7 ハッピー・グローバル

 そこは劇場型のホールだった、たしかに観客席は大勢の人で埋め尽くされ、その人たちも先ほどの地震は感じなかったように平然と座って舞台の上を見ている。

 舞台の上の演台の後ろでは一人の若い女性がマイクを握り、大声で演説をしていた。


「皆さん、これくらいの地震で怯えてはいけません。アトランティスが沈んだときは、もっと悲惨な様子でした。でもすぐさま光の天使が舞い降りて、魂を次々に救っていったのです」


 その女性の顔に、俺はなんか見覚えがある気がした。

 そしてすぐに、悪い予感をひしひしと感じた。

 そのステージの下には、まるで古代ヨーロッパの神官のような衣装で、それでいて顔付きは中東系の人たちがいたのである。

 壇上の横断幕を見ると、「ハッピー・グローバル」という大きな文字が見られ、その下に「代表・城田佐江先生講演会」と書かれている。

 俺はすぐに回れ右をしてこの場を離れ、婆様の元へ戻ろうとした。だがその時、「ハッピー・グローバル」という名称に聞き覚えがあったような気がしたし、城田佐江という名前もどこかで聞いたことがあるので、つい足を止めてしまった。

 だがその記憶は、あまり心地よいものではないって感じだった。心地よくはなかったけれど聞き覚えがあるということで、俺の足は俺の意に反して会場の中へと入っていった。

 座席はすでに埋まっており、俺は入口の脇の壁に背中をつけて舞台の上を見ていた。そんなに近くはない舞台だけれど、公演をしている女性の表情くらいは見える近さだ。

「代表」「先生」などと紹介されているけれど、そしてきちんとしたスーツに身を包んでいるけれど、どう見ても俺と同じくらいの大学生風の女性だ。

 もしかしたらこの人は前座で、この後に「城田先生」という代表幹部が出てきて話をするのだろうかとも思う。

 だがその顔を見るや、俺の記憶がまた激しくゆすぶられた。この人とはどこかで会ったことがあると思った。

 今生活しているこの世界でか、別の世界でか、まさかあの二万年前の世界か……それは分からない。


「先ほども地震がありましたけれど、今の世の中は地震と戦争、この二つの恐怖にさいなまれています。しかし私が見聞したある光景に比べたら、まだまだこれからが本番という感じでしょう」


「ん?」


 俺はその話の内容に、ふと気になる点があった。

 さらに話は続く。


「私の意識は、はっきりとアトランティス最後の日の光景を見ました。泣き叫ぶ人たち、崩れる建物、飲み込む大津波、そして激しい大地の揺れ。そんな中で人々は、とにかく自分が助かろうと必死でした。財力と地位のある人々は、航空機での脱出を図っていました」


 ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て! 俺は全身が震える思いだった。俺の過去世が経験したことそのものではないか。

 だが、俺の記憶はミヨイ国、すなわち今はムーと呼ばれている大陸でのこと。それに対して今の話ははっきりとアトランティスと言った。つまりは、あの頃にミヨイ国と対立しており、ミヨイと同時に海中に没したタミアラ国のことではないのか。

 今聞いた話は、タミアラ国の最後の日の模様なのか……。


「ところが今や、その悲劇が繰り返されようとしています。それはこの首都から見ると鬼門に当たるところに、その名の通り悪鬼が封印されているのですけれど、その封印が解かれようとしているからです。もし封印が解かれたら悪鬼が一斉に飛び出して、人類は終焉を迎えます。ですから、その封印が解かれることは絶対に阻止しなければなりません」


「え?」


俺は思わず声を挙げてしまった。


「そこのあなた!」


 突然壇上の女性の口調が変わった。俺は、ハッとわれに返った。

 明らかに女性は、俺の方を見ていた。

 そして目が合った。

 その時なぜか俺にスポットライトが当たった。場内の聴衆が全員、一斉に俺の方を向く。

 そしてスポットライトの光を浴び、俺が胸につけているミヨイの国章の楯のバッジが反射して光った。


「その邪悪な光のバッジは何ですか?」


 いくらかの表情は見える距離とはいえ、あんなところからこの小さなバッジが見えるはずはないと思う。

 ところがその女性は今まで微笑んで公演をしていたのが、今は怒気を含んだ表情で俺をにらんでいる。


「あなたは何をしに来たのですか? この教団の信者ではありませんね。しかもあなたには巨大な白い蛇が巻き付いているのが見えます。鬼の形相の恐ろしい蛇です」


 会場中の人々が、一斉に俺に対して敵意を投げつけてきたように感じた。


「あなたは私たちのアトランティスの文明復興の活動を阻害するためにきたのですか! サタンよ、去りなさい」


 すると会場中が俺一人向かって叫び声をあげた。


「「「「「サタンよ、去れ!」」」」」


 俺にはむしろこの会場にいる人々の方に邪悪な波動を感じ、とにかく扉を開けて外に出た。

 そして婆様がいるはずの部屋に向かう廊下に島村さんや悟君、杉本君がいて、俺を見ると三人とも駆け寄ってきた。

 そして島村さんが心配そうに俺を見た。


「山下さん、どこ行ってたんですか? 急にいなくなるから」


「探してましたよ」


 杉本君に続き、悟君も声をかけて来る


「でも、いてよかった」


 俺は今までのことをどう説明していいかわからなかった。


「ごめんなさい。とにかく戻りましょう」


 そう言って俺は、先ほどの会見の会場に戻った。

 すでに婆様もスメル協会の幹部さんたちも、部屋に戻ったそうだ。部屋にはオブザーバーであった俺にとってのいつものメンバーだけが残っていた。


「ホテルの人が来て、この建物は耐震構造で頑丈だし、部屋の安全も確保されたって。余震も収まってきたのでお泊りの方はお部屋へどうぞって感じで知らせに来てくれましたので」


 美穂が説明してくれる。


「でも私たち、帰れるのかなあ? さっき調べたら、電車も止まってるって」


 美貴が心配そうに言うので、俺はスマホをチェックした。


「だいじょうぶだ。もう動いている。都内の一部地域では停電もしてるみたいだけど、この近辺は問題ないらしい」


「本当だったら、せっかく田舎から出て来られた婆様とも話がしたかったのだけど」


 島村さんがつぶやく。


「でも、この人数で婆様の部屋に押しかけるのもはばかられるしなあ」


「とりあえず、今日は帰りましょう」


 杉本君の意見に、みんな賛成だった。


「電車も動きだしたとはいってもダイヤも乱れてるでしょうし、早く帰った方が」


 チャコがそう言うので、話は決まった。


 たしかに、電車は動いていたけれど途中で何度も停車したし、まだ余震は続いているようだ。結局下宿のアパートまで普段の倍以上の時間がかかり、たどり着いた時はもう夜だった。

 案の定、本棚から本は落ち、いろいろなものが倒れ、部屋の中は悲惨な状況になっていた。

 それをかたづけて、途中で買ってきたコンビニ弁当を食べた後、パソコンのニュースサイトで、今日の地震のニュース動画などを見ていた。

 もうだいぶ、町は平常を取り戻しつつあるようだった。

 だがその時の俺には、地震よりももっと気になることがあった。

 俺はニュースサイトから検索サイトに移り、「ハッピー・グローバル」で検索をかけてみた。

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