5 宇宙飛行
「とにかく急ぎましょう。我われはいくらルッターに乗っているとはいえ、あまりこの三次元空間に長居はしたくないのです」
「やはり一度四次元神霊界まで昇って、そのまま歩いて行くのですか? だって、何百光年先の星とも地続きなら金星などもっと地続きですよね」
念を押すように、島村さんが言った。
「あのう」
美穂が恐る恐る小さく手を挙げる。
「このまま、この円盤で金星に行くことはできないんですか?」
宇宙御神霊はすぐに言った。
「できますよ。この物質界の宇宙空間を飛んでいくことも可能です。ご希望ならばそうします」
「外を見てもいいですか?」
チャコが言うので、宇宙御神霊は笑いながらうなずいた。
「かまいませんよ。とにかくすぐに出発します」
俺たちはとにかく何もない円盤の内部の、壁の方に散り散りに向かった。
円盤の内部は特に照明器具で照らされているわけでもないのに、全体が明るい。
壁の素材も全く何なのかわからなかった。
「これは地球上の物質ではないね」
俺から少し離れたところにやはり壁の方を向いて拓也さんが立ち、俺に想念を送ってきた。
俺は壁に触ってみる。確かに金属でもプラスチックでもない。
「これは物体ではない。霊質でできているな」
島村さんもつぶやく。俺は外が見たいと念じてみた。すると、壁の一角がスーッと窓になった。下の方が見たいと思ったら、床がシースルーになる、上を見たいと思ったら天井まで透明になった。
思った通りにこの壁は変化する。しかも、すでに日が暮れている外の景色を見るためには、室内がやはり暗くないといけない。
すると、室内の明るさもスーッと光度が減った。
やはり思った通りに変化するということは、この円盤は霊質でできている。これではたしかに、肉体を持った現界の人を乗せることは不可能だろう。
足元には街の明かりが山に囲まれて一面に輝き、上を見るとそれに負けないくらいの星空が輝いている。
すると音もなく、そして振動もなく、円盤は急上昇を始めた。しかし、肉体を持っていた時のような上昇感もない。
外の景色を見ていないと、円盤が動きだしたということに気づかなかったであろう。
あっという間に足者と街の明かりは遠のき、世界が広がり、大地は球になっていった。そしてその球の向こうから、太陽が顔をのぞかせた。
いつの間にか大気圏を離脱している。
限りなく青い球と、それを取り囲む大気の層がさらに青く輝いて息をのむような美しさだった。
これ以上の芸術があろうかと思われるほどだ。
だがそれもつかの間、青い球はみるみる小さくなり、漆黒の中にポツンと浮かんでいる。
「きれい」
エーデルさんも感動の声を挙げる。美貴もぽつんと言う。
「私たち、宇宙にいる。信じられない」
「そう、宇宙飛行士でも何でもないただの学生が、宇宙を飛んでる」
ピアノちゃんも興奮していた。
「あれ? 誰が操縦してるんだ?」
大翔が疑問の声を挙げた。たしかに宇宙御神霊の方たちも部屋の中で突っ立っているだけで、誰も操縦桿など握っていない。そもそも操縦席などもない。
「私たちの想念で飛んでいます」
すぐに、宇宙御神霊の方の声が帰ってきた。やはりこの円盤は、霊的な存在なのだ。
だからこれまでのUFO目撃談も、UFOはどこかから飛んできたというよりも突然現れ、そして急に消えてしまうというのが多いのも道理だ。
実際は肉眼では見えない存在なのだけれど、何かの必要があって乗っている御神霊が可視化したのだろう。
「あなた方のいる三次空間では、燃料を発火させて、その反動でロケットなどを飛ばして推進させていますね。そんな乱暴なやり方で、地上の人類は宇宙に行こうとしています」
もうかなり小さくなっている地球の表面だけれど、たしかに俺たちの世界の文明ではスペースシャトルや宇宙ステーションなどといっても、あの球の表面近くを漂っているに過ぎない。それで宇宙に進出したなどと言っているけれど、それは海水浴場の足が立つ程度の深さのところを泳ぎまわって、大海原を征服したつもりでいるのと同じだろう……と、思う。
そしてその時、俺は気が付いた。
今までよくテレビとかで見てきた宇宙船の内部では無重力になったので、、宇宙飛行士がふわふわ浮いている映像を思い出したのだ。
ところが今俺たちは宇宙空間を飛行しているにもかかわらず、普通に立っている。
その想念を読み取ってか、宇宙御神霊は笑った。
「すべては想念通り。あなた方が地面に立っている感覚の想念でいるので、床に立っているのです。もしふわふわと無重力体験したいのなら、そういう想念になればいくらでもできますよ」
そこで試しに俺はそうしてみた。すると本当に体がふわっと宙に浮き、回転したりもできる。あのテレビで見た宇宙船の内部と同じだ。
だが、元のように立とうと思うとすっと床に立って、普通に歩いたりもできた。
さらに不思議なことに今度は窓から外を見てみると、地上にいた時はあれほど満天に散りばめられていた星がすべて消えてしまっていた。宇宙空間に出たらさぞやもっと多くの星たちの中を飛行することになると思っていたから、驚きを隠せなかった。
「あれ? 今日は宇宙は曇ってるんですか?」
悟君がとぼけたことを言うので、その口調にみんなで笑った。でも、本当は笑える状況ではなかった。
「やはり婆様の言っていた通りだな」
拓也さんが真顔でつぶやいた。みんな、拓也さんを一斉に見た。
「宇宙空間では星は見えないと、婆様は言ってましたね。たしかに星の光は実に微細なものでとても肉眼で見えるものではないのだけれど、地球の大気圏にその光が入ると大気圏の中の細かい塵とぶつかって増幅されて可視光線になるということでした」
俺はどこかの記憶の中で、かつて同じ話を聞いたことがあるような気がした。だけれどもほかのメンバーは、皆驚きの声を挙げていた。
「ついでにもう一つ、例えば四百光年の距離の星の光は四百年前の姿だなんて思っている人が多いけど、それも違うということです。大宇宙のすべての星の姿は、今現在の姿なんですね。星が放っているのは光ではなく霊的なエネルギーで、それが宇宙の高次元界を経由して地球近くに瞬時に到達して、大気圏内で可視光線になる」
皆呆気に取られていたけれど、たしかに今目にしている大宇宙は光のかけらもない一面の漆黒の闇だけだ。
「それは」
宇宙御神霊の方の声がする。
「地球という現界的な星や肉体を持った人類を創造されたカルナールの御神霊様たちが、人類に今現在の宇宙の姿を見せてあげようというご愛情から、そのように仕組んだといえますね」
そんな漆黒の闇の中に見えているのは、太陽の光と、その周りの小さな星だけだった。つまりは惑星だ。惑星だけは太陽の光を反射して漆黒の宇宙空間の中に浮かんで見える。地球もすでにそのような星と同じような光の点になってしまっていた。
その時、俺はふとあることに気づいた。
するとそのうちの太陽により近い一つの惑星がみるみる近づいてきて、球体を見せた、正確にはこの円盤がその星に近づいているのである。
それは白い滑らかな球体だった。表面には何の紋様も見られない。つまり、海も陸地も山も何もないのっぺらぼうのような星なのだ。
「あれがツイサニア、あなた方がいう金星です」
みるみる球体は大きくなっていく。円盤はどんどんその表面に近づいていった。
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