5 ここだけの話(3)
最初は話が難しくてよくわからなかったけれど、なんだか急に先生の話もおもしろくなってきた。
「ひとが死んで霊体や幽体が肉体から離脱したら、肉体はただの抜け殻って言っただろ? でも、それはすぐに冷たくなって硬直し、やがて腐り始める。これってなんでだろうね?」
俺と悟は顔を見合わせて首をかしげた。
「今までそんなのは当たり前のこととして、その理由なんて考えたこともないです」
先生は笑った。
「そこまでちゃんと考えるのが科学的な態度だ。いいかい、肉体の大部分は何でできていると習った?」
「水……ですよね?」
悟が先に答えた。確かに人体は成人男性だとその約六割が水分からできていると、俺も小学生の時に習った。
「そう。水だ。つまり、肉体の本質は水だ。では原子核のみ集まった細胞の集合体、つまり霊体の本質は?」
島村先輩がちょっとだけ顔を伏せて、すぐに目を挙げた。
「肉体が水なら……霊体はもしかして火……とか?」
「ピンポン! 正解」
また先生はにこやかだ。
「火と水っていうのは性質が正反対だよね。その性質が正反対のものが結び合わされると、そこには生産力が生じる。例えば塩の『
「塩と砂糖なんて、あまり混ぜませんよ」
「いやいやいや」
悟の疑問に先生は笑いながら手を横に振った。
「例えば醤油、これは本質は塩分だ。その醤油と砂糖を合わせたらこりゃ絶品の調味料、和食には欠かせない味だよ」
「たしかに!」
いつも親父の分まで料理担当をしている俺だけが、感嘆の声を挙げた。
「そして男と女というのもそうだ。男女が結ばれるとそこに新しい命が生まれる。そして本質が火である霊体と本質が水である肉体が結ばれるとき、ヒトや生物は生きている。さっき言ったようにそれがホドケる時が死だ。で、さっきの話に戻るけど、肉体は死ねば硬くなるし冷たくなる。そして腐る」
三人はうなずいた。
「考えてみてごらん。スーパーで豚肉を買ってきて、冷蔵庫にも入れないでおいて置いたらもう二、三日で腐るよね」
「はい」
これも俺だけが実感を込めて言う。
「じゃあなんで、生きている豚の肉は腐らないんだ? 物質としては同じ豚の肉だよ。同じ細胞の集まりで同じ分子の集まりだよ。六割が水分なら、その水分は水素原子と酸素原子だろ? そのほかは大部分が炭素原子だ。つまり極端に言えば炭素原子と酸素原子と水素原子の集まりで、それは生きている豚の肉もスーパーで売っている豚肉も本質として変わらない」
「そう考えると不思議ですね」
悟が首をかしげる、島村先輩も言う。
「血液が流れているからですか?」
「それもある。もしこの質問が授業中に出たのだったら、理科の教師としてはこう答えるよ。生きているヒトや生物の肉体が腐らないのは、腐敗の原因の腐敗菌を人体の免疫システムが防御しているからで、生物が死んで血液の循環が止まると養分や酸素が行き渡らなくなって免疫システムが破壊されるからだってね。でも、ここからはこれもまたここだけの話なんだけどね」
俺たち三人は、また息をのむ。
「生きている肉体が腐らないのは、霊体が重なっているからだよ。霊体が抜けて死ぬと肉体はただの物質となって腐敗を始める。そして冷たくなって硬くなる。つまり、物質としての本来の姿に戻るからだね」
「生きている人は、本来の姿じゃないんですか?」
悟が聞く。先生はうなずく。
「あくまで物質としては、だ。もし人間の肉体がただの物質なら、なんで熱があるんだろう? 人間の体の中には発電機なんかない。なんで意志を持つと動くんだろう? それはね」
先生は一呼吸置く。俺たちは息をのむ。
「すべてが生きている肉体には霊体が入っているからだよ。で、霊体の本質は火と言ったよね。だから生きている人体には熱、つまり体温があるんだよ。霊体が抜けて死ぬと肉体本来の水の性質に戻るから冷たくなって固くなる。そして動かなくなる」
俺たち三人とも、話があまりにも唐突すぎてぼーっとしていた。
はっきり言って、普通に授業で習う内容さえもよく理解できていないのに、さらに授業では言えない話とか言われてももっとよくわからない。
そんな俺たちの様子を見て、先生はまた笑った。
「別の観点からになるけど、厳密にいうと霊体は火で実は幽体が水であって肉体は土ということもいえるけど、そこまで話すと話がややこしくなるから、その話はまた今後にとっておこう。それよりも」
先生は息を継いだ。
「特に最近来た康生君はまだよく呑み込めていないと思うけど、君が試して効果を得た回復魔法というのは、わかりやすく魔法と言っているけど実は魔法でも何でもない。さっき言ったようにこれは宇宙のエネルギーを集めて放射するわけで、その放射対象は霊体に対してなんだ。霊体に曇りがあると宇宙エネルギーがパワーとなってそれを修復する、すると肉体の不具合も治ってしまうというシステムだ。なにしろあくまで霊が主体で心は従、肉体は属しているにすぎない。いわば霊体が川上ならば肉体は川下で、川上の水を浄めれば川下の水も清くなるのと同じだよ」
「はあ」
俺がため息をついていると、階下から声がした。
「食事ですよ!」
いつの間にか祖とも薄暗くなっている。
ずいぶん長い時間、先生と話し込んでいたようだ。
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