5 初対面で再会

 拓也さんは確かに近くとは言ったけれど、まさか歩いて数分の近さとは思わなかった。

 ここでも赤いテレビ塔が見下ろしている。


 拓也さんのアパートに着く前に、地下鉄の駅を降りてしばらく歩いた大通りからテレビ塔の方へ曲がったときはやたら教会が多かったけれど、こっちの方は逆にお寺が多い。

 だけれどもいかにもセレブの町という感じの全体的に上品な感じのする高級街なので、教会も寺も町の雰囲気にのみこまれて、古めかしい感じはしなかった。


「拓也さん、いい町に住んでいるんですね」


 あとから考えたら失礼とも取れるようなことを俺は言ってしまったが、拓也さんは笑っていた。


「学校に近いからですよ」


 そんなことをひと言ふた言話しているうちに、目的地に着いた。


「ここです」


 拓也さんが示した寺も、一応寺院のような外観はしているけれどモダンな鉄筋コンクリートの新しそうな建物で、それが四角いビルのはざまにたたずんでいる。

 拓也さんについて俺たちが入ったのはいわゆるこの寺の「庫裏」という、お坊さんの住居だろうが、これも鉄筋のアパートのような外観だった。


 呼び鈴を押すと、作務衣さむえといういわゆる僧侶の普段着を着た年配の坊さんが出てきた。なんだか和風作業着っていった感じだ。柔道着にも似ているけれど、ちょっと違う。まず、帯はない。


「ああ、青木さん。お待ちしていました」


 そう言ってから坊さんは、俺とチャコに目を止めた。


「この方たちにエーデルさんを紹介したいと思いましてね。私の知り合いの学生です」


「先生の教え子ですかね?」


「そういうわけではないんですが」


 たしかに、並行世界ではなくこちらの世界ではそういうわけではない。


「そうですか。とにかくどうぞ」


「こちらがこのお寺のご住職の松原さんです」


 拓也さんはその坊さんを俺たちに紹介してくれた。


「お邪魔します」


 俺たちはソファーのある応接室に案内された。

 洋間だった。

 寺というからてっきり古めかしい絵が描いたふすまのある畳の部屋に通されると想像していたけれど、それは外れた。

 しばらく待っていると、一人の若い女性が入ってきた。


「エーデルさんです」


 拓也さんが紹介してくれた。俺とチャコはソファーから立ち上がった。


「初めまして。エーデルです」


 そう言って頭を下げたエーデルさんは、俺たちを見て目を見開いていた。


「あのう、こちらは?」


 拓也さんに俺たちのことを聞くまで少し間があった。流暢な日本語だ。


「うちの婆様に会って、僕のことを聞いてわざわざ訪ねてきてくれたんだよ。エーデルさんにも会いたいっていうし」


 俺もチャコも軽く頭を下げた。

 女性は確かに外国人だけれど欧米の白人という感じではなく中東系のよ

 うだ。鼻筋の通った美人だった。


 すぐに彼女に続き、でっぷりと太った若い僧が部屋に来た。やはり作務衣を着ているが、住職とは色が違った。

 その若い僧は、俺とチャコを見るなり突然大声をあげたのだ。


「ああっ!」


 あまりの声の大きさに俺もチャコもビビってしまった。


「ごめんなさい。いやお二人、すごいオーラですね。光り輝いている」


 俺もチャコもそんなことを言われたのは初めてだったので、思わず顔を見合わせてしまった。

 そこへ慌ててという感じで、先ほどの住職が入ってきた。


「なんだ、悟! 大きな声を出して。お客様に失礼じゃないか」


 そして俺たちの方を見て住職は頭を下げた。


「せがれが失礼しました。そうぞ、お座りください」


 勧められて俺たちはまたソファーに座った。住職は行ってしまった。エーデルさんも若い僧もソファーに座った。


「お住職の息子さんですか?」


 俺は若い僧に聞いてみた。


「はい、松原悟といいます。今度大学に入学します」


「じゃあ、俺たちの一つ下かな? 俺たち、今度二年生だから」


 俺と一緒にチャコもうなずいた。


「それが一年浪人しまして」


「じゃあ、同じ年だ」


「はい。でも、先輩ですよね。いやそれにしてもお二人はすごいオーラで……。エーデルさんも見ましたよね」


「はい。それで私も驚いちゃったのです」


 もしかしてエーデルさんもオーラが見えるという特殊能力があるのだろうか?

