3 ここだけの話(1)

 いよいよ「ここだけの話」になるのかと、好奇心で俺は先生の話に耳を傾けていた。


「真空に『智・情・意』が充満しているだけでなくて、中性子や陽子にも『意』がある。中性子には『意識』があって感情があり、陽子には『意志』があって愛がある」


「え? そんな話、聞いたことがないです。中性子や陽子に感情があるなんて」


 そう言う島村先輩だけでなく、俺とて陽子に愛があるなんて、ロマンチックだけどもなんとも話に違和感半端ない。


「たしかに、授業ではこういうことは言えない。さらに陽子や中性子は何からできているのか……そこまでは授業でもさらに細かい素粒子、つまりクォークというものでできているとあったよね」


 あったよねと言われても、俺にとってはあまり記憶がないけど……


「授業では、クォークはもうこれ以上分解できないと教えているけれどそれは嘘で、実際はもっともっと極微の実相界がある。それが『幽子』で、さらには玄関の玄の字を書く『玄子げんし』そしてまぼろしという字の『幻子げんし』の世界まである。そういったものが単に塊として集まってクォークとなり、中性子や陽子となっているわけではない。みんな波動の回転なんだ。エネルギーそのものなんだ。そして中性子と陽子も回転運動をしている。でも、今の科学ではそこまで行きついていない」


 たしかに理科教師の口から聞くにしては、意外な言葉だった。


「それはなぜか。今の科学は目に見える現象、人間の五感で感知できるものだけで成り立っているからね。でもね、やがてそのような真空の世界にも研究は進むだろう。そうなるとどのようなことが起こるか」


「どういうことが起こるんですか?」


 悟が先生の次の言葉を待ちきれない様子だ。


「アインシュタインは『宇宙に意思あり』と断言し、またさっき言った中間子を発見して日本人で初めてノーベル物理学賞を受賞した湯川博士も、『科学は宇宙のある絶対のものとつながっていることを否定し得ない。これ以上のことは科学者の立場では言えない』と言っている。またそれを『サムシング・グレート』と表現した遺伝子工学の学者もいる」


「つまりそれが霊界とか、高次元生命体というものですか?」


 悟が質問した。


「そういう言い方もできるね。いずれにしても、超一流科学者はみんな霊の世界に行きつく。やがて霊界という高次元世界も、科学の力で解明できる日が来るよ。実際イギリスでは心霊科学という科学分野も成立しているし、昔のソ連ではそういったものの研究に国家予算までつぎ込んでいた」


「先生のお話だと、霊の世界や超高次元の存在に行きつかない科学者は超一流ではないということですね」


 悟がやけに熱心だ。


「そう。二流、三流の科学者ほど、霊の世界やオカルト的なものを科学的ではないと否定する。いいかい、科学で証明できないから『ない』のではなくて、そういったものを証明できない今の科学がまだ幼稚な科学といえるんじゃないか?」


 こうなるとたしかに、授業では言えない「ここだけの話」である。


「じゃあ、先生、回復魔法って何なのですか? そして、霊の正体とは?」


 俺がたまりかねて聞いた。本当はそういった話を聞くために設けた時間だったはずだ。


「ある図形がさっき説明した宇宙のエネルギーの受振や発振を行うことは実際にある。君たちが着けているバッジの紋様がそれなんだ。だからそのバッジをつけていると、体中の全原子核が受振した宇宙エネルギーを発振する。だから、対象に手のひらを向けると主に光子、つまりフォトンが放射されるという仕組みだ、これを生物物理学ではバイオフォトンと言っている」


 俺は思わず、自分の手のひらを見ていた。先生はそれを見て笑って、さらに続けた。


「さて、霊とは何であるか……」


 もったいぶってそこで言葉を切り、微笑んだまま先生は俺たち三人の顔をさっと見回した。


「いいか、原子核の周りに電子が一つ回っていたらそれは?」


 まずは俺に聞く。


「水素」


「じゃあ、4個」


 今度は悟だ。


「ヘリウム」


「9個」


「フッ素です」


 島村先輩も難なく答える。


「13」


 俺の番だ。やべえ。何だっけ? 俺がもじもじしていると、


「アルミカン」


 すかさず悟が横取りして答える。


「はあ?」


「アルミニウムだろ」


 島村先輩に突っ込まれて、悟はごまかし笑いで頭をかいていた。


「さて」


 先生は少し真顔になって、三人全体に向かって聞いた。


「じゃあ、ゼロだった場合は?」


 俺たちは顔を見合わせた。そんなこと、今まで考えたこともない。学校の授業でも、そのような考え方は示されなかったはずだ。


「じゃあ、ゼロっていうのをほかの言い方でいうと?」


「ほかの言い方?」


 俺が聞く。先生はにこりと笑う。


「日本語で」


「あ、れい!」


 悟が叫ぶ。先生はさらに聞く。


「零、だから?」


「零、零……あ、もしかしてあの霊?」


「そう、霊。これが霊の正体」


 なんだか言葉遊びをしているようにも感じるけど、先生は大まじめだ。


「つまり電子が周りをまわっていない原子核だけが集まってできているのが霊体だよ」


 俺たちはしばらくぽかんとしてしまった。


「仏教ではくうというよね。つまり『色即是空』っていうのは、物質と霊は表裏一体、同じものだということだ。それが今の坊さんにはわからなくなっている」


「確かに、宗教は何もわかっていない」


 悟がいつもの本分発揮だ。


「まあ、そう頭ごなしに押さえつけるのもどうかと思うけど」


「いや、寺の坊主に『くう』って何かって聞いてみても、『あると思えばない。ないと思えばあるような虚しいもの』とかいうあいまいな返事ですよ。おそらく言っている本人も分かっていないんじゃないかなって」


 急に熱が入りだした悟は置いといて、俺は先生に聞いてみた。


「だから霊は目に見えないんですか?」


「そうだね。特殊能力がある人以外には、基本的には見えないよね。でも、あちこちにふわふわ浮いている幽霊だけが霊ではない。我われもまた本質は霊であって、それが肉体の中に入っている。つまり、肉体と同体の霊体が重なっているのが我われなんだよ」


 自分もまた霊……どうもぴんと来ない。


「我われの肉体細胞の振動波は二百五十一・三キロヘルツ。そして原子核だけの集合体。つまり霊細胞の振動波は肉体と同じ二百五十一・三キロヘルツだ。だからピタッと重なっているんだよ」


「先生、ちょっと待ってください」


 俺は思わず先生の話を止めてしまっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る