10 思いがけない遭遇
俺は小声で、島村さんの耳元で言った。
「御霊様、あなたはこの方にひどい目に遭って焼き殺されたと言いましたけれど、その時のもう一つ前の過去世を思い出してごらんなさい」
島村さんは忠実に、俺が言った通りのことをピアノちゃんに向かって話した。
それを聞いた御霊は、ピアノちゃんの体を使ってうなずいた。
そして数秒後、御霊は驚いて、そしてうなだれて頭を抱え込んだ。
「なんと、俺が逆にひどい目に遭わせていたのか。俺があんな残酷なことをしていたなんて」
徹底的に落ち込んでいる。俺は島村さんの耳元での言葉を続け、そのままに島村さんは言った。
「だいじょうぶですよ。その時の一生を全部思い出して、天国にいらっしゃる方はこんなことはしない、天国にいらっしゃる方ならきっとこうなさるだろうということを基準にして全部やり直してごらんなさい」
俺が少しずつ区切ってささやく通りに、島村さんはその言葉を反芻して御霊に語りかけた。
十秒くらいしてから、御霊は顔を挙げた、その表情を写すピアノちゃんの顔が輝いた。
「楽になりました、もう火で焼かれていない」
「よかったですね。あとはこの方に今まで障っていたことを全部元に戻して、この方から離れて指導霊の方に指導をいただきましょう。もう、あなたは天国に行っているはずです」
「ああ、本当だ。素晴らしい、ありがとうございます」
ピアノちゃんの目から涙が流れた。
そしてピアノちゃんは脱力した。その霊はいなくなったらしい。
次に出てきたのはこの寺近辺、特に巨大なテレビ塔の周りにおびただしい数でひしめき合っているという地縛霊たちだった。
その霊たちも同じようにして救ってあげたけれど、でも今はそのような霊の救霊ばかりやっている時間はない。
また、島村さんは祈りに入る。
「どうぞ、御神霊様、いらっしゃってください」
しばらくして、ピアノちゃんの背筋がスーッと伸びた。
「私を呼ぶ者はだれか?」
ピアノちゃんの口調が変わった。
「おいでいただいて恐縮です。あなたはどなた様ですか?」
「今は特別にあなたの祈りに答えて参ったもの。この戦争の混乱も、天変地異もすべては四次元神霊界の乱れによるものぞ。四次元は悪しき神霊に支配されている。さらには超太古に封印された悪鬼の、その封印が解けようとしているのだ。ワレは六次元の神霊、まずは四次元界を元の平和な姿にするのが急務。そのためには、そなたたちの力が必要だ」
やはり思った通りだ。しかもさらに高次元の御神霊が、俺たちの力を必要としているのか……、聞いていた俺も、またほかのメンバーも身が引き締まるという感じで、ピアノちゃんの口から語られる高級神霊の次の言葉を待った。感激に胸が詰まりそうだ。
「私たちはまず、何をすればいいのですか?」
島村さんが問う。
「神霊界を支配する邪神を駆逐し、悪鬼の封印が解かれるのを阻止するためには、ワレの力が増大する必要がある。ゆえに、この国にワレを祭る巨大な神殿を建てよ。周辺の国々は互いに争っている様相を見せながらも、最終目的はともに手を携えてこの国を狙っておるのぞ。思いもしなかったことが起こる。このままではこの国は全土が火の海となる」
「神殿を建ててどうするのですか?」
「この国の
そこまでとなると、あまりにも無謀である。
その時拓也さんがまた、島村さんに何かを耳打ちした。島村さんはうなずいて、ゆっくりとその御神霊に向かって言った。
「仰せごと、了解しました。あなた様は本当に偉大な御神霊様でいらっしゃる。こちらからもその後ろの、黄金色に見事なしっぽがはっきりと見えます」
「何? しっぽ?」
ピアノちゃんの表情が急に焦ったような感じになって、慌てて自分の後ろを見ている。もちろん、本人は目を閉じたままだ。
「しまった」
これまでの居丈高な態度とはうって変わって、急にそわそわし始めた。
「あなた……キツネですね。金毛九尾の手下の」
「ばれたか」
ピアノちゃんは薄ら笑いを浮かべ、やがてまた脱力した。
