第3部 逆三角城

1 戦士たち

 皆が皆同じ方向へ進む。おびただしい数の群衆だ。

 いや、彼らは群衆ではない。訓練された戦士である。同じ方向へ進むのは当然で、進む先はもちろん戦場だ。

 そう、いくつもの通路のある門を抜ければ、もう戦場は近い。少なくとももう日常の場ではないことは事実だ。

 押し合い、ひしめき合い、大軍はゆっくりと進む。まだ日も昇りきっていない早朝、それでももう多くの人々の熱気で、蒸し暑さは急上昇している。

 気をしっかり持たなければ、戦場に着く前に暑さでやられてしまう。

 周りのおびただしい人々は皆、自分と同じ臭いをしている。当然だ。互いに会話をすることもなく黙々と歩いているけれど、心の中は同じものを見、同じ方向を目指す同じ志を持つものだ。


 だが大軍は、ずっと進めるわけではない。

 いちばん過酷な「待機」という試練が待っている。次第に昇りくる太陽と急上昇する気温、湿気、熱気。

 人々は皆、肩と肩が触れ合っている。肩と肩だけならいいが、それぞれの鎧から出たじっとりと汗に濡れた裸の腕が触れ合って少々不快感もあるが、それが憎悪にはならない。

 仲間だからだ。

 そんな状態が一時間、二時間、三時間と続く。ごくたまには耐えられずに、戦場を目前にして倒れてしまうものもいる。

 そんな時は周りの戦士がすぐに救助に入り、やがて衛生兵が数人駆けてきて、すでに設けられている白いテントへと運ぶ。

 そのあとは、皆何ごともなかったように、期待とともにただ立ち続ける。


 そしてようやく、時を告げる大音声おんじょうが巨大なラッパから響く。それはまるで進軍を告げるファンファーレのようだ。だからといって、軍勢は駆け足で突進したりすることはない。

 ゆっくり、ゆっくりと前進を始めた大軍は秩序正しく行軍を続ける。

 そして行く手に立ちふさがるようにそびえる砦を、我われはようやく目にするのだ。

 最初はまだそれは遠い。

 だけども確実に、それは近づいてくる。いや、それは動きはしない。我われが近づいて行っているのだ。だが、次第に巨大化するその砦は、まるで向こうから我われに威圧的に向かってきているようにも感じる。

 ものすごく巨大な、天まで届くかと思えるようなその砦が我われの行く手にどっしりとそびえて立ちふさがり、我われが息をのんでそれを見上げるまでまたかなりの時間を要した。

 大きな下向きの巨大四角推が手前に二つ、その向こう側に二つ、合計四つが空中にそびえて、それぞれの三角形の下向きの頂点から巨大な柱が四本、地上まで延びている。そんな四つの連なった下向きの四角推を支える逆三角城がもう目の前だ。


 だが、まだ試練は多い。砦まで届く巨大な石段の前には砦から出てきた多くの衛兵がいて、我われの行軍を阻むかのように立っている。

 我われはひるまない。そのような衛兵は物の数ではない。

 我われは各自が腕に装着しているブレスレット型の武器を向ければ、衛兵たちは何の抵抗もなく我われが通るのを看過するしかないことを我われは知っている。

 ごくまれにそのブレスレット型武器を持たぬものは衛兵とそこで戦闘となるが、必ず負けて戦場を目前に散るしかない。


 衛兵を過ごした大軍はゆっくりと、広い幅の巨大な石段を一歩一歩昇る。

 誰もが黙々と歩んでいるため、戦士たちの石段を踏みしめる足音が規則正しく朝の空に響く。

 その石段の上には逆三角城は威容を誇ってそびえ立ち、すべてを見おろしている。まるで山のようだ。

 折しもその砦の向こうからちょうど太陽が光を放って我われを照らし、大軍はその太陽に向かって進む形だ。


 一歩、また一歩、逆三角城に向かって石段を昇って進軍する戦士たちの姿が、そこにある。


 石段を昇りきると、そこはもう完全に異世界であった。

 そして戦場も近い。

 右手の谷間を見ると、天界から落下した巨大のこぎりが深々と地面に刺さっている。

 超太古の天空におけるオルデンブルグの闘いの折に地上に落下したものだという。地表に突き刺さった際に、地表が切り刻まれた痕跡も残っている。

 あまりにも巨大だ。

 深い谷の底にほとんど根元の赤い取っ手の際まで地面に突き刺さっているにもかかわらず、その取っ手の上は谷の上の人々が見上げるほどの高さだ。このような巨大のこぎりを使って戦った巨神の大きさも推し量れる。


 もはやここからは大軍は秩序を乱し、ばらばらに散開して戦場へと向かう。

 しかし、決して走って突撃する者はいない。そんなことをしたらたちまち敵の砲撃を受けることは分かっているからだ。

 軍列は崩しても、やはりひしめき合って戦士たちは戦場へと向かう。


 異世界である証拠に、戦士たちに交じって異形の存在が群れていたりする。

 エルフや獣人ばかりではない、勇者のいでたちの者、魔王もいる。明らかに悪魔と思える者たちも多い。

 左下の谷底の庭園では、それらを囲んであるいは列をなして順番に、異形の者たちに太くて短い筒を向ける戦士もおびただしい。でも、そんな光景を横目で見るだけで、ひたすら戦場を目指す戦士たちもまた、かなりの数にのぼる。

 逆三角城の下をくぐる。もはや抵抗する者はいない。とにかく今は、戦場を目指すだけだ。


 もう日はかなり高くまで昇っていた。


   ※   ※   ※


 俺は「帰ってきた」と思った。

 この異世界とも思われる現実リアルとは離れた空間の、おびただしい戦士オタクたちの行きかう中に立つとなぜか心が温かくなるのだ。

 人々の間に混ざってところどころに見えるレイヤーさんたちの姿が、まさしく異世界観を高揚させる。

 一年ぶりだ。

 冬はさすがに受験直前の受験生だったので、無念ながらも一回パスした。

 そして大学生になって晴れて一年ぶりに参戦する大規模同人誌即売会。

 背中にはまだ今は空のリュック、そして首に回したタオル。手には早速自動販売機で買ったこの会場特製のアニメキャラのデザインされたペットボトル。

 俺は必ずこれを持ち帰って、自分の部屋の棚の上に並べている。一つ一つが思い出だ。

 会場のシンボルともいえる空中に浮かぶ巨大な逆三角形の会議棟の下を抜けて、まずは東ホールへと向かう。今年は東西のみならず、南ホールもフルに使っている。

 俺がまだここに来だす前、例の感染症が猛威を振るっていた時は何度か中止になったし、再開後も入場券の抽選による予約購入など入場規制があったり規模が縮小されたりでいろいろあったようだけど、俺が高校に入ってこの楽しみを知ったころにはもう元の規模にもどりつつあった。

 暑さは容赦なく襲ってくる。建物内は一応冷房が入っているはずだが、それがほとんど効果を失っていることは俺も知っている。

 とにかく同人誌即売が先だ。企業ブースは最後にとっておく。企業ブースはまた全然雰囲気が違うし、そのホールだけやたら冷房が強いことも知っているので、最後に涼みに行こうと思う。

 とにかく一人で来ただけに、どこに行こうとすべて自由である。


 俺は人の流れに乗って、東ホールへと足を踏み入れた。

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