7 こんなときに

 都心部が近づくにつれて、俺は信じられないような光景にたびたび出くわした。

 倒壊した建物や倒れた電柱、落下した看板、公園に集まる人々、それらは二万年前の記憶と重なる。でもあの時はこんなものではなかった。

 しかし、ここでもこれから何が起こるかわからない。十二人がまた集結できたとしても、まさかあの時のようにお互いに握手を交わして……なんてことになったら、何のために俺たちはまたこの世に生まれてきたのかということになる。

 幸いここはまだ、被害は甚大ではあっても「瓦礫の山で廃墟と化す」というような事態にはなっていなかった。

 それでもやはり時々は自転車での走行が妨げられ、悟君の寺に着いたのは昼過ぎだった。三時間以上はかかっている。

 呼び鈴を押すと悟君のお父さんの住職さんが出てきて、相好を崩して迎えてくれた。


「よく来てくれました。どうぞどうぞ」


 中へ通されると、驚いたことに杉本君もピアノちゃんも美穂も、大翔も新司もすでに来ていた。エーデルさんの姿もあり、そして島村さんもまだ帰らずにいてくれた。


「たいへんでしたね」


 島村さんはそう言って俺を迎えてくれたけど、みんな深刻な表情だ。


「皆さん、暗いですよ。こんな時でも僕らは明るく、陽の波動でいかないと」


 杉本君がそう言っているけれど、やはり状況的に厳しいだろう。俺はとにかく三時間自転車をこぎ続けたので少し休みたかった。美穂が入れてくれた冷たい麦茶がありがたかった。


「皆さん、テレビを見ましょうか」


 悟君がそう言って、テレビのある応接室に案内してくれた。和室だったので、皆畳の上の想い思のところに座った。テレビは65V型の大画面だった。

 つけてすぐ、特集番組だった。

 そこでは都内のあちこちの惨状がルポされていた。俺が通ってきたところはまだ被害が軽いところだったようだ。


「昨日は一日、ここから見える下の方の町は、ずっと煙が上がってました」


 悟君がテレビを見ながら説明する。ここは高台だから、たしかにその下の町がよく見渡せた。

 テレビでも焦土と化した都内の一角が映し出され、ほかにも完全倒壊したビル、崩れ落ちた橋、横倒れになった首都高など目も当てられない悲惨な状況だった。

 死傷者は今のところ五千人を超えたけれど、これからどんどん増えてくる可能性があるという。

 さらには北海道大地震、開聞岳の噴火の様子もルポされ、また、海外の震災や火山噴火のことも繰り返し伝えられた。

 やはりネットで文字だけで情報を見るよりも、こうしてリアルタイムな映像で見た方が伝わり方はすごい。

 その時、玄関のチャイムが鳴った。しばらくして入ってきたのは拓也さんだった。まだ昼過ぎの早い時間だけれど、何とか退勤できたようだ。


「今は生徒は来てませんからね」


 たしかにこんな状況じゃ当然休校だろう。


「みんな、無事でしたか?」


 拓也さんが聞く。ここにこうして集まっているのだから少なくともこのメンバー本人たちは無事なのだ。だが、そんなことを突っ込む人はいない。

 拓也さんも座った。

 その時、テレビがアラームを鳴らし、画面上部にニュース速報が流れた。

 それを見た時、俺たち全員が言葉を失った。

 災害のルポ番組は突然中断され、別の報道番組に切り替わった。映っているのは内閣官房長官だった。

 すぐに官房長官の記者会見が始まった。

 その驚くべき内容は、こうだ。


「本日、午前九時にシニートゥ共和国はダブリートゥ合衆国と国交断絶、戦闘状態に入りました」


 つまりそれは、宣戦布告ということだ。

 官房長官の記者会見に続いて、状況の説明がスタジオでキャスターによって行われていた。


 ――実はこの開戦は誰もがある程度予想していたことで、それを回避するために政府も最大の外交努力を続けてきたことも知っている。だが、それも無駄になったようだ。

 こと発端は領土問題だ。

 第二次大戦後にそれまで大陸を統治していたシーニ政府との内戦の末にその政権を倒してシニートゥ共和国は成立したのだが、従来のシーニ政府の残党は旧日本領だった大きな島に立て籠もり、そこで残存政府を作った。

 まるでシニートゥ共和国とシーニ共和国という二つの国ができたような様相だったけれど、それぞれの政府は自分たちこそ大陸の正統な政府だと主張してやまなかった。

 シニートゥ共和国はシーニ政府が立て籠もる島は自分たちの国の不可分の領土の一部であると主張、シーニ共和国は自分たちこそ今でも大陸の正統な政府であるが、かつての首都をシニートゥ匪に不法に占拠されているので仕方なく今の島に仮の政府を移したとしている。

 それが八十年近くたってからシニートゥ政府はシーニ政府を壊滅させてその島の主権を復活すべく、ついに武力行使に出た。

 そしてシーニ政府はダブリートゥ合衆国に自分たちの支援を頼んだのだ。

 かねてからシーニ政府とも親交のあったダブリートゥ合衆国の強硬派の大統領は、全面的にシーニ政府を支持して軍事支援を始めた。シニートゥの国家主席が激怒したのは言うまでもない。

 これはあくまで内戦であってダブリートゥがそこに介入するのは内政干渉だとシニートゥは主張するが、ダブリートゥの感覚ではこれはあくまで国際戦争であるという認識だった。

 だから開戦は時間の問題で、いつかはこの日が来るとはみんな思っていた。

 だが、まさかそれが今日だとは誰もが思っていなかった――


 キャスターの説明する内容は、テレビの前にいる俺たちみんなとっくに知っていることばかりだった。

 だから、開戦自体はある程度覚悟していた。


「でも、なんで今なの?」


 美穂がつぶやいた。それに合わせて、皆口々に言う。


「そうだよ、こんなときに」


「そう、こんなときに全く」


 大翔も悟君も言う。


「確かにね。世界が今こんな大災害に見舞われているときに」


 俺も思わずそう言っていた。ただでさえ世界規模の大異変が起ころうとしている。シーニ政府がいる島も、フィリピーニン沖で大規模海底地震による大津波で甚大な被害を受けたはずだ。

 地震、火山噴火は大規模でないまでもシニートゥ共和国の国内でも多数発生していると聞く。ダブリートゥ合衆国西海岸の大震災もかなりの被害が出ているはずだ。

 そして一時は収束したかのように見えたあの世界規模のウイルスによるパンデミックも、また最近世界で猛威を振るい始めている。

 これまでも世界で疫病が約百年ごとに感染を拡大して来たけれど、約百年前のイスパーニャ・インフルも三年で感染が収束した。だけど今度の新種ウイルスは、最初はイスパーニャ・インフルのように三年くらいで収まるだろうとみんなは思っていた。

 でも、こんなにも長く蔓延し続けているというのは人類史上例を見ないのではないか。


「いや、こんなときだからこそですよ」


 杉本君が口をはさむ。


「どの国も災害対策と人命救助や復興支援で疲弊しきっています。シニートゥとしてはそこが狙い目だったのではないですかね」


 たしかに、シニートゥならやりかねない。


「まさしく、『神の非常事態宣言』だね」


 島村さんがそう言った時である。

 激しくピコンピコンとテレビが鳴って、画面上部にニュース速報の文字が流れた。


「まじかよ」


 もうみんな、テレビの画面にくぎ付けになった。まさかこんな事態が起こるとは……。

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