4 失踪
「これが真相です」
婆様はそう言った。これで長い婆様の話も終わるようだが、俺たちは誰一人身じろぎもしなかった。
拓也さんでさえ初めて聞く話が多かったようで、唖然としている。
「そしていよいよ天の時の到来、天の岩戸が開かれ、何百万年ぶりに前の天帝であった国祖の国万造主大神様がお出ましになります。再び政権交代です。天意の転換です。神界現界大ひっくり返しです。これまでの物質一辺倒の時代から、霊を主体とした時代に変わるのです。山武姫神とその一味の行動が
婆様はゆっくりと俺たち一人一人の顔をいつくしむかのように見渡した。婆様と目が合った時、俺の顔はもうくしゃくしゃになるくらい涙でぬれていた。ところが、ほかのメンバーもまた皆同じだった。
「天の岩戸を開けるのは『大根本の主神様』です。でも、心有る者にはそのお手伝いを許すとのことです。今日の話はここまでです」
婆様はここでホテルに戻るというので、拓也さんが車で送っていくことになった。
俺たちも婆様を乗せた拓也さんの車を見送った後、それぞれ三々五々に帰宅の途に就いた。
そして、まさかまたその次の日に、同じ悟君の家である寺に全員集まることになろうとは思いもしなかった。
やっとアパートに帰り着いたその直後に、拓也さんから着信があった。
拓也さんのお母さんからの連絡では、ホテルに着いて拓也さんが帰った直後に婆様がいなくなったのだという。
部屋の冷蔵庫にはビールなどのアルコール類しかなく、同じく部屋の備え付けのお茶ではなく冷たいウーロン茶が飲みたいと婆様が言うので、拓也さんの母が廊下の自動販売機にウーロン茶を買いに行って、戻ったら婆様の姿がなかったという。
お母さんは血眼になってホテル中を探したけれど婆様の姿はなく、フロントで聞いても婆様が外に出て行った痕跡はないという。
とにかくひたすら待つしかないということで、俺も気が気ではなかったがまさかとんぼ返りで都心のホテルに行くわけにもいかない。
そこで翌朝早くに起きて拓也さんに電話してみたところ、お母さんは一晩一睡もせずに待っていたけれどとうとう婆様は戻ってこなかったとのことだった。
緊急のことなので、俺はすぐにまた都心へと向かった、
グループLINEを見てみると、ほかのメンバーも全員が知らせを受けて悟君の寺に向かっているところだという。
とにかく早急に対応を検討しないといけない。
なにしろそんなに足が丈夫ではない婆様だ。一人で散歩に出たというのも考え
寺に全員が集まった時点で、とにかくホテルへ行ってみることにした。ただ、あまり大勢でぞろぞろ行っても動きが鈍くなるので、拓也さんと俺、杉本君、島村さんの四人で行くことにし、ほかの七人は寺で待機ということにした。
拓也さんが運転する車で、俺たちはホテルへと向かった。
ホテルではエーデルさんが先に待っていたが、いちばん取り乱していた。
「あのホテルに婆様を泊めるのは、大変危険だと思っていたのです。でも、世界スメル協会の警護の人たちもいるし大丈夫だと思ってたんです」
エーデルさんは思い当たる節があるようで、そのことについてはここにいるメンバーもすでに察しがついていた。
「とにかく、もう一度フロントへ行ってみましょう」
拓也さんがそう言うので、俺たち四人と拓也さんの母、エーデルさんとでフロントに向かった。
だがフロントは態度こそ丁寧だったけれど、宿泊客の一人が一晩戻らなかったくらいではホテルとしては何もできないの一点張りだった。
「万が一拉致されたという可能性もあります。ホテルの廊下に防犯カメラはないのですか?」
拓也さんが聞くと、フロントマネージャーは歯切れが悪い調子で言った。
「もちろんございますが」
「それを見せてくれるわけには?」
「いえ、それは……」
やはり、一般宿泊客や、ましてや部外者に見せられるものではないという。
「警察等からの要請でもない限り、やはり」
俺たちはそれを聞いて、顔を見合わせた。
「警察に行こう」
拓也さんが言い出したが、警察となるとやはり身内のものしか相手にしてくれそうもないので、拓也さんとそのお母さんとだけで行くことになった。
俺たち三人はエーデルさんとともに、ホテルで待つことにした。俺たちはロビーの一角で、かたまって座っていた。
「やはり、婆様はイルグン・レビに連れ去られたとしか思えない」
エーデルさんは両手で顔を覆い、泣きだしそうなしかし小声で言った。そしてやたらと周囲を気にしている。周りにいるのは日本人の宿泊客ばかりで、中東系はもちろん外国人の姿はなかったので、エーデルさんも少しは安心したのだろう。
「婆様の話では、山武姫神の一味が何かと国祖様のお出ましを妨害しようとしているといいますから、イルグン・レビも山武姫神様に操られているに決まってます」
俺たちはエーデルさんのその言葉に、どう答えていいかわからなかった。その可能性はあるにしても、今の段階ではそれはエーデルさんの憶測に過ぎない。
そのうち、拓也さんたちが戻ってきた。
「一応行方不明者届け、これまでは捜索願と言われていたものは出してきたけれど、一般行方不明者なのか特異行方不明者に該当するかはこれから検討するとのことでした」
「私がついていながら」
拓也さんの母はソファに座って泣き崩れる。
「母さんのせいじゃないよ」
拓也さんになだめられても、泣き止みそうもない。
「高齢者だということで特異行方不明者になる可能性もあるけれど、特に認知症とかの状況はないし、一晩では何とも言えないからもう少し待ってみてからともいわれましたね」
「特異行方不明者に認定されなかった場合は?」
杉本君が聞く。
「警察の捜索の優先順位は下がるでしょうね。一応リストアップはしてくれるようですけれど、積極的には動いてくれないでしょう」
「イルグン・レビのことは言ってくれましたか?」
食ってかかるようにエーデルさんは聞く。拓也さんは首を横に振った。
「証拠がないです。それに、国際的にも名の通ったテロ組織だとかいうなら話は違いますけれど、イルグン・レビと言っても日本の警察の人はその名前すら聞いたこともないでしょう」
エーデルさんはソファに座りながらも、力なく前かがみになった。
「婆様、ちゃんとご飯食べてるのでしょうか」
涙声で拓也さんの母が言う。
「とりあえず母さんは元の部屋にいて。悟君のお寺に移ってもらう手もあるけれど、もしひょっこり婆様が帰ってきたりしたらあの部屋にはやはり母さんがいた方がいい」
こうして、俺たち四人はまた悟君の寺に戻った。
そして拓也さんのスマホの着信音が鳴ったのは、夕方近くだった。
「あ、警察ですか?」
俺たちは一斉に拓也さんを見た。
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