5 不思議な出会い

 家に帰るともう美羽は帰っていて、裕香も俺の家にいた。二人はなんかぷりぷりしている。


「もう、あの先輩たちのお蔭で計画丸つぶれ」


 そんなことをぶつぶつつぶやいていた。確かにあのとき伊藤たちが現れたせいで、裕香たちの計略は全部潰れてしまったのだ。

 この二人はどうしてそこまでして俺と愛菜をくっつけようとするのか、わからなくはないけれどこればかりは成り行きに任せるしかないだろうと思う。

 まあ、人生長いんだから焦ることはないだろう。

 翌日は母校へ行ってみた。夏休みで生徒はいないけれど部活はやっているので、体育館や校舎の向こうの広いグランドからは練習する声が聞こえる。

 職員室も数は少なかったけれども先生方もいて、俺が顔を出すと懐かしがられた。

 そのあと、家の近くまで着てふと思いついて家から一番近い神社に行ってみた。

 昨日愛奈がお勧めの神社に連れて行ってくれると言っていたけれど、どこなんだろうと思う。まさかこんな俺の家のすぐそばの、昔からしょっちゅう行っていたこの神社ではないだろうと思うけど、俺は何となく足を向けてしまった。

 ちょうどあのラーメン屋の裏手になるけれど、ちょっとした水路沿いの、昔の武家屋敷のような塀沿いに歩くと、右手に突然小さな鳥居に出くわす。その鳥居を入って細い路地を少し行くと、小高い丘の上に続く細い石段があって、その上が神社だ。

 小さな社殿と、その前にある狛犬二基が印象的だった。

 俺は拝殿の前で柏手を打って頭を下げた。特に願い事があるわkではないけれど、帰省の折に挨拶をしておきたかった。

 なんだかものすごく熱いエネルギーを拝殿の中から感じた。ただでさえ暑い日だったけれど、そういった暑さとは次元が違う圧を感じたのだ。


 ――出会いを大切にせよ。


 そんな声が胸の中に響いて、俺ははっとする。でも、出会いとは……? 愛菜とは別に昨日今日出会ったわけではなく、前からの知り合いである。

 何か大きな出会いがあるのかなと思う。

 大学に入ってから当然新しい出会いは無数にあった。佐久間たちの友人、その中にはチャコも入っている。だけれども夏休みになってから、さらに出会いラッシュだったような気もする。

 幸野美貴さん、天使のコスプレイヤーのケルブ……でも、夏休みはまだ四分の一しか終わっていない。

 そんなことを考えながら、蝉の声に包まれて俺は神社の石段を下りた。


 翌日は朝の十時半にはバス停に行かなければならなかった。このバスを逃したら夕方までない。

 何とかぶつぶつ文句を言っていた裕香や美羽もケロッと機嫌が直っていて、バス停まで見送ってくれた。

 時間通りに十五分後に駅に着いた。電車の発車まで七、八分しかない。駅舎の隣の、線路の向こうに行くためのモスグリーンに塗られた壁と屋根のある連絡橋を横目に、俺は駅舎に入った。

 俺が乗る電車が出る一番線ホームは改札を入ったところの単式ホームで、跨線橋の階段を昇って向こうの島式ホームに行く必要はない。

 しばらく待っていると、ステンレスに黄色と茶色のラインが入った電車が入ってきた。乗降客は少なく、降りる人がいなかったら乗る人がドア脇のボタンを押してドアを開けなくてはならない。

 俺が乗り込むと、あと女の子が二人ばかり俺の後に乗ってきた。

 車内はすべてロングシートで、ボックス席の車両はない。俺が座ると向かい側にあとから乗った女の子二人が座ったが、どうもちらちらと俺の顔を見ている。俺が「?」と思っていると、しばらくしてからもじもじした感じでそのうちの一人が俺のそばに来た。


「あのう、この間お祭りでお会いした人ではないですか? たしか聖香ちゃんの高校の先輩?」


「ああ」


 俺は思い出した。あのフェスタののど自慢で、裕香と聖香のカオリーズの後に歌った子たちだ。聖香の中学時代の友達だと言っていた。俺に声をかけてきたのがソロで歌っていた子、もう一人がピアノ伴奏をしていた子だ。そう、ピアノを弾いていたのではない方のニックネームがピアノちゃんだった。


