8 天帝召喚

「実は天帝陛下というよりも、ハセリミの世界の宰相であるユラリー殿のことでございます」


「ほう、宰相殿が」


 モントサムーラ姫は、とにかく自分の心を落ち着かせた。そしてゆっくりと言った。


「実はユラリー殿のご息女のオラドゥーラ姫様は私と同系統のシーロン殿と想い合う中でした、すでに結婚の約束までしております。それなのにユラリー殿はその愛し合う二人を、無理やり引き離したのです」


「父親として、何か不都合があったのかな?」


 「アラマンスノーン様」はあくまで、穏やかに聞いていた。


「いえ、それならば娘の身を案じる父親の想いということで、理解もできましょう。しかし、ユラリー殿はこともあろうに天帝の皇女ユーラ姫という奥方がおられながら、自分の実の娘のオラドゥーラ姫に道ならぬ想いを抱いていたのです」


「は?」


 「三賢者様」方は不思議そうに、互いのお顔を見合わせていた。


「どういうことかね?」


「ユラリー殿は、自分の実の娘に恋をしているのです」


「「「………………」」」


 沈黙が、場を支配した。「三賢者様方」も、どう返事をしていいかわからないようだった。

 モントサムーラ姫は、ゆっくりと続けた。


「なんとおぞましきこと。自分の奥様には内緒で、実の娘をとある別の屋敷に監禁し、そして言い寄って…迫って……ああ、あまりにも道を踏み外した所業、もうこれ以上は私の口から申すには耐えられませぬ」


 モントサムーラ姫は、わざと震えて見せた。


「実の娘に対してでございます。確かにご息女のオラドゥーラ姫様はハセリミの世界随一の美女、男としての目から見れば気の迷いも生じましょうが……実の父親でございますよ」


「わかり申した」


 「アラマンスノーン様」は間をおいてから厳かに言った。


「このような不祥事がありながら、天帝陛下はじめギリシエロ警視総督殿も、ヴォーヨ将軍も何ら処断を下さず、見て見ぬふりです。ハセリミの世界はこのように、今や乱れに乱れているのです。もしこのまま放置すればハセリミの世界のみならずカギリミの世界に至るまで乱れて、取り返しのつかない状況になるでしょう。だから今のうちに何とかしなければ、『大根本様』にも申し訳が立ちません。早急に何とかしていただきたく参上した次第です」                         


「わかり申した。あまりにもことが重大なので上にもご報告申し上げ、ご相談致さねばならぬ。よって、モントサムーラはとりあえずハセリミに戻るとよい」


「御意」


 こうしてモントサムーラ姫とバーナは、宮殿を辞した。そのあとで「三賢者」のお三方は、互いに顔を見合わせてにっこりと笑っておられた。


「そろそろですな。天帝にも来ていただいて、相談致しましょう」


 モントサムーラ姫には「上」と相談と言ったが、「三賢者」はこのカガリミよりも一つ上のカゴリミの世界の統治者「チエラコローノ様」に報告する気は全くない。そればかりか、「アラマンスノーン様」もほかのお二方もただ笑っておられた。


 一方、宮殿を退出してすぐにハセリミの世界へと降下したモントサムーラ姫は、自分の家の部屋で力なく倒れ込んだ。

 あまりにも緊張の度合いが過ぎた。

 なにしろ自分がでっち上げた虚偽の報告も、「三賢者」の前では事実なのだ、真実なのだということにしてしまわないとまずい。

 もし嘘がばれたらこんな大それた天律違反はないのだから、自分はたちまち存在を抹消されて原質に戻されてしまうだろう。

 だが、それを恐れてびくびくしながら報告するわけにはいかなかった。もしそんなことを少しでも考えたら、自分の想念がたちまち「三賢者」に伝わってしまい、報告が嘘であることがばれてしまう。

 想念を読み取られることだけは避けなくてはならなかった。だから自分が報告していることは虚偽ではなく真実なのだと、まずは自分を騙す必要があったのだ。


「とりあえずはうまくいったのかしら」


 力なく倒れ込むモントサムーラ姫を介抱していたバーナに、姫はなんとか笑顔を作って言った。


「はい。早速宮殿の方では、天帝陛下がカガリミの世界に呼ばれたということで、大騒ぎになっているようですよ」


 それを聞いて、モントサムーラ姫は力なく笑んで、うなずいていた。


             ※  ※  ※


「いやあ、なかなか愉快でしたな」


 「アラマンスノーン様」は天帝とともに大笑いしていた。ここは玉座の前ではなく、別室の円卓の背もたれが頭よりも高い椅子に「三賢者」とともに召喚された天帝もついている。


