第4部 帰省
1 故郷の町並み
相変わらず暑い日だったが俺は早朝から荷物を持ってバスに乗り、最寄駅から北へ三駅目でターミナル駅に着く。そこから新幹線で行くこともできるけれどそこは節約だ。
前のバイオ・フォトンの実験アルバイトで臨時収入があったけれど、同人誌即売会の軍資金になって消えていった。
このターミナル駅から実家の最寄り駅までは途中まで新幹線で行くなら一時間で行けるが、在来線でちんたら行くと二時間弱かかる。どっちみち途中で一度乗り換えるのは同じだ。新幹線での下車駅が在来線の終着駅なので、結局その先に行く電車に乗り換えなのだ。
思えば生まれてこの方、四カ月半も親元を離れたことはない。そんな初めての独り暮らしの後の初めての帰省だ。実家も四か月半ぶりである。なんだか複雑な気持ちだった。
大学では自分の高校時代が遠い昔のように思えていたけれど、その遠い昔に帰ろうとしている。まるでタイムマシンに乗って「あの頃」への旅に出るという感じさえする。
各駅停車に揺られること一時間十五分で、餃子で有名な県庁所在地の駅に着く。乗り換え時間わずか四分でその先に行く電車に乗り換え、さらに十五分くらいで実家の最寄り駅に着く。小さな田舎の駅だ。かなり昔の有名アニメのセリフじゃないけれど、何もかもが皆懐かしい。
帰省のことを佐久間や池田たち友人に言うと、「『都会の大学さ行っだ山下んちの康生ぼんぼんが帰って来んべえ』とか言って、村中の人が旗や
今日、大学の一限の講義があるときより少し早く八時過ぎにアパートを出たのは、なんとしても十時四十分のバスに乗らなければならなかったからだ。なにしろ田舎でバスの本数も少なく、それを逃したら次のバスは夕方の四時近くまでないのだ。
電車の到着からバスの発車まで五分、次の電車だともう乗れない。
そしてバスに揺られること十五分ほどで、俺の家がある集落に着いた。
さくら川
暑い中、蝉の大合唱を聴きながら実家へと向かう。でも、心なしか都会よりも涼しかった。そして何よりも、人がいない。
結構家も密集している集落なのに人通りもなく、車もほとんど走っていない。都会の中でも大学や俺のアパート近辺は落ち着いた町で都心の人たちからは田舎扱いされているけれど、それでもやはりここに比べたらはるかに人は多いし車も多い。
バスに乗ってきた方へと少し戻る形で歩くと、丁字路にぶつかる。左の方からバスは来てこの丁字路を右に曲がったのだが、俺はバスが来た方角とは反対の右へと曲がった。丁字路の突き当りには「鬼刃」という名前のラーメン屋があって、高校時代には隣のクラスのラーメン大好きな伊藤佳代子に連れられてよくここにラーメン食べに来たなあと思いだす。佳代子はどこの大学に行ったのだったっけ?
そんなことを考えながら、実家までまだ五分ほど歩かなければならなかった。
実は今歩いているこの道が江戸時代の五街道の一つの奥州街道の旧道で、この集落はその宿場町だったという。
「あ、お兄ちゃん!
汗を拭きながらやっとたどり着いた実家の玄関のベルを鳴らすと、出てきたのは妹の
「おお、ただいま。しばらく会わないうちに美人になったなあ」
美羽ももう高校二年。最後に会った一年生の最後の時からわずか四か月半しかたっていないのに、一年生と二年生では女子はこうも成長するものかと思う。
「あらあら、お帰りなさい」
昔は俺が帰宅して挨拶しても、中から声だけの挨拶が帰ってきたおふくろも、今日ばかりはわざわざ玄関まで出迎えに出てくれた。
「ただいま。暑い!」
「ご苦労さんねえ。冷房きいてるよ。もうすぐお昼もできる」
俺はとりあえず荷物は玄関に置いたまま、居間のソファーに体を投げ出すように座った。すぐに美羽が冷えた麦茶を入れてくれる。
「あれ? 美羽ってこんなに気が利くやつだったっけ?」
俺が笑って言うと、美羽も照れて笑って俺の肩を軽く叩いた。
「もう」
「なんだか急に明るくなったねえ」
おふくろもうれしそうにしている。そしてすぐに居間と続いているダイニングルームに呼ばれた。昼は冷やし中華だった。
「どうなの。大学は?」
三人で食卓を囲むと、さっそくおふくろの質問攻めだ。俺はなるべく心配をかけないようにと、楽しくうまくやっている様子を誇張して話した。もちろん、それほど嘘を言う必要もなく、ありのままを伝えてもその意図はすぐに伝わった。
「いいな、私も早く大学行きたい」
美羽も麺をすすってから、そう言って笑う。
「その前に受験だよな。志望校、決まったんか?」
「まだ早いよ」
「早いに越したことないぜ」
「じゃあ、お兄ちゃんと同じ大学に行く」
「言うのは簡単だけど、共通テストと二次試験とあるぜ。共テもめっちゃ科目多いからな」
「お兄ちゃんができたんなら、大丈夫かも」
「それ、どういう意味だよ?」
俺は笑ってまた麺をすする。そんな俺たち兄弟の様子を、おふくろもまた麺をすすりながらほほえましく見ていた。
食事が終わるとお袋はさっさと食器をかたずけてくれる。
「洗濯物があるんなら、出しといてね」
そしてキッチンから言う。おふくろといい美羽といい、どうも俺に過剰サービスのような気がする。この家に住んでいたころは、こんなにちやほやされていなかったけど。
しばらくキッチンに立つおふくろの背中と会話した後、俺は荷物を持って二階の自室に上がる。するとなんと美羽までついてくる。俺が荷物を整理する間もそばに座って、ああでもないこうでもないと話を続ける。
部屋の中は俺がいたころと変わっていないけれど、下宿のアパートに持って行ったものの分だけ物が少ない。壁に貼ってあったアニメのポスターなども、今アパートの部屋の壁に貼っている分ははがされたままだ。
本棚も、やはり下宿に持って行くのを断念したものだけがここには残されていた。
俺はベッドに腰掛け、部屋を見回して一つため息をついた。
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