された。
次の瞬間、俺たちは円盤の外にいた。
「ここが……金星の神霊界……?」
俺はきょろきょろあたりを見回したが、ほかのメンバーも同じようにしていた。先ほど円盤の中から見た金星の三次元物質界の、生命のかけらもないような灼熱の世界とはまるで別世界だ。いや、別世界なんだけど。
先ほど乗ってきた円盤は、もう消えていた。
「今、ここには宇宙のさまざまな星の神霊界からの御神霊の代表の方が集まっています。もちろん、このツイサニアにもおびただしい数の御神霊の方々が暮らしておられますので、その方たちの代表の方も交えています。そして今回特別に、あなた方がカルナールの御神霊の分魂としてこちらに召喚されました。さあ、こちらへ」
我われをここへ導いてくれた御神霊は、ほかの五名の方々とともに俺たちを促して歩きだした。
そのまま木々のジャングルに入っていく。でもそこに生えている植物は木くらいの高さがあるけれどどう見ても木という感じではなく、何か不思議な形状だった。
まさかとは思うけど、普通は地面に生えているような草が巨大化して、俺たちの背丈よりも高くなっているという感じだ。
やがて視界が開けた。そこは実に広々とした原野のようだ。果てしなく遠くまで世界は広がり、その向こうにそびえたつ山が連なっているのが見える。
すべてが明るく輝いている。
広大な風景と、すべてが明るく輝き実在性を強く感じさせる鮮明な色彩は、地球の霊界と全く変わらない。ただ、その数倍もスケールが大きい。
思うに、我われがかつてケルブに案内されて探訪したのは、四次元世界の中でも人霊が次の転生まで修行をするという
もしかしてこの景色の壮大さは地球と金星という違いではなく、幽界と神霊界の差なのではないだろうか……俺はそんなことを思って歩いていたけれどその想念は仲間にはスーッと伝わっているようで、皆俺の方を見て歩きながらうなずいていた。
神霊界の記憶……それは二万年前にミヨイ国の沈没で肉体を離れた過去世の俺たちが神霊界のご本体の御神霊に収容されたとき……でもあの時は自ら体験した記憶ではなく、あとから与えられた記憶である。しかもあの時はケルブの龍体の鱗に乗ってものすごい速さで飛行し、巨大な大扉の鍵穴から中に入っていっただけ。周りを観察している余裕などなかった。
今はじっくりと辺りを見回すことができる。
すると、驚きのあまり腰を抜かしそうな光景に、俺たちは出くわした。
我われを導いてくれた方と同じような白い服の方たちが、大草原の真ん中で集まっている。そしてその向こうに、白亜の建物もたくさん見えた。だが俺は、いや俺たちはふと足を止めてしまった。
その方たちはざっと数百名はいるかと思われるが、皆見上げるような巨大な巨人、いや巨神ばかりだったのである。
彼らは俺たちが近づくと一斉にこっちを見てこれ以上大らかになるだろうかと思われるような屈託のない笑顔で俺たちを迎えてくれた。
白い衣がまぶしく光り輝いている。俺たちはその足元に立っている形で、あまりちょこまかしていたら踏みつぶされそうだ。
ただ、彼らはどんなに巨大でも、歩くときに大きな音をたてたり、地面が振動したりすることはなかった
俺たちが立ち止まると、彼らはどんどん集まってきて、俺たちを囲んで見下ろしていた。
その顔つきは人と変わらないし、年齢も俺たちと同じ若者という感じだった。
そしてまずは、俺たちとともに円盤に乗ってきた御神霊方を見た。
「ご苦労様でした」
「いいえ、いつもありがとうございます」
そう言ってから彼らは、なんと急激にその体を巨大化させ、俺たちを見おろしていた巨神たちと同じ大きさになった。
俺たちはただ、呆気に取られていた。
「あなた方もその大きさでは私たちと話がしづらいでしょう」
最初に話しかけてきた御神霊が両手を高く上げ、頭の上で広げるとその両手のひらの間に光の球が生じた。彼はその光の
ふわっとした感覚とともに光に包まれた俺たちは、みるみる巨大化してほかの巨神たちと同じ大きさになった。
もはや彼らは巨神ではなく、俺たちと等身大だった。
驚いて周りを見回すと、あれほど巨大な大木だと思っていた木々も普通の気になっていた。不思議な形状に感じていた植物も、足元の草だ。
つまりは何から何まで巨大な世界なのではなく、俺たちが小さかったのだ。
「あらためまして、ようこそいらっしゃいました」
ここでもなぜか日本語だ。
「私はツイサニアの神霊で、この近くの村の
彼は名前を名乗りかけたところ、隣にいた別の方がその腕をつかんで首を横に振った。ハッと何かに気づいたように、名乗りかけた方は再度俺たちを見た。
「申し訳ない。あなた方は御神霊の分魂とはいえ、今は三次元現界の
「それでは、お呼びできないと、話しにくいですね」
島村さんがつぶやくように言った。
「皆さんで、私たちの仮の呼び名を考えてください」
そう言われても、すぐに思いつくことではない、島村さんも困っていた。
「じゃ、いいですか」
前に出たのは美穂だ。
「あなたはレン様、その隣はシガラキ様、あなたはゲンブ様、こちらはタケオ様」
こんな感じでどんどん名付けていく。どうも何かのキャラクター名を次々に言っているだけなのではないかと勘繰ってしまう。
「では、立ち話もなんですからこちらへ」
ひととおり呼び名を決めさせてもらうと、レン様と名付けられた方が俺たちを促した。
「あちらに宇宙各地から来られた御神霊の方々がいらっしゃいますので、ご紹介いたします」
俺たちと一緒に円盤に乗ってきた方……プレアデスから来たといっていたのですでに美穂からスバル様と名付けられていた方も、その仲間とともに一緒に来ていた。
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