3 天応山
俺たちの三台の車は、順次その駐車場に停車した。
当然そこはその店の客のためのもので、車だけ停めて店を利用しないというのは申し訳ない。
「前の店にはね、壁にはものすごい数のソフトクリームの写真があってね、お店の一角にあの山登りアニメのグッズのコーナーとかあったりしてね。お店自体がそのアニメの聖地だったみたい。知らないけど」
今は普通のコンビニになっているその店で飲み物等を買って、外に出た。
そして駐車場で車に乗る前に、丸くなって相談した。
駐車場のすぐそばに、山への入り口がある。小ぢんまりとした丘なのに、たしかに「天応山入口」などと仰々しく看板が出ていた。
今走って来た道の反対側は、公園の入り口が見える。道の左側に沿ってずっと公園は続いているようで、かなり大きな公園のようだ。
「この公園は?」
悟さんが聞く。チャコは少し唸った。
「うーん。確かに広いし、夜でも自由には入れるけど、結構街灯も多くて夜でも明るいよ。よーっぽどの深夜にならない限り人もいるし」
「じゃあボツか」
島村さんが言う。
「その山には、車で登れます?」
拓也さんが聞く。
「いえ、車は無理です。車はこの公園の無料駐車場に置いて、歩いて登るんですよ。でも確か、何年か前から夜間入山禁止になったような」
「じゃあ、そこもダメじゃないですか」
「あ、でも、もうちょっと先に行ったところに山の方へ入っていく道があって、そちらから登れば人に見られることもなく山頂の展望台に行かれると思います。ほとんど道なき道ですけど。普通のハイキングコースは夜に入ろうとしたら、たぶん怒られます」
「じゃあ、そうしよう。じゃ、まずは公園の駐車場に車を停めに行きましょう」
拓也さんに言われて、またもとのように皆三台の車に分乗した。
道をほんの少し進むと右手にけっこう大きそうな寺の山門があってそこに信号があり、左折するとすぐに道の両脇に公園駐車場があった。
利用時間は夜は九時半までとあるので、何とか間に合うだろう。
すでにもう薄暗くなり始めていた。
そこから歩いて車通りに戻った。そんなに遠くはない。
車通りにぶつかった信号を渡ると、寺の山門だ。門自体は一層だけれど、仁王像が見える。かなり広い境内のようで、由緒もありそうだ。
「創建は室町時代。明治維新の時は戊辰戦争の舞台ともなったお寺よ」
「ほう」
さすが俺と同じ歴史学専攻のチャコだ。でも俺はどちらかというと古代史が専門なので、明治維新あたりは疎い。
「その時立て籠もった幕府軍のリーダーは、新しいお札の一万円札の人の
まだまだ慣れずに違和感を覚える新しいお札だ。ほとんど電子決済のキャッシュレス生活なので、新しいお札に触れることもほとんどないからなおさらだ。
「ここ、うちの寺と同じ宗派だよ」
門前の寺名が入った石碑を見て、悟君が言った。
そんな話をしながら山門の前を通過した。
この寺の裏山が、これから行く山らしい。果たしてすぐに右に折れる小さな道があった。車一台がやっと通れるような細い道だけど、「この先、車両通り抜けできません」と親切な看板があった。「車両」だけ赤文字になって強調されているということは、徒歩の人は通れるということらしい。
「こっちです」
チャコが言うので、俺たち十二人はぞろぞろとその細い道を歩いた。すぐに道は上り坂となった。わずかに民家はあるけれど、草深い林の中に道は入っていくという感じで、右手はこんもりとした木々と草に覆われた高台だ。
三、四分ほど歩いて、チャコが道の右手を示した。
「ここから登ります。この先はまともな道ではないので気をつけて」
そう言って木々が生い茂るスロープをチャコは登って行くので、俺たちもそれに従った。ほんのわずか人が通った後があるくらいの道とは言えないような道を登り、十分くらいで高台の上に出た。
この高台が「山」なのだ。さらに少し進むと急に平らな土地に出て、そこにコンクリート造りの展望台があった。自然の広場から展望台は舞台のように張り出して作られ、淵の上には手すりがあった。
もうかなり暗くなり始めていた。もう人もいない。
驚いたことに、そんなに長く歩いてきたわけではないのに、まるで高い山の上に昇ってきたような雰囲気だ。
広場の隅に「天応山」と書かれた看板があるけれど、たしかに雰囲気的には「山」だ。ただ、標高は195メートルとあり、そんなに高くない。さらにそれはあくまで海抜だから、このあたりの地面からの高さは百メートルくらいだろう。
それにしては、この展望台から見る景色は雄大だった。はるばると遠くまで見渡せる。向こうの丘陵との間のこの町の全景が一望できた。町にはそろそろ明かりが灯り始めている。
激しい夜景ではないけれど、落ち着いた感じがする。
麓の寺もだけど、こんな山がこの町にあったなんて初めて知った。
でも考えてみれば、並行世界で俺がこの町に住んでいたのはそんなに長くない。六月に栃木から転校してきて九月の文化祭の時にこちらの世界へリープしてきたのだから、正味四ヶ月ほどしかこの町では暮らしていなかったのだ。
折しも西の空は真っ赤な夕焼けで、その沈んだ太陽を三日月が追いかけようとしている。闇を増してきた空には星が点滅し始めた。
「うわあ、きれいだなあ」
一番感動していたのは都会生まれで都会育ちの島村さんくらいだ。チャコや美貴はこの町で暮らしているし、俺とピアノちゃん、美穂は同郷の栃木県人、大翔と新司に至っては長野県だ。悟君は都会生まれだけど富士の麓でしばらく暮らしていたそうだし、拓也さんはもろにそこの富士の麓の生まれ、エーデルさんの生まれ育った環境は知らないけれど、東京のような都会ではないだろう。杉本君は実家がどこかよく知らないけれど、さほどきれいな星を珍しがってはいない。
それに、俺の実家でははっきり見える天の川だけど、ここではさすがにそこまでは見えない。
三ヶ月も沈み、時間がたつにつれてどんどん星も数を増し、西の空に傾きかけた細い月とともに空いっぱいに躍っているようだ。
だが、そんな景色に感動している暇はない。
俺たちはここで、やらなければならないことがある。
「さっそく始めようか」
拓也さんのひと言で俺たちは丸くなって立ち、そこから空を見上げた。そして拓也さんが空に向かって、そんな大声ではないけれどはっきりとした言葉で言った。
「私たちはここに来ました。前にお出ましになった方、どうぞおいでください」
言葉を発しているだけでなく、強い念をも送っているようだ。だから俺たち全員が波調を合わせ、同じように念を送った。
どれくらいたったか、そんな長い時間ではなかったと思うが、空の一角に星の光とは違う光が見えた。
ものすごい速さでこっちに近づいてくる。
やがてそれは円盤型の姿をあらわにした。まっすぐにではなく時々蛇行しながら飛んでくるので、決して飛行機ではない。
つまりそれは、今まで映画やアニメ、あるいは本物かインチキかわからないような写真でしか見たことがなかった紛れもないUFOだった。
それらが俺たちの上空に来たときは、もうはっきりと巨大な円盤型の姿が見えるくらいになっていた。
そして俺たちの頭上あたりで、その巨大な円盤群は空中にぴたりと停止して浮かんでいた。
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