第9部 ツイサニア

1 宇宙からの訪問者

 ピアノちゃんはゆっくりと顔をまわして、俺たち全員を見回した。もちろんピアノちゃん本人は目をつぶっているのだから、俺たちを見回しているのはピアノちゃん本人ではない。


「私たちは、現界的な言い方をしますと、遠い宇宙の果てのほかの天体から地球カルナールへとやってきたものです。今、ある御神霊の方から紹介を受けまして、あなた方に会いに来ました。しかし、このような形ではなく、直接に会って告げたいことがあります」


 そこで島村さんではなく拓也さんが、ピアノちゃんに向かって話しかけた。


「どのようにすれば直接会えるのですか?」


「今あなた方がいる地点が自転によって恒星ラー、つまりあなた方の言う太陽の反対側に来た時、どこか見晴らしのいい場所、ほかに人がいないところに集まって、強く念じて私たちを呼んでくれればいいのです」


 つまり、夜ということか……。


「そう、夜です。別に昼間でもいいのですけれど、夜の方が私たちの乗り物であるルッターを見ることができるでしょう。それに、あなた方現界人は夜には自らを一時的に意識不明の状態にすることも知っています。ですから、夜の方がほかの人のいないところに集まれるでしょう」


 夜に一時的に意識不明の状態にするというのはこの世界の人々が夜になったら眠ること、つまり睡眠のことを言っているらしい。たしかに、昼間に人がいない見晴らしのいい場所というのはなかなかなさそうだ。


「では、お待ちしています」


 ピアノちゃんの力がすっと抜けた。そして彼女はパッと目を開けた。

 顔は驚いた表情だ。


「なんだかすごいことになりましたね」


 人霊や御神霊の言葉を取り次いでいても、ピアノちゃん本人の意識ははっきりしているらしい。

 拓也さんもうなずいた。


「いつ、どこにしようか。この都心部では難しいぞ、そのような場所」


 俺たちはそのまま座禅道場で、今度は話し合いの形になった。


「あの宇宙の御神霊が出した条件は見晴らしのいい、ほかの人がいない場所ということだったけれど、僕の出た小学校は廃校になっていて夜は誰も人がいないからぴたりとマッチするけれど」


 拓也さんはそう言うけれど、拓也さんの出身小学校というとあの樹海の中の村のことだろう。


「ちょっと遠すぎますねえ」


 悟君が言う。


「確かに。今高速道路も不通になっている箇所もあるようだし」


 言い出しっぺの拓也さんが、その案を引っ込めた。


「廃校といえば」


 俺が顔を挙げた。


「僕の出身高校も廃校に……って、あ、でも、来年の四月からの話ですし、やっぱ何でもないです」


 余計なことを言わなければよかった。


「学校の校庭といえば……んん、僕の勤務校は都心型だから校庭は校舎に囲まれた中にあって、見晴らしはよくないしなあ」


 俺はふと思いついたことを言おうと思ったけれど、まずは自分で考えてからにしようと思った。

 そう、俺には今度廃校になる出身校のほかに、もう一つ通っていた高校がある。あの並行世界パラレルワールドで通っていた学校だ。

 そこは僕だけではなく、エーデルさんをのぞくここにいるみんなが並行世界では通っていた学校だし、拓也さんはその学校の先生だった。

 だが並行世界での記憶をケルブから与えられたのは僕だけなのだ。

 だけれどもその学校が、こちらの世界でも実際の出身校であるのはチャコだけだ。


「そうだ、チャコ」


 俺は思い出したように呟いた。


「え?」


 皆が一斉に俺を見た。俺は我に返った。


「そうそうそう、チャコ。あのう、今ここにはチャコと美貴がいないし、あの宇宙からの御神霊と実際にコンタクトするとなればやはり、チャコも美貴も全員揃っていた方がいいんじゃないですか」


「確かにそうですけど、親御さんと一緒に住んでいますから今ここへ来るのは難しいってことでしたよね」


 杉本君が言う。俺はその杉本君に顔を向けた。


「だったら、こっちからチャコたちのいる町に行こうよ」


 チャコと美貴の家は互いに近いと聞いている。


「あの町ならば、きっと人のいない広い場所はあるかもしれない」


 俺がそう言うと、皆の意見も賛成になった。

 あとの話し合いで、明日早速拓也さんと悟君、そして杉本君の車に分乗してチャコのいる町に向かうことになった。

 チャコに連絡して、交霊術での宇宙から来た御神霊のことも手短に報告した。チャコはどうにも状況をよく呑み込めていないようだったけれど、俺たちがみんなでチャコの町に行くことには大喜びをしていたし、すぐに美貴にも連絡しておいてくれることになった。

 そしてこの日は、悟君がお父さんの住職さんに掛け合って、皆がこの寺で泊まれるようにしてくれた。

 ピアノちゃんたち女子二人はエーデルさんが使っている部屋にいっしょに入れてもらい、ほかはこの座禅道場に雑魚寝だ。

 拓也さんは歩いても一、二分の、自分のアパートに帰った。

 秋とはいってもまだ夏の名残のような時期だから、貸してもらった毛布一枚で十分だった。

 まだたまに余震はある。でも、もう震度1か2くらいになっていた。


 翌朝、ここのところ曇りがちの天気が続いていたけれど、よく晴れていた。

 本当なら大学ももうすぐ夏休みが終わるころだが、校舎の安全の点検と交通機関の復旧が進むまで夏休み終了後もとりあえず休校という連絡がスマホの方へ来ていた。

 俺は島村さんとともに、拓也さんの車に乗った。杉本君の車は新司と大翔、悟君の車に美穂とピアノちゃん、エーデルさんが乗っている。

 車の中では、カーテレビでずっとニュースを見ていた。今この状況だからどのチャンネルにしてもニュースと報道特集番組しかやっていない。選べるとしたら、国内の地震や火山噴火の報道番組か、海外各地で続発している大災害か、あるいは極東地域の戦争のニュースのどのチャンネルかということになる。

 拓也さんは運転しながら次々とチャンネルを変えていった。

 今後どうなるかはわからないにしても首都圏の地震は沈静化に向かっているように思われる。

 それよりも気がかりなのは戦争の方だ。こっちの方が今後激化していく可能性が高い。

 もちろん今の状況では、この列島に、そして全世界に新たなもっとすさまじい災害が起こる可能性もあるけれど、今目に見えて脅威なのが戦争だ。

 そう思ったのか拓也さんは、戦争を解説する報道特集番組でチャンネル操作を止めた。

 主要街道である都道は上下四車線であるけれどもひどく渋滞していてノロノロ運転なので、拓也さんは運転しながらも余裕でカーテレビを操作することができたのである。

 道路の渋滞は半端ないもので、なかなか進まない。

 都道とほぼ並行して走る私鉄は、ほとんどの列車がまだ運休しているらしい。

 だから車での移動が増え、そこに鉄道の代行輸送のバスが加わるので、渋滞しているようだ。

 俺たちはそんな車内だから、カーテレビの報道の内容に食い入るように耳を傾けていた。

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