4 ここだけの話(2)

 とにかくすごい量の情報が入って来たので、頭の中を整理する必要が出てきた。そして俺がぶつぶつと先生の話を反復している様子を見て、先生は笑った。


「何もそんな無理して覚えなくてもいいよ、試験には出ないから。いや、出しようがないから」


 たしかに、授業では話せないここだけの話ということで先生はしゃべっているのだから、試験に出るわけがない。


 とにかく、原子核の周りを電子が回る原子が集まって分子ができ、さらにその分子が集まって細胞となって、そしてその細胞が集まったのがこの肉体……。

 そして、電子が回っていない原子核だけの集まりの分子もあって、それが集まった細部が霊細胞、その集合体が霊体で、それは肉体とピタッと重なっている。

 つまり、この肉体には同形の霊体が重なっているということなのか……。


「俺たちの体は、こんな二重の構造になっているんですか?」


 俺は聞いてみた。


「厳密には三重なんだけどな。霊体はヨガではコーザル体とかメンタル体とかいろいろ言っているようだけど、それと肉体をつなぐ働きをする幽体というのもあってアストラル体とかエーテル体とか呼ばれている」


「ああ、あの幽体離脱とかいうあの幽体ですね」


 悟もうなずいてそう言った。


「そうだね。つまりは三重構造なんだ」


「そして霊体の奥には魂がある。魂は脳の中央とへそ下の腹部の二カ所に宿っている、この魂こそが人間の本質なんだ」


「また話がややこしくなってきましたね。でも先生が覚えなくていいって言ってくれたので気が楽です」


 俺が言うと先生はまた笑った。


「頭で知識として暗記しても意味ないからね。それよりもはらに落とせ。下腹部に魂がある。だから頭で覚えるのではなくて魂に刻め」


 またなんか難しいことを言いだした。俺たちは黙るしかなかった。


「つまり簡単に言うと」


 島村先輩が沈黙を破った。


「電子を持たない原子核が集まった霊細胞の集合体が霊体で、肉体と重なっているということですね」


「そう。電子を持っていないから物質化していない。だから肉眼には見えない。それが霊なんだ。電子というのは、原子核を物質化させる働きだからね」


「電子が流れて電流になるのではないのですか?」


「電流は中性子の流れだよ。こんなこと、ほかの理科の先生が聞いたら目を引ん剥くだろうけどね。もしテストに出たら、電流が中性子の流れなんて書いちゃだめだよ、バツになるから」


 先生は少し笑った。


「じゃあ、さっき言った幽体離脱すると肉体は死ぬんですか?」


 悟が聞く。


「幽体が離れたら同時に霊体も離れる。それが死だ。死ぬと残された肉体は魂や霊・幽体がないただの空っぽの殻だよ。だから遺体のことを亡骸なきがらっていうだろ?」


「なるほど」


 島村先輩が声を挙げる。


「蝉が脱皮するときはその殻を残すだろう? それが亡骸なきがらだよ。じゃあ蝉は消えたのかというと、ブーンと飛んで木にとまってミンミン鳴いている。同じように、肉体は死んでも魂は生きている」


「それが幽霊ですか?」


 今度は俺が聞く。


「普通は肉体から離れた魂と霊体は幽界という異世界に転生する。でも時々が強かったり執着が強かったりしてあちらに行かない、一般的な言葉でいうと成仏できない魂もいて、そういうのが幽霊となるんだ。そして自殺した人などの魂は地縛霊となる。さらには生きている人に危害を加えるようになったりして妖魔と化すものも多い。妖魔とはそういったものばかりでなく、幽界で地獄に落ちて、その地獄を勝手に抜け出してきて妖魔となったり、動物霊が妖魔化したのもいる」


 これが妖魔の正体だったのか……。

 妖魔は妖怪でも悪魔でもない、元は人間だとたしかに島村先輩も言っていた。


「そうそう、成仏といえばね」


 先生の話のペースは速い。


「『死ねば仏』なんていうように亡くなった人をホトケさんなんっていうけれど、勘違いしないようにね。これは生きている間にはぴったり重なっていた肉体と霊・幽体が肉体からホドケるからホドケさん、それが仏さんになったんだ。仏陀という意味の仏様ではない」


 今はあんまり亡くなった人を仏さんとは言わないけれど、そういえばテレビの刑事ものなんかのドラマで、遺体のことを刑事さんが仏さんと呼んでいたのを聞いたことがあるような気がする。


「仏陀というのはサンスクリット語で『ブッダ』のこと。智恵の完成者、覚醒者、いわば高次元のサトリを開いた存在という意味。普通の人が死んでいきなりそんな覚醒者になるはずないよね。仏陀のぶつほとけというのが同じ漢字だから混同しちゃったんだね」


 まあ、一応なるほどなあと思う。


「それともうひとつ、興味深い話があるよ」


 もう、何だろうという感じで膝を乗り出す気持ちになった俺だった。

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