4 一万人の志士
「婆様はそこまでしかし話さなかったのか」
拓也さんはそれだけ言うと、しばらく何かを考え込んでいた。
「あなた方は四人で婆様のところに行かれたんですね」
「はい。でも今日は、あまり大勢でこちらに押しかけても思いまして、この二人で代表してお邪魔することにしたんです」
「では、先ほどの話の中にあった楯のバッジを持っているのは、あなた方四人ということで?」
「いえ。実はまだあと四人いるんです。その四人は僕らより一学年下で、この四月から大学生になって田舎から出てくるんです」
「では、八人がこのバッジを」
拓也さんはインナーにとめていたバッジを、部屋着のトレーナーに付け替えた。もちろん、俺たちのと全く同じバッジだった。
「このバッジを婆様からもらったんですね」
「いや、それが俺、あ、いや僕たちはみんな一様に、いつの間にか知らない間にこのバッジを持っていたって感じだったんです。でも、去年の秋ごろになって、なんでこれを持っていたかわかったんです。ていうか、見せられたんです」」
あまりにも突拍子もない話なので俺は一瞬ためらったけれど、思い切って去年の十一月の学祭の時の体験をすべて拓也さんに話した。拓也さんは口をはさむでもなく、ただうなずきながら実に興味深そうにして聞いていた。
「あっ」
その時、チャコが突然声を挙げた。
「あのう、失礼ですけれど私、さっき拓也さんを初めて見た時から既視感というか、どっかで会ったことがあるなあとか、さらには懐かしさまで感じていたんですけど……」
「うん」
「思い出しました。拓也さん、いえ、やはり青木先生。先生はさっき康ちゃん、山下君が話してた去年の十一月の大学の学祭の時に私がちょっと見せられた並行世界で、私が通っていた高校で私の担任で、部活の顧問でした。私がバッジをもらったのは、先生からです」
「高校の名前は?」
チャコは自分が通っていた高校、すなわち俺が並行世界で通っていた高校の名前を拓也さんに告げた。
「う~ん、たしかにこちらの世界では僕は初めて聞く高校名だね。僕も結構いろんな並行世界に配置されているんだなあ」
拓也さんは苦笑するように笑った。
「配置されてるって、誰にですか?」
「婆様ですよ」
拓也さんはまた笑った。
「いや、正確には婆様じゃないんだけど」
なんか謎めいたひとことがあったけれど、それを聞く前にチャコが口をはさんだ。
「あのう……。バッジをもらったのが並行世界だなんて、なんかまわりくどいと思うんですけど。普通にこの世界でたとえば拓也さんからバッジをもらえばいいんじゃなかったのですか? それも婆様のお力ですか?」
「今言ったように婆様の力と言うと語弊があるけれど、今の世界ではあなた方の八人が一堂に会してバッジをどうぞっていうのは状況的に難しかったんでしょうね。だからどこかでこの世界とあちらの世界の分岐点があったはずだと思うんです」
「はい」
俺はもうはっきり思い出していた。父が失業して両親が離婚したためにあの並行世界に入って行ったけれど、父の会社が持ち直し、両親も離婚しなかったお蔭で今のこの世界での生活がある。そこが分岐点だ。
そういえば今日はいないけど、美貴もそんなことを言っていた。受験当日の朝に老人を助けて遅刻したために試験が受けられず、こちらの世界で卒業した高校に入ったって。そこが分岐点で、遅刻が正当な理由と認められてしまって並行世界ではあの学校にいたのだ。
「私は特に」
チャコが言う。
確かにチャコの場合はどっちにしろ同じ学校に行っていた。ただ高二の担任が拓也さんではなかったことと、あの部活には入っていなかった。そもそもそんな部活はなかった、それが違う点だろう。
でも今は、拓也さんもいるところでそれを長々とチャコに説明している暇はない。
ほかにも杉本君や美穂、ピアノちゃん、
考えてみれば、俺たちが並行世界に行かずにこの世界でだけ生活していたのなら、同じ大学のチャコは別として、ほかの人たちとは出会えてもいなかっただろう。出会っていたとしても、ただの行きずりの人のようにこんなに深くはかかわらなかったと思う。
並行世界で一緒だった俺たちが今のようにまた親しくなったきっかけは、すべてバッジだった。このバッジを双方が持っていることが判明したことによって、互いの親近感は増したのだ。
それよりも、俺には一ついまだにわからないことがある。あの存在は何だったのか、と。
