6 科学迷信
思いもかけないことで、俺は二万円もの臨時収入を得た。
昨日、あの研究所から帰るとき、篠原さんは玄関近くの台所で次の実験に使うキュウリを切ってもう準備を始めていた。俺たちは若い女性の研究員からこの謝礼封筒を受け取ったのだった。
篠原さんは手に包丁を持ったまま笑顔で玄関まで俺たちを見送ってくれたが、いくら何でも包丁は置いてきてほしいと思った。そのままあの包丁でずぶっと俺たちを指すのも可能な状況だったけど、篠原さんが俺たちを刺すメリットも俺たちが刺される理由もないのでそんなことはあり得なかったのだけど、なんだかなあって感じだった。篠原さんにしてはついうっかり包丁を置いてくるのを忘れたってところだろうけど。
そんな他愛のないことを思い出しながら、また俺はアパートの部屋でうだうだしていた。
サークルにでも入っていたらもっと張り合いのある毎日だったかもしれないけれど、それもない。まずは体育系サークルは絶対パスだが、高校と違って文化系サークルも多いので一通り見てみたけれど食指が動くサークルは一つもなかった。
結局高校で帰宅部だったのを引き継ぐ形で、大学でも帰宅サークルとなった。
従ってまた退屈な夏休みの日々だけど、大規模同人誌即売会はもうすぐだ。それが終わったら少し帰省する。
そんなことを考えていたら、またスマホが震えた。
また研究所の篠原さんからだった。二回目の実験の結果が出たという。
「いやもう二回とも同じような結果でしたから、機械の故障じゃないですよ。こんな方たちは初めてです」
なんだか篠原さんは、かなり興奮しているようだった。
それで、非公式ではあるけれど今回の実験の個人データを渡すので、暇なときに研究所に寄ってほしいと言われた。暇なときといわれても、今の俺には暇な時しかない。
そこでチャコとも連絡を取って、次の日に二人でまた研究所に向かった。
「これがお二人の結果の分析速報です」
一枚のぺらぺらなA4の紙には二回分の実験のキュウリ写真があった。左側は普通に写したもの、右側は測定器の画像のようだが、それぞれ対象サンプルと実験サンプルが並べられており、たしかに実験サンプルのキュウリは黄色く光っている。
その下の表には「発光強度」やP値、差とか比とかの言葉と数字が並んでいたけれど、おそらく説明されても何のことかわからないだろうと思う。
ただ、篠原さんが指さしたのは、一番右の「比の対数(J値)」という欄だった。ここが前回の実験の時にも言っていた数字だろう。確かに俺は0.287と書いてある。
「これはすごい数字なんですよ。実は0.2以上でしたらA級ヒーラーと名乗ってヒーリングを仕事にしてもいいくらいですよ。実はですね、実際にヒーリングを有料で行っている人もここで実験したことがあるんですが、そんな人でも0.05くらいしかJ値がなかった人もいますからね」
篠原さんは苦笑した。それじゃ詐欺じゃないかと俺は一瞬思ったけれど、その人は能力がないのを隠して金銭を騙し取ったというよりは、自分には能力があると信じ込んでいたのかもしれないから一概に詐欺とは言えないかもしれないと思って何も言わずにいた。
「この紙はお持ち帰りになって結構です。またもし何かありましたら、お声かけさせていただくかもしれんせんけど」
「はあ」
俺たちはとりあえずその紙を受け取った。
「お二人に関してはちょっと微妙なところがありましてね。前にベテランと未経験者の二つのグループで実験をするって言いましたよね。で、お二人は未経験者のグループに入っているんですけど、数値的にベテランのグループをもはるかにしのいでしまっていますからどういう扱いにしていいか、ちょっと悩んでいます」
困ったように篠原さんは笑ったけれど、すぐに付け足した。
「あの、お二人がどうのこうのということではありませんから、別に責任は感じないでくださいね」
「それはだいじょうぶですけれど、この研究会ってほかにどんな研究をしているのですか?」
せっかく来たのだからと、俺は思い切って聞いてみた。
「私どもの研究機構はですね、現代科学をもってしてもまだ解明されていない科学、医学、環境などの分野を解明するために実験と研究を進めているんですよ。これまでの科学技術は主に物質世界を研究対象にしてきましたよね。でもそれだけではとても説明できそうにない現象が現実に存在しているじゃないですか。ですから我われはその未知な現象をあくまで科学的実証に基づいて解明していくことを目指しているんです」
たしかに趣旨は理解できるけれど、それについて俺はどうこうコメントできる立場ではない。
「おもしろそうですね。私、そういうのに興味があるんです」
俺よりも先に、チャコが答えた。妙に目を輝かせている。それを見て篠原さんもうれしそうな顔をした。
「いろいろオカルトブームとかスピリチュアルなことが流行ってますけど、でもそれはそれ、科学は科学って感じですものね」
「そうでしょう。実際に催眠、瞑想、気功、ヨガや気とかハンドパワー・ヒーリング、そして超能力等による治療の効果はあるんです。でも、今までの科学では『そんなものは科学で立証できないから科学的ではない、迷信だ』で片づけてしまっています。霊の世界についてもそうです。でも、考え方を変えたら、『科学で証明できないから霊はない』のではなく、今の科学は霊の存在も証明できない幼稚な科学であるってことでしょう? それは科学じゃなくって仮という字を書く
篠原さんの話には、だいぶ熱が入ってきていた。
「ですから、我われは物質科学では限界があって証明できすにいることを、新しい科学で科学的に実証しようとしているわけです。いずれパソコンやスマホの画面越しに、霊界にいる亡くなった方と自由にお話ができる時も来るかもしれませんよ、科学の力で」
「物質科学ではない真の科学、本当の科学、それが地球を救うんですか?」
チャコの問いに篠原さんは少し落ち着いて、そして微笑んだ。
「そうですね。でも、地球自体が科学ですよ。自然界の科学、宇宙の科学とでも言いましょうかね。天体の運行に関しても
その時、玄関のチャイムが鳴った。
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