3 カオリーズ
愛菜は知らない仲ではないし、高校時代も時々話したりしていた。いちばん多かったのは高校の図書室でだった気がする。でも、そんなに親しく接していたというわけではなかった。
「どうですか? 久しぶりのふるさとは」
愛菜はどんどん話しかけてくる。愛菜のことは決して嫌いじゃないし、むしろ好感を持っていた。でも、裕香から愛菜が俺のことを……なんて話を聞いているから、それがガチかどうかは分からないにしてもやはり意識してしまう。
「いろいろと懐かしいね」
「あ、見て見てあれ、かわいい」
愛菜が小走りに走って行った出店には、ガラス細工の金魚がたくさん吊るされていた。
それを見上げて、愛菜は一つ一つ手に取って見ている。
そしてその隣は綿菓子屋で、俺は綿菓子を二つ買って一つは愛菜に渡した。愛菜は遠慮せずに、喜んで受け取って食べていた。
ほかにも竹細工の笛を売る店、風鈴屋、鮎の塩焼き、お面屋など盛り沢山で、いくら見ていても飽きないという感じだ。暑ささえ忘れてしまう。
「先輩。今度私のおすすめの神社、行きましょう」
「あ、でも今回は、そんなに長くいないんだ」
「ええ。そうなんですか? 長くいてくださいよ。だめですか?」
「ごめんな。このあとバイトが始まるんだ」
「ええ? やっぱ大学生ですね」
「そういえば、宮﨑さんは、志望の大学は?」
「愛菜でいいですよ」
「いやいやいや」
さすがにそれは照れる。っていうか、そこまで親しくはないと思う。
「だって裕香のことも裕香、裕香って呼んでるじゃないですか」
「あれは幼馴染だから。妹みたいなものだし」
「そういえば本当の妹さんとも裕香は親しいですよね。学校でも休み時間なんかしょっちゅう一緒にいるし」
それも当然だと思う。小さいころから三兄妹のようにして育ってきたのだ。
「で、大学は?」
「私もう、決めてる大学があるんです。ここじゃなきゃだめだってとこ。都内の私立なんですけれど、そこで日本文学とか勉強したくて」
ここで、またこの愛菜までもが俺と同じ大学に行くなんて言い出したら少し興ざめだったけれど、さすがにそれはなくて奥ゆかしさを感じ、好感が持てた。
「じゃあ、そこ目指して今は猛勉強だな」
俺が少し笑って言うと、愛菜は照れて笑みを返した。
「だといいんですけれど、なかなか勉強が手につかなくて」
愛菜はかなり俺に接近して歩いている。だけれどもべったりという感じでもなくて、微妙な距離感は保っていた。
「今日は久しぶりの気晴らしです。先輩にも会えてうれしかったし。受験勉強ばかりの毎日だから」
ふと俺は、去年の今ごろの自分を振り返っていた。その時の状況に今、愛菜はいるのだ。
俺にとってもう遠い昔のように感じる高校時代。その真っただ中にいる愛菜が、年は一つしか離れていないのに別の人種のように感じた一瞬だった。
愛菜だけではない。裕香や妹の美羽に対してでさえそうだ。
田舎と都会というだけでなく、大学生と高校生ということもあって、俺と彼女らはなんだか別の世界で生きていると実感して少しだけ寂しかった。
いつしか俺たちは、ステージの方へ歩いていた。すでにのど自慢は始まっていて、トラックの運転手のような感じのおじさんが太い声で民謡とか歌っている。
バックのカラオケだけでなく、それに合わせてステージ上ではスポーティーな感じのさらしをまいた短パンのお姉さんが大きな和太鼓を打ち鳴らし、太い歌声はそれに合わさっていた。
観客席は八割方埋まっていて、結構盛り上がっている。
続いては一転して細いおじさんのリコーダーのソロ演奏だった。今度はみんな静かに聞いていた。
「そろそろ座っていようか。席がなくなるといけないから」
裕香たちの出番はもう二、三組あとだと聞いていたけれど、疲れたので座りたいという気持ちもあった。
次々と出てくるのはおじさん、おばさん世代だったけれど、いよいよ裕香たち「カオリーズ」の出番となった。初めての若者の出番ということで、観客席も一段と湧いた。
アコースティックギターを抱えて登場した裕香と聖香は、二人とも座って演奏するようだ。若干のMCのあと、いよいよ演奏が始まった。ギターで歌うというから俺はてっきりジャンジャンギターをかき鳴らして声を張り上げて歌うのかと思っていたけれど、意外とアルペジオで始まった静かでスローなバラードだった。
観客席は静まり返った。皆その音色にうっとりと聞き入っているという感じだ。
最初のMCで言っていたが、今の曲は二人のオリジナルだそうだ。
片想いの彼との偶然の出会いを期待しているけれど、結局彼とは会えないまま季節が変わっていくということをしみじみと歌い上げている。
サビの部分では二人のパート別のコーラスが見事にハモっていた。
実に完成度の高い曲だった。
最後の最後に二人のハモりがそこだけアカペラになって伸ばされた後に、ぽろんというギターの音で曲が終わると、それまでシーンとしていた観客席からは割れんばかりの拍手だった。
ふと隣を見ると、愛菜は涙を流しているようだった。
「すごくよかったね」
俺に見られたのを知ると笑顔を見せながらも、まだ愛菜は涙をぬぐっていた。
「めっちゃエモかった」
俺も、それ以上の言葉が出なかった。
この後の出番の人たちがかわいそうな気さえした。でも、一度盛り上がった客席は、もう鎮火することを知らず、そのあとのどの出場者にも一段と盛り上がりを見せた。
そしてふたつ目はまた若いコンビということで、やはり女子高校生と思われる二人組が、一人の電子ピアノの演奏に合わせてもう一人がソロで歌うというパフォーマンスで盛り上がっている。今度はテンポいいポップスだった。
そんな時、裕香と聖香が俺たちの近くに来て、俺たちの隣に座った。ちょうど曲が終わったので、俺は話しかけた。
「すごいなあ、感動したよ」
「でしょう」
裕香が得意げにしているその向こうで、聖香が裕香を飛び越えて体を乗り出してきた。
「ねえ、今歌っていたの、私の中学時代の友達のピアノちゃん」
「ピアノ弾いてた子?」
「違う違う、歌ってたのがピアノちゃん」
「え?」
「名前が竹本ひろみ。だからピアノちゃん」
「ああ、そういうあだ名ね」
ステージ上ではそのピアノちゃんがピアノを弾いていた子と並んで、最後の挨拶をしていた。その二人を見て、俺はまた不思議な既視感を覚えていた。
そこで俺たちはステージ前の観客席を離れて出店の方に出たところで、聖香を呼び止める声がした。先ほどステージにいたあのピアノちゃんたち二人がそこにいた。
そこで互いに互いの歌を絶賛しているのを俺と愛菜は隣で見ていたけれど、聖香があらためて二人と俺や愛菜に紹介してくれた。
「こちらが歌ってたピアノちゃん。さっき言ったけど、中学時代の友達」
「青凌高校の竹本です」
「で、こちらが」
「同じく青凌高の筒井です」
もう一人の子が自ら名乗った。先ほどは既視感を覚えた俺だったけれど、近くで見たら間違いなく初対面だ、当たり前だけど。
青凌高校は鉄道の駅の近くの高校だ。
「で、私たち、ステージの打ち上げがあるから、またね」
裕香はそう言うと、聖香やピアノちゃんら二人とともに、またステージ裏のテントの方へ行ってしまった。
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