 そして、この二人があの二月の日の高速道路のサービスエリアで見かけた二人なのだろうか? 

 わからない。

 あの時はなにしろ遠すぎた。本線の上下線越しに見たのだから、とても顔まで分かる距離ではない。

 それよりも何よりも、俺はこの悟という修行僧に例によって既視感を覚えたし、すぐに並行世界の記憶をたどってやっとこの男の正体がつかめた。

 並行世界で俺とチャコが入っていた部活……そのメンバーだった。あちらでは同級生だった。

 ということは、だから……???


「お二人はおツル婆様のところに行かれたということですけれど、」


 あの婆様、おツル婆様っていうのか……。俺は初めて名前を知った。


「それならもしかしてこれを?」


 同じ歳の後輩の悟君はふところをめくり、作務衣のあわせの部分につけていた例のバッジを見せた。

 もはや俺は驚かなかった。もう十分に想定内のことだ。

 俺もチャコも、楯のバッジを見えるところに付け替えた。なんとエーデルさんも同じようにバッジを見せた。。

 でもエーデルさんとは、正真正銘初対面だ。長く婆様のところに逗留していたというのだから、婆様からバッジをもらっていても不思議ではない。


「やはりそのバッジのお蔭で、オーラがものすごく輝いている。普通の人のオーラは三十センチくらいですけれど、お二人のは三メートいるくらいあります。いや盛ってませんよ」


 ここでも初対面なのに再会という状況が繰り広げられた。


「エーデルさんは、拓也さんから何を教わっているのですか?」


 チャコが聞く。


「はい、この国の本当の歴史、超古代文明について書かれた古い文献を研究しています」


 エーデルさんは味のある人だ。なんだか拓也さんそっちのけで、エーデルさんのお国のこととか、来日したきっかけとか、そんな話で時間が過ぎて行った。


「せっかくなので、これからご飯でも行きませんか?」


 悟君が提案して、皆賛成だった。時間もかなり遅くなって、薄暗くなり始めている。


「島村さんも誘いましょう」


 エーデルさんの口から、また知らない人の名前が出た。悟君はすぐに説明してくれた。


「うちの親父の客なんですけど、ちょうど今親父のほうに来ています。親父の客といっても、若い人ですよ。学生さんです」


「大学生?」


 俺が聞いてみた。


「いいえ、カトリックの神学校に通っている神学生です」


「カトリック? あのキリスト教の?」


 俺が突拍子もない声を挙げるので、拓也さんまで笑って俺を見た。そして言った。


「そりゃ、驚くのも無理ないでしょう。お寺のご住職さんのところに、時々キリスト教の神学生が話に来るんですから」


「聞いてきます」


 悟が部屋を出て行って、すぐに戻ってきた。


「OKだそうです。親父との話が一段落したら来るとのことで、それまでちょっと待っていてほしいとのことですけど」


 そんなわけで今度は俺とチャコが自分たちの今の境遇を話した。だが、例の並行世界の話や、去年の十一月の大学祭のことなどはまだ伏せておいた。


「お待たせしました」


 部屋の外から声がして、眼鏡をかけた一人の細身の若者が入ってきた。


「ああ」


 俺は納得した。その顔を見てすぐに記憶は呼び戻された。これで、並行世界で集っていたメンバーが全員そろったことになる。

 あの、並行世界での高校で入っていた部活の部長の、島村先輩だ。

 もちろん島村先輩にとっては俺たちは初対面なので、初対面の挨拶などをしていた。


 総勢六人、薄暗くなっていた外へと繰り出した。

 昼間はもうすっかり春という感じだけど、夜になるとまだまだひんやりとしていた。

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