8 集団霊障

 すぐに公式サイトが出た。まずはごく簡単な教義の内容の説明がある。ざっと読んだところ、その内容は俺の中へすんなりと入ってきた。

 それほどおかしなことは言っていない。

 それを全部読むよりも教団紹介の動画へのリンクがあったので、てっとり早くそれを見ることにした。動画は三十分ほどの長さのようだ。

 まずは人間が霊的な存在であること。目に見えるものだけがすべてと考える物質文明は間もなく崩壊すること。そして人の霊は死んでも霊界に行って修行し、また転生してくること。そしてこの現界が最大の修行の場であること……。

 それらは皆、婆様や拓也さんから聞いたことのある話ばかりだ。全く矛盾しない。それはつまり、この教団が言っていることは正しいということになる。

 それならばなぜ、あの壇上の女性はあんなにも俺を敵対視したのか……あの教団の信者たちからは、なぜ俺はサタン呼ばわりされなければならなかったのか……。

 そんなことを考えながら見ているうちに、動画の中盤あたりから霊界の説明が始まった。

 このへんから、なんか違和感を覚え始めた。

 この世界が三次元、そして人が死んでから行く死後の世界は四次元、このあたりはその通りだ。そしてさらに五次元、六次元と続いていくのもその通りだし、上位の次元が下位次元を包み込んでいるというのも全くその通りだと聞いている。

 だけれど、縦と横、高さの三次元に「時間」の要素が加わったのが四次元というのはどうなのかと首をかしげてしまう。なぜなら霊界にはむしろ逆に「時間」と「空間」の概念が存在しなかった。これは「聞いている」どころか、俺は実体験として知っているのだ。

 こういうことを言うと「見てきたのか?」と突っ込むやつがいるが、見てきたのだから仕方がない。実際に俺は行ってきたのだ。

 だから五次元以上の説明についても、本当にそうなのかなと思ってしまう。

 そして終盤になって、九次元の世界を感知したのが仏陀ブッダであるという。仏陀とは釈尊のことだろうが、その仏陀が転生してきて、つまり現代に降臨してこの教団を打ち立てたという話になってくると、もうついていけなくなった。

 その仏陀の再臨の姿が初代教祖の城田允志たかしという人で、その人はすでに他界し、今の教団代表はその娘である城田佐江となっていた。

 やはりあの時公演していた女子大生風の女性が代表だったのだ。

 動画はそのあと、自分たちの教団の正当性を訴え、ここに入れば救われるという感じのいかにも「宗教」の宣伝になっていったので、俺はもう見るのをやめた。

 そしてあらためてサイトで代表のプロフィールを見ると、年は二十歳、俺より一個上だ。やはり現役大学生で、それでいて教団代表もやっている。本も何冊か出版しているようだ。

 さらに、その魂は大天使ガブリエルだとも書いてある。

 もういいって感じで、俺はサイトを閉じた。

 このまま放っておけばいいとも思うけれど、やはりあの糾弾は何だったのか、どうしても婆様に報告した上で聞いてみたいと思った。

 俺は拓也さんにLINEして、明日の婆様のスケジュールを聞いてみた。

 すると、「今日はご苦労さま」という返事とともに、明日は婆様は午前中はホテルでゆっくりして、午後に特急電車で田舎に帰る予定だということを拓也さんは知らせてくれた。

 俺はどうしても婆様に会いたい旨を告げ、拓也さんから連絡を取ってもらうことにした。

 しばらくしてから、拓也さんからOKの返信が来た。翌日俺は朝早くにアパートを出て、再び都心部にある婆様の投宿しているホテルに向かった。


 あの地震から一夜明けて、都心部もすっかり日常を取り戻していた。それでも、ところどころ崩れた家の垣根などあり、爪痕は残っていた。街路樹が根こそぎ倒れているところもある。

