2 並行世界の想い出
テレビではニュースキャスターが、専門家との対談という感じで今の国際情勢を分かりやすく解説してくれている。
シニートゥ共和国はシーニ政府が立て籠もる島の周辺へ軍隊を終結させ、海峡を挟んで激しい戦闘が繰り広げられ、そこへダブリートゥ軍が合流してその海域でも海戦も始まっているという。
半島でも戦闘は激しさを増し、今や軍事境界線はほとんど消滅して、互いに侵攻し合っている。ミサイルも撃ち放題だ。
大国ローシートゥは同じく大国のダブリートゥに宣戦布告はしたものの今のところまだにらみ合っているという感じだが、今朝になってかなりの数のローシートゥ軍の艦隊が我が国の海峡を通過していったとのことである。すでに大洋にはダブリートゥ軍の空母が待ち受けているとのことで、その海域での海戦は必至だということだ。
この戦火が世界に広まれば、下手をするといよいよ長いこと言われてきた第三次世界大戦となり、そして今の兵器の状況ではこれが人類最終戦争、いわばハルマゲドンになる可能性すらゼロではない。
いすれにせよ我が国にとっては戦火に国土が囲まれている状態で、いつ流れ弾が被弾してJアラートが国中に鳴り響く時が来ないとも限らない。
防衛大臣は緊急記者会見を開き、すでに各地の自衛隊は出動準備を済ませていることを告げたらしい。
それにダブリートゥ軍の我が国内の基地はローシートゥに対する前線でもあるが、それらがローシートゥの攻撃目標になることも十分にあり得る。
実際、俺たちが向かっている町の至近距離にダブリートゥ空軍の基地があって、今走っている都道はそのすぐそばを通る。
こんなところで渋滞しているうちにローシートゥのミサイルが飛んできたらと思うと落ち着いてもいられない。
ようやく主要街道である都道を離れ、上下二車線の道に入って郊外に出ると、ようやく渋滞も解消して流れだした。
すでに県境を越えているので、この道は県道だ。
こうして通常なら二時間ほどで着く道のりが、五時間もかかって午後の遅い時間にようやく目指す町の中央の駅前に着いた。駅前にはすでにチャコと美貴の姿があった。
三台の車はまずその前に停まり、二人を乗せることにした。
俺の乗る拓也さんの車と杉本君の車が三人ずつしか乗っていないので余裕があった。
でも、美貴とチャコ二は二人まとめて事情を詳しく説明する必要があったので、別の車に分けて乗せると不便だ。そこで、拓也さんの車の後部シートに乗っていた二人のうち島村さんは助手席に移ってもらい、チャコと美貴は俺と一緒に少しきつきつだったけれど後部シートに乗ってもらった。
一緒に後部に乗っている俺が、二人に昨日のいきさつを詳しくすべて話した。
「へえ、神霊界の御神霊というだけでなく、宇宙から?」
美貴は目を丸くしていた。確かに、どんどんスケールが大きくなっていく。そしてその宇宙の御神霊から指定された場所の話になって、俺はチャコの出身高校のグランドのことを聞いてみた。
「どうかなあ。夜に立ち入れるかどうか」
チャコは首をかしげていたけれど、とりあえず行って見てみることにした。
駅から学校までは、車だとほんの四、五分だ。チャコのナビの通りに、拓也さんは車を走らせる。
落ち着いた古い住宅街の中を走っているうちに、俺はその風景に頭がくらっとする思いだった。
現界的には俺にとって初めての町のはずだ。だが、はっきりとこの町に俺の想い出が染みついている。どこに何があるか、はっきりと思いだされる。
そう、何もかもが懐かしいのだ。
ケルブから並行世界の記憶を甦らせてもらっていなかったら、この感覚はなかったであろう。
そして、学校が見えてきた。
まさしく、卒業してから久しぶりに戻ってきた母校という感じだ。
ついつい俺は拓也さんがその学校の門に入って、校舎裏の駐車場に車を停めるような錯覚に陥った。
俺の中で拓也さんが一瞬、この学校の青木先生であるかのような感覚になってしまったからだ。
