9 久々の交霊術

 ピアノちゃんは遠慮がちにだけど、力強く言った。


「私って、過去世に依代よりしろみたいなことやってたじゃないですか」


 みたいなことじゃなくてそうなんだけど。それに過去世だけでなく、俺の並行世界パラレルワールドでもピアノちゃんは同じことをやってた。でも俺は、あえて何も言わなかった。


「ですからまた同じようにして、今私たちがどうするべきか、神霊界の声を聴くことはできないでしょうか」


 そしてピアノちゃんはちらりと島村さんを見た。二万年前の過去世で神官だった島村さんが、それをやっていたのだ。

 だが島村さんは、首をかしげていた。


「どうだろう? たしかにあの時、僕がそのようなことをやっていたけれど、実際にされていたのはラ・ミヨイ神王陛下だったし、なにしろ時代と立場が違う。あの時は神官だったけれど今の僕はただの学生だし」


「いわゆる御神託ですね。二万年前の僕はそれには立ち会ったことはありませんでしたし直接は見ていませんけれど、話には聞いていました。あのミヨイの国を動かしていたのは、神王陛下と御神霊とのコンタクトによるものでしたね」


 そういう拓也さんも、少しは興味を示したようだ。


「でも」


 杉本君が話に入った。


「あのミヨイ国が戦争と災害に瀕していた時は、それまでスムーズになされていたコンタクトはできなくなりましたよね。いわば神霊界の沈黙」


 みんなたしかに二万年前の過去世の記憶はしっかり持っている。


「二万年前ばかりでなく、現代においても同じようなスタイルでの高次元系とのコンタクトがなされていることは僕も知っています」


 拓也さんは確かに何かを知っていそうだ。俺も知っているけれど、それは並行世界でのことなのであえてここでは黙っていた。


「それって、婆様のことですか?」


 悟君が聞いたことは、実は俺も聞こうと思っていたことだ。みんなが拓也さんを見たので、ほかのメンバーもそう思ったのだろう。


「いや、婆様も確かに御神霊とコンタクトをとり、メッセージを戴いていたようだけれど、婆様に関してはどのような形でなのかは僕は知らないんだ。僕が聞いたのは、昭和の時代だけれどいわば交霊会っていって、宗教の枠を超えた人々によって高次元界とのコンタクトが行われ、メッセージなどを受けていた人々がいたようです。そこでは主に幽界の御霊との対話が中心だったようだけど、時折は神霊界の御神霊も降りてこられたということですよ。ただ、一つ問題があります」


 問題と言われたら、余計にみんなの興味を引く。


「それは何でしょう?」


 島村さんなど、身を乗り出してそう聞く。


「そういった交霊会で出てくる御霊はあまり本当のことを言わない。時には低級な動物霊などが高級神霊を名乗って出てきたりしたそうです。ですから、交霊会をやる場合はしっかりとした霊知識を持つ審神者さにわがいないと、とても危険なのです」


「あ」


 俺がそれを聞いて思い出したので、口をはさんだ。


「二万年前の時は、悟君がそれをやっていたよねえ」


 みんなの視点が悟君を見る。


「たしかに。あの時は祭司だったよね」


 島村さんが言うと、杉本君もうなずく。悟君は慌てて手を横に振る。


「いやいや、あの時は確かにそうだったけど、今の僕にはそんな霊知識はないから無理です。今はひとのオーラが見えるくらいです。それよりも霊知識と言えば、拓也さんがいちばん適役では?」


 指名された拓也さんは、しばらく考えていた。そして目を挙げた。


「僕に務まるかどうかわかりませんし、責任重大ですけれど、やってみますか。とにかく何かを始めなければいけない」


 これで話は決まった。

 本当はチャコや美貴もそろっていた方がいいけれど、二人が来られるような状況になるまで待ってはいられない。

 最近、霊が見えるとか言いだしているチャコには特にいてほしいけれど、今は一刻の猶予もない。

 場所を座禅道場の方へ移して、セッティングがなされた。

 島村さんとピアノちゃんが向かい合っていすに座り、拓也さんはその脇に二人の間に向かって座る。

 ピアノちゃんは目を閉じ、島村さんは手を合わせて祈り、高次元の御神霊に波調を合わせる。

 エーデルさんだけはそんな光景を、実に不思議なものを見るように見ていた。


「今のこの現界の状況を打開する智恵をお授けくださる御神霊様、このピアノちゃんこと竹本ひろみさんの意識に念をお送りになって、彼女を依代よりしろとしてその口を使ってお話しください」


 二万年前の過去世でやっていたのと同じやり方でやるのだから、スムーズにいく。

 だけれども俺だけは、今の時代の並行世界で、同じことを体験しているだけに、注意深く見つめていた。

 ピアノちゃんの体が小刻みに震えはじめた。


「さあ、どうぞ。お出ましください」


 しばらく間をおいてから、ピアノちゃんの口はゆっくり開かれた。


「許せん、この男、絶対に許せん」


 苦しそうな話し方だ。拓也さんがそっと島村さんに耳打ちした。


「これは人霊ですね。誰かに憑依していた霊のようです」


 島村さんはうなずいて、ピアノちゃんに向かって言った。傍から見たら、ピアノちゃんに話しかけているようにしか見えないけれど、実際はピアノちゃんの口を使って話している目には見えない霊に向かって言っている。


「この男とは、どなたですか?」


 ピアノちゃんの指はまっすぐに、目をつぶっているのにまるで見えているかのようにぴたりと周りで見ていた中の杉本君を指した。


「この方と、因縁がおありですか」


 ピアノちゃんはこっくりとうなずいた。


「俺はこいつに殺された。騙された挙句火あぶりに遭って。それから長い間、炎で焼かれる世界で苦しんできた。でも、こいつがまた肉身にくみを持って生れ出るまで目を離さずに注意し、生まれてきた時からもずっと狙ってきた。そしてこいつは今二十歳、俺が殺された年になった。それまでずっと待っていたんだ。あともう少しで復讐できる。邪魔しないでくれ」


「どのくらいの年数、幽界で待っていたのですか?」


「知らん。長い長い年月だ。こいつはさむらいだったが、町人の俺を殺した」


「どこでですか?」


「この、江戸の町でだ」


 すると、二、三百年ほど前だろうか? おかしい。杉本君を含め俺たちの魂は二万年前のあの時以来、ずっと神霊界の御本体に収容されていたはずだ。二、三百年前が前世のはずがない。

 同じことは、島村さんも気づいたのだろう。


「本当にお気の毒です。さぞお辛かったでしょう。でも、よく聞いてください。あなたがひどい目に遭ったという方は、本当にこの方ですか? この方の魂をよくごらんなさい」


 目を閉じたまま、ピアノちゃんは杉本君をじっと見ていたが、そのうちはっと驚いたような表情をした。


「違う……」


「この方の後ろをごらんなさい」


「おお、おお、おお、おお」


 のけぞり返らんばかりの驚きようだ。


「この光り輝く方は……」


「この方の魂は、御神霊の分魂なんです。あなたをひどい目に遭わせた魂が転生して生まれる直前に、魂が入れ替わったのですよ」


「そんな、俺はずっと人違いでこの人を狙っていたのか」


 御霊はすっかりしょげてしまっていた。

 俺は並行世界で島村さんがこんな時どうしていたかをなんとか思い出した。それを今の島村さんに伝えたくて、島村さんに近づいてその耳元で言った。


「僕が言う通りに、言ってあげてください」


 島村さんはピアノちゃんを見たままうなずいた。

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