8 古文献講義(4)
そして皇統二十六代『
「そして皇統二十七代『
「そうなんですか?」
「でも、この本の分量から見てくださいよ。この文献による人類の歴史からすれば、神武天皇以降なんてほんの『近代史』ですよね」
「そういえば、アダムとイブのお話は?」
たしかに最初の人るいがアダムとイブというわけではないと拓也が話したとき、そのアダムとイブについては後に出てくるということで後回しにされていた。
「ごめんなさい。ちょっと戻りますが、皇統第二代
『
「おお」
エーデルはしばらく目を見開いていた。沈黙が漂った。
その沈黙の間にエーデルが思ったことは、この話を聞いたのが世界スメル協会の一員である自分でよかった、あるいはこの国においてでよかったということだった。
かつて自分の命を狙ったユダヤ原理主義組織のイルグン・レビの連中がこんな話を聞いたら、拓也の命はなかったかもしれない。
それを思ったエーデルは、思わず身震いをした。
「どうしました?」
拓也が心配して聞いてきたので、エーデルはにこりと笑った。
「いいえ、なんでもありません」
「さて、この歴史部分の詳しい話は、またいずれ日を改めてということで」
そう言っても拓也は明日、この家を離れて今の居住地に帰ってしまう。でも、自分の頭を整理するためにもその方がいいと、エーデルも思っていた。
「ただ、最後に聞かせてください。富士古文献は宮内さんの家に代々伝わってきたと聞きましたけれど、この文献はどうやって伝わったのですか?」
「ああ、今でこそこういった本になっていますけれど、もともとは北陸地方の小さな神社の竹下さんという方の家に伝わってきたものです。竹下さんは古代のとある天皇、神倭朝になってから天皇ですけれど、その天皇の子孫なんです。『古事記』ではその天皇はものすごい暴君として書かれていますけれど、『古事記』の伝える歴史とは違うこの文献を子孫に残そうとしたので、後の歴史家から嫌われて暴君として記載されたようです」
「では、その竹下さんのところへ行けば、この古文献の元があるのですね?」
「それが、ないのですよ」
「え?」
「まだ第二次大戦中に、ある偉い学者が本物かどうか調査すると言って借り受けて言ったその時に、アメリカ軍の空爆を受けてその研究所が消滅してしまったということです。ですから、古文献の原本も研究所と一緒に焼失してしまいました。この本は、その前に竹下さんの先代がメモしておいた内容だそうです。もともとは神代文字…」
「神代文字?」
拓也はテーブルの上の古文献の本のページをめくった。
「ここにその解説があります。この国にはまだ文字がなかったといわれているころに、実はもう現代では失われてしまった固有の文字がすでにあったということで、これがそうです」
開かれたページには、文字のサンプルが表になって乗っていたけれど、今のこの国の文字ではないので、エーデルには全く読めなかった。
「この神代文字で書かれていた古文献を、竹下さんの先代は普通の今の文字に直していたんです」
「で、調査の結果は?」
「驚くべき速さで来ました。もちろんすべてが偽物であるという調査結果です。どうも調査した学者は原本を三行くらいしか読んでいないのに偽物だと断定したとかで、そんな乱暴な話があるかと先代は激怒されていたそうですけれど、それが不敬罪、つまり国家神道の聖典の『古事記』とは違う歴史の本を流布して皇室の権威をないがしろにしたということになりましてね。なにしろ第二次大戦中のことですから、竹下家の神社は弾圧され、先代も逮捕されたとのことです」
「竹下さんの家には何もないのですね?」
「それがいろいろと超太古の神宝があるみたいですけれど、たぶん見せてはくれないでしょう。モーセの十戒石もあるとか」
「え?」
エーデルは、絶句して首を横に何度か軽く振った。
モーセの十戒石はマンナの壺やアーロンの杖とともに古代エルサレムの神殿に祭られていたけれど、ローマ帝国によってその神殿が破壊された後は行方不明になっているはずだ。
「マンナの壺は?」
これはモーセによる出エジプトの時、『神』が天から降らせたマンナという食べ物を入れていた壺で、やはり行方不明になっている。
「マンナの壺もこの国にありますよ」
拓也はさらりと言う。
「ずっと西の方にある大きな神社の御神体となっています」
もはや思考が追い付かなくなったエーデルは、ただ黙っていた。まさか、自分がこの国に来てから初めて訪れたあの大きな神社ではないだろうなと思うけれど、確かめようもない。
「正確には
そしていろいろと拓也は説明していたけれど、もうエーデルの頭は飽和の量を超えたので何も入ってこなかった。
(「第10部 すれ違い」につづく)
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