9 真の戦うべき相手

 婆様は少し目を伏せらた。そして柔和な顔のまま俺を見た。


「現代人に集団で憑依してきているのは、そういった恨みを持った人霊ばかりではありません。多くの妖魔が一致団結して、つまり一体化して人類を襲っています。その指揮を執っているのが金毛こんもう九尾きゅうびのキツネ。今この国の首都もその九尾のキツネが徘徊し、完全に牛耳ろうとしています」


 金毛九尾のキツネ、それを聞いた瞬間にその出どころはすでに分かった。その話は二万年前にもう、すでに俺は聞いていたのだ。


「そもそもが二万年前のミヨイとタミアラの争いそのものが、金毛九尾のキツネに操られてのことだったのです」


「金毛九尾といえば」


 過去世記憶の中で、天帝の元の妻、つまり元の皇后で神霊界を追放された山武姫神が九尾のキツネとおびただしい数の妖魔を操って神霊界を襲い、現界をも席捲しようとたくらんでいるということは聞いている。


「やはり、今回も山武姫神が関係しているでしょうか」


 婆様は黙ってうなずいた。


「二万年もたっているのにまだ?」


「神霊界に時間はないのですよ。二万年の時間の流れはありません」


 たしかにそうだった。神霊界の御神霊にとって、二万年前も今も変わりはない。 


「だとすると、今回も山武姫神と天帝の間に騒乱が起こるのですか? それが今開戦必至と言われている新たな世界戦争の真の原因?」


「そのあたりのことはもっと詳しく、あなたにもそして皆さんにもお話しするときが来ましたね」


「やはり重大なことなのですか?」


「天界の秘め事に関することです。いよいよ天の時の到来です。神霊界では再び政権交代が行われようとしています。同時に神霊界もこの人間界もこれまでの自在の世は終わって、限定の世に突入します」


「そんな重大な局面の中に、俺たちの任務はあるということですか?」


「そうです」


 その時、部屋のチャイムが鳴った。拓也さんのおお母さんが応対に出ると、入ってきたのは島村さんだった。

 島村さんは俺がいるのを見て、驚いていた。俺はすぐに島村さんに言った。


「今、また全員集めましょう」


 そして婆様を見た。


「よろしいですか?」


 婆様はにっこりと笑った。


「こういうふうになることはもう知っていました」


 そして拓也さんのお母さんに、ホテル滞在をもう一泊延長し、帰るのは明日に延期と告げ、特急券の明日の列車への振り替えも依頼していた。

 そちらは拓也さんに連絡すれば、オンラインですぐに手続きしてくれるとのことだった。

 ホテルの宿泊延長は、エーデルさんが世界スメル協会の最高司令に頼んで手続きをしてもらった。

 昼頃には、みんな集まった。でも、婆様の部屋に全員が入るのは狭すぎた。入ることはは入れても、座るいすがない。昨日の会見の部屋は今日は別の団体が使うという。


「じゃあまた、僕の寺に来てください」


 悟君がそう申し出てくれた。悟君は来るまで着ていたので、婆様と拓也さんのお母さんを乗せていくことになった。ほかのメンバーは皆地下鉄だ。地下鉄で移動しても二十分もかからない距離だった。

