6 立ち憚る者

 婆様もすぐに立ち上がった。二人の老婆は、そこで固く両手で握手を交わしていた。


「私とあなたがここで握手をすることは、大いなる意味があります」


 ミズラヒ最高司令は婆様の手を取ったまま言った。


「こうして、東西の霊界は融合しました」


「たしかに、火と水が真十時に組んだことになります。これで霊的には融合しましたけれど、現界的にはそれこそ各国の首脳同士が手を結んでいただかなければなりません。でもそれは私たちの任務の外ですね。我われはともに、この融合を阻む存在に立ち向かっていく必要があるでしょう」


 婆様はそう言いながら、顔がくしゃくしゃになるほど涙を流していた。ミズラヒ最高司令やビットン副官も同様だった。

 だがそれだけでなかった。涙が止まらなかったのはこの三人ばかりではなく、通訳するはずのエーデルさんも涙に詰まって通訳業務が途切れていたし、それよりも何よりもその光景が俺の目にもはっきりとは見えていなかった。

 俺の目も涙があふれ、よく見えなくなっていたのだ。

 俺は思わず立ち上がった。すると同時に、俺と一緒にいたほかのメンバーも一斉にいすから立ち上がっていた。そして皆同様に涙を流して大泣きに泣いていた。

 婆様は、そんな俺たちを見た。それからさらにミズラヒ最高司令に言った。


「これからの仕事は、私一人ではとてもできません。このかたたちに」


 そしてもう一婆様は俺たちを見た。


「この方たちの力がほしいのですけれど、私から命ずることはできません」


「もちろんやります!」


 最初に叫んだのは島村さんだったが、ほとんど同時に俺たちは皆同じことを叫んでいた。もちろん、俺もだ。

 婆様は涙をまだ流しながら俺たちを見て、ミズラヒ最高司令との握手はそのままにうれしそうに何度もうなずいていた。


 こうして会見は終わった。

 会場は余韻覚めやらぬ感じだったけれど、最高司令と副官がまずエーデルさんに案内されて自室に戻ろうとしたが、その前に二人は俺たちの方へと歩いて近づいてきた。


「あなた方が、青木先生の楯となる戦士ですか?」


 ミズラヒ最高司令が、声をかけてくる。

 その通訳を聴いて、俺は何と答えるべきかと考えてしまった。我われは組織化されていないし、ましてや戦士などという称号はもらっていない。


「そのとおりです!」


 素早くそう答えて叫んだのは、島村さんだった。


「そうです」


 悟君も続いて叫ぶ、そして同じことを皆口々に言いだした。もちろん俺も、自然と同じことを叫んでいた。


「そうですか。それは頼もしいことです」


 ミズラヒ最高司令は何度もうれしそうな目でうなずき、その言葉をエーデルさんが通訳してくれた。

 俺は自分が叫んだことに、妙に満足感を覚えていた。

 だがふと思った。

 戦士って戦う人のことだけど、いったい誰を相手に戦うのだろうか……。

 そんなことを思っているうちに、二人の世界スメル協会幹部は、再度エーデルさんに案内されて部屋に戻ろうとした。

 その時、慌ただしく室内に駆け込んできた人びとがいた。黒いスーツに身を固めたいかにもガードマンという感じの人びとで、その中東系の顔つきから世界スメル協会の関係者、特にこの二人の最高幹部の護衛の人びとのようだ。

 かなり慌てていてミズラヒ最高司令と副官のそばに駆け寄って、何か騒いでいる。エーデルさんも加わり大騒ぎをしている様子に、何かただ事ではないことが起こったらしいことは明白だった。

 でもいかんせん言葉が分からない。何を言って騒いでいるのかわからないだけに、俺たちは呆然としてしまった。


「何があったんですか?」


 俺は思わず、エーデルさんにそう尋ねた。


「イルグン・レビ!」


 エーデルさんはよほど動転しているのか、俺に向かってもそんなわけのわからない言葉を言う。


「ごめんなさい。イルグン・レビというのは、正統なシオノートゥの継承者を自称するイェフディムのレビびとの組織なんですけど、なぜか私たちの協会を敵視しているんです。まさか、この国にまで入り込んでいるなんて」


「その人たちがどうしたのです?」


 島村さんが聞く。エーデルさんの顔は引きつっていた。いつも穏やかな表情の彼女がこのような様子を見せるのは初めてだ。


「私、この国に来る途中に、あの人たちに殺されかけたのです」


「え?」


 俺たちは顔を見合わせた。ミズラヒ最高司令がなだめるようにエーデルさんの肩に手を置いて、何やら優しく言葉をかけている。


「そんな物騒な連中がなぜここに?」


「まさか最高司令を狙って?」


 悟君や杉本君が口々に言う。女子たちはもう怯えてしまって、固まって震えている。


「でも、この協会の警備の人たちに見つかって。でも、地震で逃げられたとか言ってるんですけど」


「地震?」


 俺がつぶやいて、また俺たちは顔を見合わせた。


「地震なんてあった?」


「いや」


 悟君が思い出したように、胸ポケットからスマホを出して除く。そしてすぐに叫んだ。


「緊急地震速報が入った形跡がある。五分前だ」


「え?」


 俺体はみんな、それぞれ自分のスマホを出した。俺のスマホにも、たしかに五分前に緊急地震速報を受信した形跡がある。だが、その時はあの例の不快な警報音は全く鳴っていない。


「婆様を頼む」


 島村さんが大翔と新司にそう言って、俺と杉本君、悟君を促して外に出た。

 すると、ホテル中が大騒ぎになっていた。

 たしかに部屋の外にあったロビーのソファーがあちこちに散乱している。


「落ち着いて、落ち着いて行動してください」


 館内放送がけたたましい。これだけ大きな声で放送が入っているのに、あの会見の室内には全く聞こえなかったのが不思議だ。

 エレベーターは停まっている。

 そこで一階の入口に続く大きな階段の上から下を見てみると、エントランスロビーは人であふれていた。すでに宿泊客はチェックアウトした後の時間だったけれど、このホテルに滞在している人たちだろう。

 また、外から駆け込んでくる人たちもいる。

 見るとそこでもソファーは散乱し、また倒れている設備も多い。


「外に出ますとかえって危険です」


 ホテルの従業員が、集まって騒いでいる人々に拡声器で呼びかけている。

 俺たちはまた自分のスマホを見て、情報を得ようとした。ニュースサイトを開くと、そこにはやはり大地震のニュースが大きく出ていた。


「東京直下、マグニチュード7.2、最大震度6強…え? それってこの場所じゃないですか」


 杉本君が驚きの声を挙げる。いろいろ見てみると、たしかに都内のあちこちでかなりの被害が出ているようだ。人びとがこんなに騒いでいるということは、このホテルの中もかなり揺れただろう。

 それにしては、あの会見の場所であったあの一室は微動だにしていない。俺たちは部屋の外で地震があったことなど全く知らなかった。そう、まさしく地震は「部屋の外」だけで起こっていたのである。

 俺たちはとりあえず、その部屋へ戻ろうとした。すると同じ二階の会見のあった部屋とは反対側にあるいくつかのドアの前に、人々がたむろしていた。

 俺はふとその人々のところへ行ってみた。


「何かあったのですか?」


 聞いてみると、カジュアルな格好の中年のおじさんが、俺の方を振り向いた。


「いやあ、なんかねえ、何か宗教団体の講演会のようなんだけど、この大地震も関係ないっていう感じで講演を続けているからびっくりしてのぞいていたんですよ」


 俺も気になって、ドアを少し開けてのぞいてみた。

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