「わが眷属としてお恥ずかしいが」


 そう前置きをして、「ルーノ様」も笑いながら言う。


「モントサムーラの嘘は見え見え」


「たしかに、あの者が言うことが本当だったならば、ギリシエロ警視総督とのより報告が上がってくるはずだし、なにしろ謹厳な天帝殿がそれを許すはずがない」


「まあ、想念は筒抜けだったし」


 「アラマンスノーン様」がそう言って、「三賢者」と天帝はまたともに笑い声をあげた。


「しかし、ハセリミの世界とカギリミの世界の混乱は、残念ながら事実ですな」


「よきかな。すべてが筋書き通り」


 「アラマンスノーン様」が言われるとおり、この混乱は「チエラコローノ様」のご意思、ひいては『大根本様』のご計画通り故意に起こされたものである。


「かつてのカギリミ人類界の大掃除から、あの世界ではだいぶたちましたからね」


 「スーノ様」の言葉にあった、カギリミの世界に気候変動の大嵐が吹いたのは、カギリミの世界の「時間」で言うと人類創造から二万五千年余りたってからだった。最初の人類はあまりにもハセリミの世界からの指導や保護が行き届き、いわゆる「過保護状態」となって自ら考えて創意工夫するということも知らず、また経験も浅いので安定した世界を楽しむのみにてその世界の進歩発展は望むべくもない状態だった。 

 そこで「チエラコローノ様」の命によって、大いなる試練として気候変動と自然災害を起こしたのである。すべては人類を鍛え、経験を積ませるためだった。

 だが、実際に人類創造に当たっていた天帝は一人の人間が命を落とすのでさえ断腸の思いで、それでも「チエラコローノ様」や「三賢者」の命ぜられるまま耐え忍んだのである。


 もともと人類の肉体は有限なもので、いつかは「死」というものを迎えるようになっている。死ぬと肉体は滅んで土に還るが、魂として吹き込んだハセリミの者たちの分魂は肉体を離れるだけで、なくなるわけではない。

 そこでハセリミの世界の一角に、そういった魂を収容して別の新しい肉体に入れるまでの間に浄化する場として「カクリヨ」を創造した。

 もともと人間の肉体の寿命は五千年と定めていたけれど、その大試練以来二千年と短縮された。


 そしてそれからさらにカギリミの「時間」で一万年。

 たしかに経験を積んで、創意工夫をはじめたくましくなった人類だが、まだハセリミの世界からの干渉が多い。

 そもそも人類は霊力ではハセリミの世界の者たちに全く及ばないまでも、物質を司る力はハセリミの世界の者をはるかに凌駕するように創られている。

 だが、平和で安穏な世界では、なかなか物質開発をしようというようにならないのだ。

 とにかく何らかの処置をしなければ、『大根本様』のご計画も退歩萎縮してしまう。


「それで『大根本様』ご意思で、『大根本様』とカギリミの世界の糸を、『大根本様』はひそかに切断された。つまり、我われとカギリミの世界の人類との糸も切れとのご意思だと拝する」


 「アラマンスノーン様」が言われたことは、ここにいるメンバーは「チエラコローノ様」より聞かされていた。だが、厳重な極秘事項で、この「三賢者」と天帝以外は誰も知らない。

 だがその糸が切れたことによって自在の世が到来し、ハセリミの世界の者もカギリミの人類界もすべて各自の自由意志によって行動することが可能となったのである。

 その自由意志はかつてのような善一途ではなく、欲心が与えられた。権勢欲、支配欲、恋愛欲、自己顕示欲、こういったものがむき出しになり、いわば争いというものが生じたのである。

 すべてはそれによって向上心を養い、物質世界を発展させるためであった。


「だが、それだけでは不完全ですな」


 そう言ってから、「アラマンスノーン様」は穏やかに天帝を見た。天帝はもうそのご意思を受け取り、ゆっくりとうなずいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る