俺としてはまたこのメンバーで、昔を懐かしんであの部室にたむろしたい気がした。だけれどもチャコの話では、こちらの世界ではチャコが在学中にもこの学校に「超古代文明研究会」など存在していなかった感じだった。
拓也さんはそのまま車を運転して正門の前を横切ったので、俺は一気に現実に戻った。
少し行くと校舎が切れて広いグランドが見渡せて、そこにグランドの入り口の別の門があった。
門は閉まっていた。グランドに生徒はいない。
高校はもう二学期の真っただ中のはずだけれど、おそらくあの地震のせいで臨時休校になっているのだろう。
そもそも拓也さんの学校もそうで、教員は出勤だけれど休校だから割と簡単に有休をとって拓也さんはここに来ている。
門は正門よりも低く、頑張れば飛び越えられるだろう。だが今はとりあえずそこも通り過ぎて、グランドの周りの道を一周してみることにした。門以外のところはかなり高い金網の柵が続く。
ここは陸上のグランドのようで、真ん中に鉄道の線路が走るその向こうは野球場だ。どこも高い金網で囲まれ、さらには「校内への無断立ち入りを禁止します」という看板が、威圧感をもって遮断していた。
「これはだめだな」
拓也さんがつぶやいた。
「入ろうと思えば入っるけれども、夜に勝手に入ったら違法進入になってしまう。校舎に忍び込もうとしない限りセキュリティーシステムに引っかかることはないけれど、やっぱ万が一のことを考えたらまずい」
たしかに、拓也さんは今は他校の教員だから、余計にまずい。
この辺りは避難指示とかは出ていないようで、町も見た限り地震の損傷を受けている様子もなく、この学校も避難所として開放されていたりはしていないようだ。
だが、もし避難所になっていたならば、それはそれで自由に入ることはできても今度は人が多すぎる。
「すぐ近くに山があります。それと河原も」
チャコが後部座席から、拓也さんに言った。
「山といってもちょっと小高い丘くらいで、三十分も歩けば登れます。その上に展望台があって、少し開けた場所があるんですけど」
「さすが地元だな」
拓也さんは笑っていた。
「で、河原は?」
「キャンプ場とかもあって割と有名な河原です。緑に囲まれて、静かなところです」
「ああ、あそこね」
俺が思わず口をはさんだ。
「夏に花火大会やってたところだね。でもあそこは、夜になっても結構人がいるんじゃないかな?」
「え?」
チャコは怪訝な顔をした。
「康ちゃん、なんで知ってるの? 前に駅までは来たけど、町自体は初めてだよねえ?」
「あ」
俺はしまったと思って口を押えた。つい並行世界での記憶をしゃべってしまった。
「あ、いや、なんでもない。や、山にしよう、山」
別に言ってはいけないわけではないけれど、まだ話していないのでここでその話をすると余計にみんなを混乱させてしまうことになると思って、今は話さないことにした。
そうして、とりあえず山を目指すことになった。
後続の二台には、スマホで連絡する。
ほんの二、三分走っただけで、たしかに右前方にこんもりとした森が見えた。でも、ちょっと高くせりあがった森という感じで、たしかに山という感じではない。
その森の手前にコンビニのハニーマートがあった。
「あれ? ここ、ハニマになってる」
チャコはそうつぶやいた後、拓也さんに言った。
「とりあえずここに停めてください」
チャコが指定したのはその店の前の、車が数台停められる駐車場だった。
「昔はローカルコンビニで、けっこう有名なお店だったけど閉店してずっと空き家だったのに。お店は駅の方に移転したって聞いたけど、いつの間にかハニマが入ってたんだ」
チャコは、独り言のように言っていた。その店の向こうに、車通りを離れて森の方へ続く細い道があった。
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