「ああ、竹本さん」


「え? 名前覚えていてくれたんですか?」


 ピアノちゃんは驚いて俺を見た。ピアノというニックネームの由来の名字だから覚えていただけなんだけど。


「こっちおいでよ」


 俺が言うと、二人は向かい側のシートから俺の隣へと席を移動してきた。


「おでかけ?」


「はい。私たち受験生ですから、予備校の夏期講習を受けに行くんです」

 たしかにあの田舎町は、高校受験の塾ならあるけれど大学受験のための予備校なんてない。夏期講習を受けるならば、やはり県庁所在地まで行かなければならない。電車でも十五分くらいだから、十分通える距離だ。

 隣には座ったけれど、何を話していいのか迷う。一昨日に一度顔を合わせていると言っても、この時が初対面みたいなものだ。

 でも二人とも、どうしてもどこかで会ったことがあるような気がしてならなかった。

 最初はあの時に披露してくれた曲の話とか、中学時代の聖香の話など聞いて、そのうち二人で話し始めたので俺は救われたような気がした。

 そしてもうすぐ終点というときになって、車両の連結部分のドアを開けてこの車両に来た人がいた。


「あれ、山下君!」


 見ると昔同じクラスだった鷲尾さんだ。荷物を持っている。そしてそれについて、鷲尾さんの彼氏だという話だった男性もいっしょにいた。


「今、戻るの?」


「うん。鷲尾さんも?」


「そう、こちらの杉本君がバイトあるから帰るって言うんで」


「あ、どうも」


 俺は杉本という男にも頭を下げた。


「どうも」


「二人とも、同じ年だから緊張しないで」


 鷲尾さんは笑っていた。二人は俺の前に、吊り革につかまって立っている。席はいくらでも空いているけれど、もうすぐ終点に着くということで、俺と話すために立っているようなものだ。


「終点に着いたらそのあとは?」


「新幹線。山下君は?」


「リッチだなあ。俺は鈍行でたらたら行くよ」


 俺、苦笑。そして、杉本君に言う。


「鷲尾さんと同じ大学ですよね。なんか前に会ったような……」


「ああ、僕もそんな気がしてたんですけど」


「だからあ、二人とも敬語はやめなさいって」


 鷲尾さんが笑っている。


「そうだね。ところで鷲尾さん、今でも変なもの持ってくる?」


 昔学校にいつも不思議なグッズを持ってきて友達に披露するので、おもしろがられていた。


「そうです、そうです。この間も音の出る小さなボール持ってきて、デートの間中ずっと音を鳴らして遊んでるですよ、あ、いや、遊んでるんだよ」


 タメ口がぎこちない。


「でもあのバッジは、私じゃないからね」


 鷲尾さんが自分の彼氏に言う。


「これ?」


 杉本君がポケットから出したバッジを見て、俺は声を挙げてしまった。俺も黙って、自分のTシャツの下の下着の胸につけていたバッジを外してお互い見せ合った。声を出したのは二人同時だ。


「え? なんで山下君も持ってるの? 彼ったら、いつの間にかこんなものを持ってたけど覚えがないから、私が持って来たんだろって言うんだけど、私、そんなバッジ知らない」


 ところが、声を挙げたのは俺と杉本だけではなかった。俺の右隣に座っていたピアノちゃんこと竹本さんと、もう一人の筒井さんも同時だった。


「私たちも持ってます」


 二人もまたバッジを見せる。

 例の、楯の形をしたムーの国章というあのバッジだ。


「どういうことなんだ? まさか君たちも、知らない間にいつの間にかこのバッジを持ってたとか?」


「はい、そうなんです」


 返事は力強かった。


 さらにこのバッジについて話をしたかったけれど、電車は終着駅に着いてしまった。

 竹本さんたちはここで下車、鷲尾さんたちは新幹線、そして俺はわずか四分で乗り換えないといけない。しかも、階段を昇って隣のホームに行かないといけないのだ。

 その時、俺はあのコスプレイヤーのケルブが何かこのバッジについて知っていそうな感じで、いつかはそれを話すと言っていたのを思い出した。


「なんか、このバッジについて知ってそうな人がいて、いつか詳しいことを話してくれるってことだから、そのときは連絡するね」


 でももう、ここでLINEのIDを交換する時間はない。そこで杉本君には鷲尾さん経由で、竹本ピアノちゃん二人には聖香経由で連絡することを約束した。


 電車の終着駅の大きなターミナル駅で、三者それぞれ別の方向へと別れて行った。


(「第5部 農業バイト」につづく)

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