4 花火
このフェスタの目玉である花火大会まではまだ時間があった。
この後ステージでは地元アイドルのパフォーマンス、プロの歌手の歌謡ショーと続く。プロといってもそう売れている人ではないようで、知らない名前だった。
地元アイドルはそこそこ聴けたけれど、歌謡ショーは演歌なので俺と愛菜は一度観客席の外に出た。
どうにも大学生と高校生というギャップを感じながらも、また出店をからかいながら愛菜といろいろ話した。
愛菜が聞いてくるのは主に大学生活のことや受験勉強の秘訣で、そういったことには聞かれるままに丁寧に話してあげた。
愛菜の方から振ってくる話題は、これまでや今読んでいる本の話で、だいたい小説といえばラノベしか読まない俺にとって知らないタイトルばかりだった。
「ラノベ、読まないの?」
むしろ俺はそっちが聞きたい。
「うん、前には呼んだことあったけど、最近はあまりね。何となく気になっているのあるけど」
「え、どんな?」
「『虫愛づる平安京女子高生』とか」
「あれってアニメ化したよね」
「そうなんだ、知らなかった」
「アニメは見ないの?」
「見るよ。結構ハマってる」
ところが、愛菜が口にしたアニメは俺が、いや男が見ることはまずない男性アイドルのイケメンものだった。そんなアニメの
「東京の大学に行ったら、絶対イベントとかライブにも行きたい。プロデューサーとして推しメンを徹底的に推したい。だから大学受験、頑張りま~す」
おどけてかわいらしくガッツポーズする愛奈。
「いやいやいや、それは……」
そこまで言いかけたけど、受験勉強に熱を入れる動機の一つとしてそれもありかなと思ったのでそれ以上言うのをやめた。もっともそれだけじゃあ困るし、もちろんそれだけじゃあないだろうけど。
もうステージの方では歌謡ショーも終わり、みんな花火を見るための場所取りを始めている。
そして日が傾き始めるころには花火目当ての人たちがまたどんどんと会場にあふれ、身動きもできないくらいになってきた。
去年は高校の男子の友達と連れ立って、この花火だけ見に来たものだ。もっと幼いころは家族連れだったけど、いつも必ず裕香やその両親も一緒だった。
俺は愛菜との会話をしながらも、裕香や美羽の姿を探した。そろそろ合流しないと、いつまでも愛菜との会話が持ちそうもない。でも、やつらはいったいどこに行ってしまったのか一向に見つからなかった。
公園の中央の広場には、スタッフたちが大急ぎであるものを敷き詰めて並べ始めていた。それもこのフェスタの呼び物で、多くの来場者がこれをもまた目当てに来ているのだ。
俺は裕香たちを探し疲れて、テントの近くの芝生の上に愛菜とともに腰を下ろし、その作業を見ていた。
ようやく日も傾き始め、公園に次々と訪れる人もますます多くなった。
広場に敷き詰められたのはろうそくの周りをさまざまな形の囲いが付いた創作灯篭で、実にカラフルであり、また工夫が凝らされている。四角い髪で覆われたものには、かわいらしい絵が描かれていたりした。それがただ並べられているのではなく、花の形、魚や円形、あるいは密集してなど、いろいろと幾何学的に配置されて置かれている。
ようやく暗くなり始めたころに、その灯篭の制作者である市内の各章中学生が一斉に自分たちが作ったであろう灯篭を探し、点火していった。
かなり広いスペースをその灯篭たちはそれぞれの火で埋め尽くし、実に幻想的な光のオブジェが出来上がる。暗くなれば暗くなるほど、その美しさは感動的なものになっていった。
俺と愛菜も立ち上がり、その光の海を見ていた。クリスマスのイルミネーションなどもきれいだけど、こうして天然のろうそくの炎による光のパフォーマンスは別の温かさを感じるものだった。
気が付くと、俺と愛菜は先程までにもまして互いの体が接近していた。さすがに触れ合うほどではないけれど、そのぎりぎりだ。俺がふと横の愛菜の方を見て目が合うと、愛菜は嬉しそうに微笑む。
こういう時に人はコクるものなのだろうか……。いや、ここでじゃないだろう。花火も終わった時というのが定番かもしれない。
でも俺には、その予定はない。
「君が好きだった。前からずっと」なんて言ったら、はっきり言ってそれは嘘になる。だから言えない。今こうして二人でいるのも、裕香の策略に決まっている。
でももしかして彼女の方からコクって来たら……その時は分からない。大学生である今の俺にとって、人種が違うとまで思える高校生。でも、来年には彼女も大学生になる。少なくともそのために彼女は頑張っている。
ま、その時の勢いってものがあるだろうから、今は考えないようしようと俺は思った。まだ、彼女がコクって来るとは限らないのだ。
「あれえ、山下じゃん。帰ってきてたの?」
背後で声がした。振り向くと高校で同級生だった伊藤佳代子。そしてその隣には西村
「山下君。おひさ~~」
ツインテの彩月が嬉しそうだ。しかも、黒髪の三つ編みというイメージだった彩月が、なんとしばらく会わないうちに茶髪になっている。
「ちょっとした同窓会だね」
「おお、みんなどうしてるんだ?」
俺は彼女らの方を振り向いて、驚きの笑顔を見せた。みんなそれぞれ今の境遇を語った。全員ばらばらの大学だが、みんな都内の私立だった。
「こんな時に集まるとはね」
「私たちが待ち合わせて一緒に来たんだけど。山下も一緒に見ようよ、花火」
伊藤は嬉しそうだ。そしてふと、愛菜に目を止めた。
「あれ? たしか宮﨑さんだよね」
「先輩の皆さん、お久しぶりです」
「みんな一緒に見よう」
伊藤がそう言ってる隣で、鷲尾さんはその隣にいた男性に目で合図している。知らない顔だ。高校の同級生ではない。でも、鷲尾さんはずいぶん親しそうだ。
「あ、こちら大学の友達で杉本君。このお祭りが見たいっていうから、東京から連れてきた」
鷲尾さんが紹介してくれる。
「あ、どうも」
俺が軽く挨拶をすると、杉本という男も同じようにした。うわ、またかよと、俺は思った。さっきの聖香の友達といいこの杉本といい、今日はどうも初対面の人に既視感を覚える日だ。
「友達じゃなくって彼氏でしょ」
伊藤がちゃちゃを入れる。鷲尾さんは恥ずかしそうにうなずいた。
「ま、いいや。みんなして見よう」
そのうち、会場を埋め尽くしている人々からカウントダウンが始まった。
「「「「「5・4・3・2・1……」」」」」
そして一斉の「ゼロ!の掛け声とともに川の上に何本かの火柱が音とともに上がって、暗い夜空でぱっと大きな光の花を咲かせた。人々の間で歓声が上がり、また拍手が湧いた。
それからは次々と大きな花火が絶え間なく打ち上げられ、人々の歓声がそのつど公園にこだました。
夏の夜の空を彩る花火は、かなりの数が上がった。
思えば小さいころから毎年見ていた花火大会だ。あの世界的な感染症拡大の時は三年ほど続けて中止となったけれど、今は見事に復活している。
でも今年は初めて違う境遇で、つまりこの街の住人ではない立場で俺はこの花火を見ているのだった。
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