5 早朝の警報

 電話を切った拓也さんは、俺たちに言った。


「やはり警察は防犯カメラを見てくれたらしい」


「それで、なんて?」


 杉本君が焦った様子で言った。


「婆様は黒いスーツの、中東系の人たちとともに部屋を出て行ったそうだ」


「ではやはり、イルグン・レビに拉致されたということですか?」


 島村さんが聞いたが、拓也さんは浮かない顔だ。


「それが無理やり拉致されたとか連行されたとかいう感じではなく、なんか婆様はその男たちとにこやかに、時には声を挙げて笑いながら一緒にどこかへ行ってしまったそうだ。だから、警察も事件性はあまりないとして、一応捜索はするけれどもしばらく待ってほしいとのことでした」


「結局はまじめに捜索する意思はないと?」


 悟君が食ってかかる。


「まあ、警察は行方不明者届けがあった以上うやむやにはしないだろう」


 そうあってくれないと困る。


「でも強制連行されたというのではなく婆様は談笑しながらついて行ったというなら、その婆様がついて行った中東系の人はイルグン・レビではなく、エーデルさんの世界スメル協会の人では?」


 大翔がぼそっと言った。エーデルさんは目を剥いた。


「あり得ません! もしそうなら、私が知らないはずはない。それにスメル協会には、私以外日本語が分かる人はいません。婆様が談笑しながらついて行けるはずがありません」


 大翔は失言に、バツが悪そうな顔をしていた。


「イルグン・レビなら、どうして婆様は笑いながらついて行ったの?」


 ぽつんとチャコが言う。


「もしかして、イルグン・レビがスメル協会の人のふりをして、最高司令がもう一度会いたがっているとか言って婆様を連れだしたのでは?」


 杉本君の言葉に、美貴が続けた。


「でも、スメル協会の幹部の方は同じホテルに泊まっているのだから、ホテルを出ようとしたら婆様もさすがにおかしいと思うでしょう」


「じゃあ、婆様はまだホテルの中にいるとか?」


 悟君が言うと、島村さんは手で制した。


「憶測であれこれ言っても始まらない」


 たしかにそうだ。とりあえずはこうして集まっていても仕方ないということで、この日は散会となった。


 俺もいったんアパートに帰ったものの、落ち着いていられるわけはなかった。

 夜は塾の講師のバイトがあるけれども、昼は一日中部屋に閉じこもっているわけだから、いやでもあれこれ考えてしまう。

 LINEをチェックしても、拓也さんからの連絡はないまま三日が過ぎた。

 そろそろ秋風が吹き始めるころだが、「暑さ寒さも彼岸迄」というのは死語になったようで、秋分の日を過ぎてもまだまだ暑かった。

 だけれども気候とは関係なく、間もなく夏休みも終わる。


 そんなある日のこと、俺はけたたましい音で睡眠から目覚めさせられた。

 またしてもあの不快な緊急地震速報だ。そして今回はその音とほぼ同時に、激しい衝撃を感じた。

 アパートの部屋全体の空間がゆがんでいる。床が激しく振動し、また何よりも恐怖感をあおったのは窓ガラスのきしみやものが落下し割れたりするその爆音だった。

 天井の照明器具は激しく揺れている。

 俺はベッドから起き出したけれど、立っていられる状態ではなかった。外では激しく災害用のサイレンが鳴り続けている。

 しばらくは布団をかぶって、落下物から頭を守るしかなかった。

 それでも妙に落ち着いていたのは、あの二万年前の記憶があるからだろう。あの時はこんなものではなかったからだ。


 ――結界を張れ!


 心の中で声がした。俺自身の声だ。俺はすぐに布団をはねのけ、部屋全体に向かって両手をかざした。たちまち高次元のエネルギーが放射され、肉眼では見えないけれど確実にそれは部屋全体を包んでいた。

 かなり長い時間に感じられたが、ようやく揺れも収まった。俺はリュックにスマホをはじめ食料や水などを詰め込み、Tシャツと短パンのまま物が散乱する室内をなんとか歩いて玄関まで行き、外に出た。

 同時に両隣の部屋からも住民が飛び出してきていた。


「大丈夫ですか?」


「けがは?」


 口々に聞いてくる。


「大丈夫です。皆さんも無事ですか?」


「なんとか」


「テレビでは何と言っていますか?」


 俺は聞いてみた。隣の部屋の若いサラリーマン風の男は首を横に振った。


「だめです。停電してます」


 そのうち、また揺れ始めた。

 俺は同じアパートのほかの住民たちとともに、とにかく路上に出た。なるべく建物から離れ、塀からも離れた。

 俺はすぐにスマホを見た。だが、Wi-Fiも途切れており、一般の電波も圏外になっていた。

 何も情報が得られない。


「とにかく、皆さんも大学へ行きましょう」


 こういう時、大学が近隣住民の指定避難場所になる。

 だから大学の構内もごった返していた。まだ夏休み中なので学生はいない。むしろ避難してきた近所の住民であふれていたのである。

 この大学の学生でここへ来られるのは、俺のように自転車か徒歩で通っている者だけだからそう多くはない。

 とにかく人は多いけれど、情報は全くわからない。集まっている人たちの会話に聞き耳建てても、みんな一様に「どうなってるんだ?」「何が起こったんだ?」というような会話ばかりだ。

 とりあえず正門とは正反対のいちばん奥の広い運動場へと、避難民たちは誘導された。

 俺にとっては庭なんだけど、初めてここまで入る人たちも多いみたいだ。

 歩いている間も時々余震があって、その時は誘導する警察官が建物に近づかないように拡声器で叫んでいた。

 見たところ校舎の外観には損傷はないようだけど、きっと中はすごいことになっているのだろう。

 誰かに電話して状況を聞きたいけれど、ネットが見られないのだから通話なんてできるはずもない。LINEもアクセスできない。あまり頻繁にスマホをいじってバッテリーが切れたらアウト、充電もできそうもない。

 とにかくグランドに出て人ごみの中で地面に座り込み、なんとか状況を確かめるしかない。

 外にいるのにはっきりと揺れが分かるほどの余震が続くけれど、少しずつ間隔が広くなってきてはいるようだ。


「あ、電波来た」


 そんな会話が避難している人たちの間で聞こえたのは一時間以上たってからだった。

 それにしても残暑はあるけれど秋でよかった。これが酷暑の真夏や寒風の中の真冬だったら、小一時間このグランドで過ごすのがどんなに酷だったか。

 俺もスマホを見てみた。圏外の文字は消えて、電波を示す三角の棒が並んでいた。

 早速この地震の情報を見る。

 震源地は三重県沖、マグニチュード8.5、首都圏の今自分がいる県や都心部もともに震度7だった。そして静岡沿岸を中心に津波注意報も発令されている。

 だが不思議なことに、震源地に近い三重県や愛知県は震度5程度なのだ。

 しかしそれよりも目を疑ったのは、地震発生から四十分後に、北海道摩周湖周辺を震源とするマグニチュード8の地震が発生、震災級の揺れだったということだ。まさか三重県の地震の余震が北海道で起こるはずはないだろう。

 そんなニュースに驚いているうちに新たな速報が入り、浅間山と九州の開聞岳がほぼ同時に大噴火している。

 周りでスマホを見ている人たちも叫び声やあるいは悲鳴を上げていたけれど、俺は別の意味で真っ青になっていた。

 何もかもがあの二万年前の時と同じだ。まさかこの国もミヨイのように……。

 そう思った矢先、事態はそれでは済まないことがニュースサイトに速報で入ってきた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る