俺は一瞬目を伏せ、すぐに目を挙げて拓也さんを見た。
「先ほどお話しした去年の大学祭の時の話ですけれど、あの時僕らはケルブという天使に導かれていたのです。そのケルブという天使について、何かご存じありませんか?」
拓也さんは少し首をかしげていた。何かを考えているようだったが、すぐに俺を見た。
「いやあ、それは分からないな」
あの婆様のことを聞いたのもケルブからだった。すると、拓也さんも何か知っているのではないかと思ったけれど、当てが外れた。
そうなると、ますます謎になる。
ケルブはあの後、自分が存在した痕跡をものの見事に消して消えて行った。でも、俺たちの中のケルブの記憶までは消さなかった。
そもそも、俺たちにケルブの記憶すら残らなかったら、ケルブによって召喚された異世界、さらには並行世界のことも全部記憶が消えてしまう。そうなると、ケルブにとっては俺たちをわざわざ異世界に召喚した意味がなくなってしまう。
「あのう」
さらにチャコが質問をする。
「婆様は今地球や人類が危機に瀕しているようなことを言われていました。そして私たちが選ばれし者として地球を救え。その同志を全世界で一万人は集めよみたいなことを言われてましたけど」
婆様は俺たちを「選ばれし者」とは言っていなかったような気もするけど、いいにして俺も拓也さんを見た。
「ただ、難しい点があるんですよ。婆様が高次元エネルギー体とコンタクトしていることは聞きましたね」
「はい」
俺がチャコに代わって答えた。すかさずチャコは次の質問だ。
「その高次元エネルギー体って神様? って思ってもいいんですか?」
「そう思うことが差し支えないのなら、そう思ってもいいと思いますよ。ただ、そのこととも関連するんですけれど、今言った難しい点というのは、婆様はそのコンタクトで、地球を救う使命を帯びたものを集めよとは言われたけれど、決して組織化するな、ひいては間違っても宗教を作るなということだったそうです。だからあえて神様ではなく、エネルギー体なんて言い方をしてるんでしょうね」
「組織化せずにどうやって活動するんですか?」
俺が聞く。
「一人ひとりが個人として活動して、その力を集めるってことですね」
たしかに組織化しないでの活動は難しい。ネットのオンラインで連絡を取り合ってということなら可能かもしれないけれど、でも……
「地球を救うって、具体的に何をすればいいんですか? これから人類はどうなっていくんですか? そしてその原因は?」
なんか拓也さんに詰め寄る形になってしまったけれど、地球を救う使命ということで俺の頭の中には古いアニメのOPの曲がヘビロテしていた。
「原因はですね。今の科学者が言っているような取ってつけた現界的な、物質的な思考では何も解決しないんです。もっと高次元の世界に原因があるのです。あなた方はそれに堪えられる魂ということで集められた。決して偶然じゃなくて、すべて因縁です。詳しいことは、やはりあなた方のお仲間八人がそろったときにしましょう」
拓也さんは時計を見た。
「申し訳ない。この後出かけないといけないのです。ある場所をお訪ねする約束をしてまして」
「あ、申し訳ありません。こちらこそ長居をして」
俺とチャコが立ち上がろうとすると、拓也さんはそれを制した。
「あ、そうだ。あなた方も一緒に来ませんか?」
そう言われてもどこへ行くのだろうか。でも、すぐに拓也さんは告げてくれた。
「実はもう何ヶ月も僕の実家に、遠い西の国からのお客さんが滞在していてこの国の古文献などを研究していたんですけれど、その
「遠くですか?」
「近くです。お寺に泊まっています。最初はここに来ると言ってたんですけれど、なにせ若い女性ですから、男一人の部屋に入れるのもはばかられますしね。ここは僕の勤務校からも近いですし」
俺とチャコは、思わず目を見合わせていた。婆様からたしかにそんな人がいたことは聞いていた。俺たちが婆様を訪ねた日の朝にこちらに向かったとも。
そしてサービスエリアで見かけたい黄金に輝くオーラを放つ外国人女性……。
チャコも俺の目を見て、ゆっくりうなずいていた。
そして拓也さんを見て、二人でハモって言った。
「「行きます!」」
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