8 パワースポットへ

 夜は先程の言葉通り、俺たちが部屋に引き揚げると先生は俺たちを放置して、家族との酒宴が始まっていた。


 そして翌日は朝食をとるとすぐに出発だった。


 先生のご家族に丁重に礼を言って、その見送りを受けながら俺たちを乗せた先生の車は一路俺たちの住む町へと向かう……はずだった。


 だが先生は、せっかく来たのだが少し寄り道していこうと言い出した。


 まずは国道を、来た時とは逆に東へと向かった。

 すぐにあの樹海を一望に見下ろしながら走る高架線の上だ。

 一度見た同じ景色でも方向が逆だと違って見えるから不思議だ。


 やがて高架線も終わってまた密林の中を国道は進み、先生の家を出てからまだ七分くらいしか走っていない頃に割と広い駐車場が右手に見えた。


「ここが観光地で有名な風穴ふうけつの駐車場なんだけど、そこは人も多いからパスね。しかも、この駐車場から十五分くらい歩くし」


 先生はそう言って車をその駐車場に入れず、ちょうどその場所から左へ折れる県道へ入った。

 道の入り口の標識では、この県道の先に湖があるようだ。五つの湖のうちの西から三つ目だという。


「昨日行ったところよりも少し大きい湖だよ」


「その湖に行くんですか?」


 後部座席の俺の隣の悟が聞いた。今日は助手席には島村先輩が座っている。


「いや、その途中に洞穴どうけつがある。小さな洞穴なんだけど観光地化していないし、パワースポットでもあるんだ」


 県道を走りながら先生が説明しているうちに車はすぐに県道からも離れて右に折れて、かろうじて舗装しているような狭い道に入った。


 そして走ることわずか一分で、車が一、二台路上駐車しているところがあった。先生の車もその近くに、通行するほかの車の邪魔にならないようなところに停車した。


「ここからは歩きだ。すぐそこだけど」


 そう言いながらも先生が入っていくのは、樹海の密林の中だ。

 でも、一応歩道はあって、しかもちゃんと洞穴に行く道である標識はあった。この道から外れさえしなければ、原生林の中に足を踏み入れたことにはならない。


 道は舗装などしてはいない。

 ところどころ人為的に石が敷かれていたりするけれど基本的には土の道で、道と森との境界もあいまいだ。

 木の根が盛り上がっているところもかなりあって、それを踏み越えて進む。下の土は溶岩が固まった地盤なので、根が浮き出ていると先生は言った。


 歩きながら、俺はなんだか寒気を感じた。

 もちろん気温は森の中といってもさほど寒いわけではなく、木々の上からは真夏の太陽が容赦なく降り注いでいる。

 昨日、先生から聞いたばかりの知識だが、どうも俺の霊体が寒気を感じているのかもしれない。


「先生」


 俺は前を歩いている先生の背中に話しかけた。


「この森、大丈夫ですか?」


 先生は歩きながら振り向いた、


「どうした?」


「寒気がするんです」


 先生は立ち止まって、辺りを見回していた。


「まあ、たしかに樹海だからなあ」


 なんだか気味の悪い言葉だけど、それを言った先生は微笑んでいる。


 そして先生も立ち止まって、あたりを見回している。続く島村先輩も同じようにしていた。


「結構いますね。こんな時チャコがいてくれたらもっとはっきりわかるのに……」


 俺はその島村先輩の言葉に「ん?」という感じだった。


「チャコが?」


「そう、チャコには」


 島村先輩が俺の方を振り向いた。


「霊や妖魔が見えるんだよ」


 悟はとそれを聞いて特に驚いた様子は見せていなかったので、前から知っていたようだ。

 そういえば、あの部室に集まる人々はみんな何かしらの異能力を持っていると先輩は言ってたな。

 霊が見えるというのが、チャコの異能なのか。


「でも僕も、見えないけれど感じることならできる」


 島村先輩がそういう間も、先生は辺りを見回し続けていた。もしかして先生にも感じられるのだろうか?


