5 東西霊界の融合

 ミズラヒ最高司令の方から話を始め、エーデルさんがそれをメモりながら話の内容を婆様に告げた。


「実は私どもは四千年以上の長きにわたって、世界の融合を試みてきました。二千年ほど前までは世界は今思う以上にグローバルで、あちこちで交易や行き来が盛んでしたけれど一時それも分断され、人々はそれぞれ国家という殻といいますか、垣根の中に籠って互いに排他的に孤立し合うようになったのです。ところが今は交通、通信の科学的な発達によって、再び古代のような世界中で自由に人びとが行き来できる時代です」


 一つ一つの言葉がエーデルさんによって通訳されると、婆様はそのすべてにうなずいて聞いていた。そして言った。


「それには、高次元界の計画が働いています」


 エーデルさんの通訳を聞いたミズラヒ最高司令tもビットン副官も、少しだけ首をかしげた。だが、すぐに興味深げにうなずいて、婆様の次の言葉を待っていた。

 おそらく婆様が高次元エネルギー体すなわち御神霊とコンタクトを取っていることは、情報としてエーデルさんから聞いていたのだろう。


「高次元界も火の眷属と水の眷属がそれぞれ役割を分担し、その様相がこの現象界にも反映しております。はるか太古、悠久の昔に高次元界でもある事件が起きまして、いわば政権が交代したのですね。それ以来ずっと何百万年も水の眷属の方々が統治してこられました。ですから、この人類界も西の文明と東の文明に分かれて、それぞれ別々に発展してきたのです」


「それが西洋と東洋という解釈でいいのですね?」


「はい。特に我われの国とあなた方の民族は、大いなる二つの役割を分担して発達してきたのです」


「ほう」


「正確にはあなた方の民族だけではなく広く西洋文明は水のみ役で横のみ働き、つまり物質開発が主な役割です。それに対して東洋は火のみ役で縦のみ働き、つまり精神文明が担当です」


「たしかに」


 ミズラヒ最高司令は、目を輝かせていた。


「物質科学文明を開発した科学者の多くは、西洋でもわが民族です。血統的には必ずしも同族ではなく白人のアシュケナジムですが、ヤハドゥートゥであることは同じ人びとですね」


「そうでしょう。今の科学文明は西洋文明と同義語といってもいい。でも、先ほどお話しした高次元界の政権交代によって水の眷属が高次元界の主流になっていましたから、これまでは東西の二つの文明は別々に発達して互いに接することはあまりありませんでした。でも今は、ミズラヒ先生が先ほど言われたように“世界中で自由に人びとが行き来できる時代”となっています。特にこの二百年ほどは、東西文明が接触する機会も格段に増えています」


 あまり長く話すと通訳のエーデルさんが困るので、婆様も以上のことを一気にしゃべったのではなく、ところどころで切って通訳してもらっていた。


「これまでの歴史を紐解いても、青木先生が言われるとおりに東西文明は接触してきませんでしたけれど、十九世紀後半くらいから急に本格的な接触が始まりましたね」


「それには、ある理由があります。前に超太古の政権交代の話をしましたけれど、今や天の時が来て、もう一度高次元界の様相ががらりと変わろうとしています。今まで隠遁していた火の眷属がお出ましになって、火の眷属と水の眷属が、何百万年ぶりに十字に組む時代の到来です。ですから、この地上においても東西文明の接触が急激に増えたのです」


「おっしゃるとおりだと思います。ですが、今の世界情勢、大天変地異の前兆や大規模な戦争へ進みつつある現状をどうお考えですか? その政権交代に付随するものですか?」


「もちろん関係があります」


 婆様はきっぱりと言い切った。


「この現界の戦争や自然災害は、皆霊界現象の反映なのです。高次元界で戦いがあればそれが現界に移り、またその神霊界の混乱がこの世では自然災害となって表れます」


「では、我われには打つ手はないと?」


「違います」


 婆様は力強く、はっきりと言った。


「今回の政権交代は何百万年にわたって政権を担当してきた水の眷属から火の眷属へです。そうすんなりとはいかないでしょう。さらには水の眷属のごく一部の勢力が、この政権交代に反旗を翻しています」


 山武姫神のことを言っているのだなと、聞いている俺は思った。


「ですから、まずはこの現界から火と水が十字に結ぶことです。つまりもとであるこの国の霊力ひりきすなわち火と、あなた方の民族の物力すなわち水を真十時に組めばそこにエデンの園が顕現するのです。人類エデンの園への復帰復活です」


「おお」


 ミズラヒ最高司令もその隣のビットン副官も感嘆の声を挙げていた。


「まさしく、我われの民族もいつか東の国から白馬に乗ったメシアが現れて我われと合流することになっています。あなたこそ、メシアなのですか?」


 エーデルさんの通訳を聞いた婆様は、苦笑を漏らした。


「いいえ、私はそんな大それたものではありません。私はただ高次元界の様相をこの地上にお伝えするラッパ吹きにすぎません。あなた方の民族とこのもとつ国は受け持つ責務が違うだけで、元は一つなのです。いえ、この地球上のすべての国は元ひとつ、世界も元は一つ、人類の元もまた一つです。特にあなた方の民族とこのもと国民くにたみは、歴史的にも合わせ鏡と言えます」


「一つお聞きしてもいいでしょうか?」


 初めてビットン副感が発言した。


「我われの民族やアラビームもそうですけれど、神は唯一のお方、ほかに神はないのですが。でもこの国には、実にたくさんの神々を祀る神殿がありますね」


「たしかに、我が国の神道は多神教です。ただ、いろいろな宗教のいろいろな世界観があることは存じておりますが、宗教を離れた高次元界、すなわち神霊界の実相から申し上げますと、高次元界には火の眷属と水の眷属の多くの御神霊が実在してご活躍しております。一神教でも多数の天使が活躍していると教えていますね。その天使たちを御神霊と考えてはいかがですか?」


「では、神道では天使だけを神と崇めているということですね」


「いいえ。私の話はこの国の神道やまた仏教の話ではありません。あくまで実在する神霊界の実相です。神霊界では多くの御神霊を統括して統べるお方がおられます。そしてさらに高次元界にも五次元界には五次元界の、六次元界には六次元界の主宰神がおられます。そしてその奥の奥さらにその奥の、宇宙創造の大根本の唯一絶対の『主神ぬしがみ』様はお一方ひとかたです。この宇宙すべて森羅万象その大根本様のお体の一部であります。従いまして、一神教も多神教も汎神教もそのどれもが本当で嘘で本当ということになります」


「よくわかりました」


 ミズラヒ最高司令は、柔和ににっこりと微笑んだ。


「私どもの組織もかつてはヤハドゥートゥの一派として活動したこともありますけれど、今は宗教という次元を超えて世界の霊性の融合を考えています。その点、青木先生のお話しとも符合します。ですから、私どもは宗教団体ではありません」


「私も宗教家ではありません。宗教にはずぶの素人です。ただただ高次元の実相界の指令通りに動くだけ、実在する実相界にすべての真実はあるのですから、すべての宗教の元もまた一つということになります」


 ミズラヒ最高司令は何度もうなずいて立ち上がり、ゆっくりと婆様のそばに寄っていった。

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