9 戦いの前兆
すでに天帝は「アラマンスノーン様」の言わんとされていることを察知していた。
「いくら欲心を与え、競争心を芽生えさせて、それで発展させようと思っても、苛酷厳格なる天律で人類をも縛っていたのでは、効果は期待できますまい。そこで」
「アラマンスノーン様」は一度言葉を切った。その言葉を、「スーノ様」が受けた。
「つまりは、あのバーナという娘が言ったことも一理あるということで、ここはひとつ天帝殿には位を退いていただくということですな」
天帝は驚く様子もなく穏やかにうなずいている。そして言った。
「位を退くだけでなく、帝都からも隠遁するつもりです。位は皇太子には譲りませぬ」
「恐らくわが系統の火の眷属も、ほとんどが天帝殿に従うことになりましょうぞ」
「そしてそのあとはシーロンやモントサムーラだけでなくその眷属、わが系統の水の眷属が大挙して、ひいては軍勢をなして帝都に迫る。すべてが『大根本様』の筋書き通りですな」
「ルーノ様」もそう言って、皆で笑った。
「そもそもことの発端のシーロンと我が孫娘のオラドゥーラのいきさつから始まってすべてが『大根本様』の筋書き通り」
その天帝の言葉を「アラマンスノーン様」は笑いながら手で制した。
「まあまあまあ、それはここにいる我われしか知らない重大因縁の秘め事……」
「心得ております。とりあえず私はハセリミに戻り、うまく話を作って隠遁生活に入りましょう」
「そして、今後はハセリミの世界からカギリミの人類への交渉はなしとする。直接の指導なども禁止。一切の手出し無用。彼らには我われの存在すら忘れてもらいましょう」
「カギリミの世界の人類は、わが皇太子のテーロの分魂である人間第一号の者が、
「たしかに。その者に万国棟梁の印である『ハダマ』を、直接に降臨して授けたのは私でしたから」
そう言ってから「アラマンスノーン様」は口調を変えた。
「ただし、天帝殿」
「はい」
「隠遁されるとは言っても永遠にではござらぬ。いつかこの自在の世も終わる。その暁にはまた再びお出まし願いますぞ」
「御意」
こうして天帝は、ほかのお三方に一礼して、席を立った。
※ ※ ※
それはかなり突然だった。
ハセリミの世界全体に、帝都の宮殿への召集がかかったのである。もちろん“ろ”の国の運行のために辺境にいる者たちとて例外ではなかった。
宮殿の広間は実際かなりの数の者が入るであろう程の巨大なものだが、それは決してカギリミの世界のような「空間」ではない。従って、見た目にはいくらなんでも無理だろうと思える数の者たちを収容できる。
それも決して密となってひしめき合う状態というわけでもなく、自然と入ってしまうのだ。
※ ※ ※
「私は行きません。バーナ、あなた、私の代わりに行ってきて頂戴」
モントサムーラ姫はバーナにそう言いつけると、自身は辺境へと一度帰って行った。そこには水の眷属の者たちが多く、天帝の召集に応じるべく大挙して帝都へと向かおうとしている矢先だった。
「みんな、しばし、しばし待たれよ!」
大空にモントサムーラ姫の大
移動しつつあった大群の動きが、ぴたっと止まった。
「我ら水の眷属は、帝都に行く必要はない。天帝の召集には応じなくてもよい。もしそれでも行くという者がいれば、今ここでこの私を倒してから行け」
誰もがモントサムーラ姫の剣幕に怯え、まさしく飛行を開始しようとして伸ばしつつあった背中の巨大な羽を一斉にしまった。
そこへ空の一角でシーロンの巨大な羽が白く光ったかと思うと、たちまちモントサムーラ姫の隣に彼は立っていた。
「天帝陛下の全体召集がかかっているというのに、ここだけなんだか騒がしいので来てみましたけれど、いったい何があったのですか?」
「シーロン殿、よく聞いてください。天帝は退位します」
「え?」
シーロンはその言葉の意味が分からないでいた。そこで、カガリミの世界まで昇って「三賢者」たちに謁見し、自分が彼らを欺いて直訴したいきさつをこまごまと話して聞かせた。
シーロンはただ、言葉も失くしていた。
「天帝は必ずや責任を追及されて退位します。そうしたらシーロン殿、あなたが天帝ですよ。私の約束、覚えていますね? 私は約束を守ります。私はあなたを必ず天帝の位に
「ちょっと待ってください。何をいきなり」
「そしてもう一つの約束も、覚えていますよね。あなたを天帝の位に
そしてまだシーロンが何も返答しないうちに、モントサムーラ姫はこの場にひしめき合う水の眷属の大群衆の頭上に、自分の姿を映す巨大な映像を見せた。
「皆さん、よく聞いてください。天帝は間もなく退位します。そうしたらわが眷属であるシーロン殿が天帝の位に即きます。そしてわれら水の眷属で、ハセリミの世界を統治するのです」
大群衆から歓声が上がった。
「ちょっと待ってください」
慌てているのはシーロンだった。
「そんなことがすんなりとうまくいくわけないではないですか。もしわれわれは天帝の召集にも応じずにここで息巻いていたらいたら、天帝からは反逆とみなされて征討の軍が差し向けられるかもしれません」
「間違いなく、天帝は退位します」
「天帝が退位したとて、権力が我ら水の眷属にすんなりと移行するものですか。そうはさせまいと、天帝は退位しても天帝の手勢は我らを攻めてきます。火の眷属には勇猛果敢なアンギルヘーボ姫率いるオクツェントオク・ルモーイ軍団、そしてオク・グランダ龍王の龍軍団と強敵がそろっています。やつらはきっとモントサムーラ様の陰謀を察知して、ここに攻めて来るに決まっています。その時はどうなさるのですか?」
モントサムーラ姫は自信ありげに笑った。
「心配ご無用。こちらもすでに手をまわして、オクツェント・バナール軍団を中心に軍勢を整えておりまする。もし火の眷属の軍が攻めてきたら見事に返り討ちにし、攻めてこないようならこちらから攻めかかり、帝都を乗っ取るまで」
シーロンはすでに反論をあきらめた。
そこへモントサムーラ姫の命を受ケテ天帝の召集に出向いていたバーナからの連絡があった。
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