「いるな、ずいぶん」


 先生は言う。


「地縛霊だな。でも妖魔ではない。我われに敵意は持っていないようだから、襲ってくることはないだろう。ただ、」


「ただ?」


「救いを求めている波動は感じる」


 そういえば先生は昨日、自殺したら地獄に落ちるか地縛霊になると言っていた。


「この樹海って、自殺の名所なんですよね」


 俺がそう言うと、先生は少し笑った。


「それは昔のことで、今はそうでもない。かなり開発されて観光地化されているからね。でも、昔に自殺した方々の霊は、だからといっていなくなるわけではない。樹海の中はかなりの数だろう」


「でもそんな中を歩いて。大丈夫なんですか?」


 はっきり言って俺は恐い。でも、先生や島村先輩にはそんな様子はない。むしろ笑っている。


「大丈夫。こちらが明るい陽の気でいれば、霊たちと波調を合わせなければ彼らは何もできない。近寄ってくることすらできない」


「波調?」


「波調の『ちょう』は『長い』じゃなくて『調べる』という字。それで波調、ただし、国語の漢字テストではそれは書かないように」


 先生はまだ冗談めかして笑っている。それから、少しだけ真顔になった。


「大事なのは霊と霊は交流するということだ。肉体を持っているとか持っていないとかは関係ない」


 また昨日のような難しい話が始まるのかなと俺は身構えていると、また先生は笑った。


「そう怖い顔しないで。要は肉体を持った人も原子核の集合体である例も、みんな振動波を発振している。それを波動っていうんだ。波動には周波数・波長・波形・振幅というものがある。電波と一緒だよ」


 なるほど、電波。


「テレビも携帯の電波とかWi-Fiとかも振動波だろ? テレビも周波数が合えば見えるし、スマホも電波をキャッチできる。でもみんな肉眼では見えないよね。でも見えないからないかというと、ちゃんと存在するからテレビは映るしスマホやパソコンも見られる。見えもしないし感じもしない電波があちこちに飛び交っている」


「たしかに、ここにWi-Fiが飛んでいるかどうかなんて、目で見えたら便利ですけどね」


「それな」


 俺が言うと先輩や悟も笑った。

 先生も笑っていた。


「でも、見えない。同じように人や霊が発振する波動も目には見えない。でもそれが、我われにも大きく影響してるんだ。例えば何でもかんでも細かいことを心配する人は、先亡霊、つまり現界に残してきたことばかり心配ばかりしている霊の波調と合うんだよ。そうすると、陰気なくよくよしている霊の波調が間断なく入ってくる。そして、その人はますます心配症になって不眠症やノイローゼになったりする人もたくさんいる」


「つまり、自分が出した波調と同じ波調が入ってくるってことですね」


 島村先輩が言う。


「そう。だから明るい想念、明るい波動を出していれば、陰気な例は近寄ってこれない。もしそれが邪悪な妖魔で我われに危害を加えようとしても、波調が合わなければ向こうは手出しはできない。だから、大丈夫なんだよ」


「だから、病院でも重体の人は親族でさえ面会謝絶にするんですよね」


 悟が聞く。先生はうなずく。


「そうだね。それを意識してかどうかは別にしても、親族はどうしても心配の波動を送ってしまうからね。それがかえって病気を悪くしてしまう。でも、そういった心配の波動を出す親族はシャットアウトして、医師や看護師などの医療スタッフだけで治療に当たる。彼らは仕事として、給金をもらって治療に当たっているわけで病人を心底から心配していない。でも、かえってそれがいいんだ。その方が治療の効果が高くなって病気はよくなってしまう」


 納得する半面、不思議な話だなあと俺は思った。

 これまでは霊というと恐怖の対象でしかなかったけれど、自分たちと同じ中性子と陽子が合体した原子核の集まりなんだ。その原子核の周りを電子が回っているか回っていないかの違いだけなんだと、そう思うと親近感さえ湧いてきた。

 でもそれは目には見えないからで、もし見えたりしたらやはり気持ち悪いだろうなと俺は思っていた。


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