 拓也さんに連絡を取ると、今日の午後の授業が終わった時点で何とか仕事は招待させてもらうことになったということで、駆け付けてきてくれるそうだ。


 こうして婆様とは別ルートになるけれど、俺たちは地下鉄で悟君の家である寺へと向かった。エーデルさんもスメル協会の幹部の許可を得て同行してくれた。

 前にこの寺で婆様の話を聞いた時に集まった座禅道場で、今度もまた俺たちはパイプいすで婆様を囲んで座った。そして拓也さんの到着を待った。

 その間、婆様は差しさわりのない話題で、俺たちに笑顔で話を振ってくれていた。

 神学生である島村さんとエーデルさんを除いてみんな大学生なので、主に大学での生活について婆様がいろいろと質問してきた。

 みんな学部は違う。

 俺とチャコは歴史学だが美貴は文学だ。杉本君と新司は経済学、大翔は農学を学んでいた。

 美穂は家政学部で、ピアノちゃんは看護学科だ。そのピアノちゃんが看護学科だということを聞いた婆様は、目を細めた。


「実は私、若い頃は病院の看護婦、今でいう看護師だったんですよ」


 これは初耳だし、意外だった。婆様が告げたかつて所属していた病院の所在地は、いつも高速道路の本線と富士山の方へ向かう支線との分岐点にある市だ。

 鉄道で行ってもこの市の駅で私鉄に乗り換える。ただ、一日に数本だけ、JRから私鉄に乗り入れる乗り換え不要の直通の特急も出ているようだ。

 そんな話をしているうちに、午後の遅い時間になってやっと拓也さんが到着した。

 到着するなり拓也さんはエーデルさんに気になることを言った。


「なんか入口のところで、中東系の人たちがこちらの様子をうかがっているようでしたけど、エーデルさんの組織の方ですか?」


「え?」


 エーデルさんの顔が一瞬蒼ざめた。


「世界スメル協会の人たちはホテルにいて、最高司令を警護しています。こちらに来るはずはありません。もしかしてその人たち、黒いスーツを着ていましたか?」


「ええ。この暑いのにクールビズでもなく上着にネクタイなので、変だなと思ったのです」


 そこで俺が口をはさんだ。


「そういえば、あの講演会のステージの下にも、中東系の祭服のようなのを着た人たちが複数いましたけど」


「え? 講演会?」


 エーデルさんはじめ皆が首をかしげた。そういえば、あの講演会に俺が右レ込んだことは、まだ婆様以外には話していなかったのだ。

 俺はハッピー・グローバルという宗教団体の講演会に紛れ込み、そこの女子大生教祖にサタン呼ばわりされてつまみ出された話をみんなにもした。


「帰ってからその教団のサイトを見て見たんですけど、教義の内容はおおむね正しいことを言っているんですよね。それなのに俺に対して目くじら立て俺は追い出されたので、不思議に思って婆様に聞きに来たのです、婆様の話では」


 俺は婆様を見た。婆様がうなずくので、みんなに向かって俺はまた話を続けた。


「あの教団の教祖は、あのタミアラ国の執政補佐官だったようです」


「この時代にまた再生して来たようですね」


 婆様が補足してくれる。


「正確にはあの方も御神霊の分魂のようですけれど、皆さんと同じように一度ご本体に収容されて、また今の時代にあらためて分魂として降ろされたようです」


「そのご本体とは?」


 杉本君が聞く。


「はっきりとはわかりませんが、例の山武姫神の一味の御神霊の分魂のようです」


 すると、今回騒動を起こしている勢力の一員ということになる。


「もしかして、イルグン・レビはそのハッピー・グローバルという教団と手を結んだのでしょうか? もしそうだったら怖いことです」


 そう言うエーデルさんは完全に怯え切っていた。


「その可能性はあります」


 婆様に言われて、エーデルさんは大げさに両腕で自分の体を包んだ。


「そんな教団の講演会が、婆様と世界スメル協会の幹部との歴史的な東西霊界融合の行われる時にその同じ場所で開かれるなんて、偶然にしても恐ろしすぎますね」


 チャコが冷静に言う。だが、婆様は首を横に振った。


「一切の偶然というものは存在しません。すべてが必然、仕組まれたことなのです」


「でもそれがきっかけでイルグン・レビはその教団に近づいたのでしょうか?」


「どうでしょうか。あるいはもっと前から密約があったのかもしれません」


 婆様のその言葉に、エーデルさんはまた震え上がっていた。彼女にとってその団体はよほど怖い存在らしい。


「それで僕は、あの教団から目の敵にされているのですか? あのイルグン・レビとかいうののせいで」


「いえ。ことはそのような現界的なことではないでしょう」


 婆様は落ち着いている。


「それではみなさんに山武姫神のこと、そして数百万年前の天の岩戸閉じと当時の天帝の御引退の話をしなければなりません」


 婆様はそう言ってから、ゆっくりと話を始めた。



(「第8部 岩戸開き」につづく)

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