 ニュースによれば、軽傷者は何人か出たようだけど、犠牲になった人や重傷者は全く報告されていないとのことだった。

 ホテルに着き、聞いていた婆様の部屋の番号を探した。さすが高級ホテルだけあって、部屋の入り口には呼び出しのインターホンがついていたのでそれを押す。

 すぐにドは開いて、拓也さんのお母さんが顔をのぞかせた。


「あらいらっしゃい。拓也から聞いています。お待ちしていましたよ」


「ごめんなさい。今日お帰りなのに、あわただしいところをお邪魔して」


「いいえ。さあ、どうぞ」


 勧められて中へ入ると、婆様は室内の一人用ソファに座ってにこにこして俺を迎えてくれた。

 俺も勧められるままに、もう一つの一人用のソファに座った。婆様と向かい合う形だ。


「婆様、いつもありがとうございます。実は昨日」


 俺は座るや否や挨拶もそこそこに、昨日目撃したあの「ハッピー・グローバル」という宗教団体の講演会での話をした。


「まあ。広い会場にあとから入ってきて片隅でポツンと聞いていただけのあなたを見つけてそんなことを言うなんて、その教祖の方もかなりの霊力をお持ちのようですね」


「はあ」


 たしかにそれは否定できない。そうでなければ俺のバッジも、ましてや普通の人には目に見えないものまで言ったのである。


「でも、白い蛇って」


「それはあなたを守護する龍神様が、その方には蛇に見えたのでしょう。だって、あなたを守る龍神様は、黄金に光り輝く龍体ですから」


 婆様は笑って言った。


「それにしてもサタン呼ばわり」


「サタンも鬼も、正しい御神霊のある一面の役割の具現した姿ですから、むしろ光栄に思ってください」


 そう、たしかに悪魔サタンと邪神は違うと、かつて婆様も言っていた。


「でも、あの宗教は何なのでしょうか? 言っていることは正しい部分も多いのに、あんなにも僕を目の敵にして」


「その話は、アトランティスのことが多かったといわれましたね」


「はい」


「その教祖の方は、あなたがたが見てきた二万年前の、ミヨイ国が沈んだ時にタミアラにいた方ですね」


 そこで俺ははっと気づいた。過去世でミヨイの執政補佐官だった俺と同じ立場に、タミアラの執政補佐官の顔が鮮明に思い出される。

 あの時は中年の女性だったのですぐには結び付かなかったけれど、あの壇上にいた城田という女子大生教祖は、まさしくあの時のタミアラの執政補佐官アステマ・サーエだった。間違いない。


「実はあなた方も見てきたとおり、ミヨイとタミアラは大戦争をしていましたよね。その決着がつく前のあの大天変地異です。タミアラの人たちは恨みと憎しみを抱いて、海に沈んでいきました。そのタミアラの人たちが、今この現界に生きる人たちに憎しみから憑依している。それだけでなく、今、肉体をもって今の時代に数多く転生してきているのです」


「つまり、それだから世界規模の戦争が勃発しようとしているのですか」


「そうです。あなた方は学校で第一次と第二次世界大戦について学んだと思いますけれど、全地球、全世界規模で見たら、その二つの大戦は世界大戦などといっていますけれどほんの地球の一角での局地戦に過ぎませんでした」


 たしかに、そう言われてみれば、我われの視点は先進的大国にばかり目がいってしまっていた。


「でも、今度起こりそうになっている戦争は違います。なぜなら、これは二万年前からの憎しみが引き起こし、いわば霊統の争いなのです。そのために多くの恨みの霊が宗教家ばかりでなく特に大国の政治家や民衆にまでも広く憑依して操っています。特に恨みを持って死んで今の世に再生してきている人たちに憑依するのですから、これはもう集団霊障としかいいようがありませんね」


 恐ろしい話である。それだけでも恐ろしいのに、さらに恐ろしい話があるようだ。


「でも婆様、戦争は霊界の乱れや霊界での争いがこの世に反映して起こるっておっしゃってましたけど」


 俺がこのようなことを聞いたばかりに、婆様は顔こそ笑っていはいるけれど、その口からは恐ろしい実相が語られるのであった。

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