拓也さんは大きくため息をついた。
「本当にしっぽが見えたのですか?」
俺はそう聞いてみた。
「いや、あれは鎌を掛けてみたのですよ。案の定、キツネでしたね」
拓也さんは苦笑していた。でも、ここで落ち着くわけにはいかない。こんなまがい物にかまっていないで、本物の御神霊とコンタクトを取らなければいけないのだ。
島村さんは祈りの力を強めた。
「いつもありがとうございます」
丁寧な態度と言葉遣いでピアノちゃんを通して、新しい方が語り始めた。声はもちろんピアノちゃんの声だが、その話し方や言葉遣いに、どうも聞き慣れた感じがあった。
「もしかして、ケルブさんですか?」
島村さんもそう感じたのだろう。その言葉にピアノちゃんはうなずいた。
「はい。皆さん、お久しぶりです」
二万年前も、そして今度もお世話になった御神霊だ。最初は天使の姿をしていたけれど、実際は天使ではなく龍神だった。
もちろん、ケルブというのも本当の名前ではないかもしれない。
「どうしてこのような形で? 前のように直接私たちの前においでくださったらいいのに」
島村さんの問いに、ケルブは柔和に微笑んだ。
「私もそうそう霊体を物資化して皆さんの前に現れることはできないのです。しかも今はそのような余裕はありません。いよいよ
それを聞いた俺たち全員は、思わず身を引き締めた。
「その前に、今のあなた方にとって最大の関心事だと思いますので、ひとこと述べておきます」
「もしかして……」
「そうです。あなた方が婆様と呼んでおられる方です。あの方は御無事です。今は特殊な任務に就いておられます。もはやあの方のお仕事はこの現界だけでなく、神霊界にまで及んでいます。分魂であるあの方のご本体の御神霊様の役割もなさらなければなりません」
「婆様のご本体様とは?」
「分魂の方のご本体を、あなた方のような分魂であっても、皆さんが現界にいる間は明かすことは許されておりません。あなた方のご本体様に関しても同様です」
その時、悟君が島村さんに耳打ちした。
「そのような御神霊の分魂は、婆様と僕たちだけなのか聞いてみてください」
ところがすぐに、ピアノちゃんの口を通してケルブは言った。
「大丈夫です。聞こえています。先ほどまでのような人霊が出てきた場合は、対話者の声しか聞こえませんが、私はここにいる皆さんの声がすべて聞こえます。ご質問の件ですが、分魂はあなた方だけどころか今現在、全世界で一億五千万人ほどの人が御神霊の分魂です。世界の人口が八十億とすれば、五十人に一人は分魂ということになります」
これには驚きだった。
「でも、そのほとんどが自分が分魂であることを知ることもなく一生を終えているのが実情です。そのことを自覚し、現界に降ろされた任務を遂行もいないで普通に生きて普通に死んだ場合、その分魂は他の普通の人霊と同様に幽界に行って修行し、また転生してくることになります。それが続くと普通の人霊になってしまいます。御本体に収容されることはありません」
俺たちが感心していると、ケルブの口調が早くなった。
「それよりも今は、皆さんに早急に会っていただきたい御神霊の方々がおります。今その代表の方と変わります」
二、三秒の間をおいて、ピアノちゃんの口調が変わった。
「皆様、はじめまして」
やはり声はピアノちゃんの声だけれども、ものすごく透き通った声のように感じた。
「私どもはカルナールの、いえ、皆様の言い方でいうところの地球の、しかも三次元界にいらっしゃる方とお話しするのは初めてです。もちろんここにいる皆さんはただの三次元界の人ではなく、御神霊の分魂であることは存じております」
なんだかかなりスケールが大きな話になりそうで、俺たちは初めて体験するかもしれないことに息をのんだ。
(「第9部 ツイサニア」につづく)
※第9部の投稿校は1月2日からになります。
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