4 先生の家族
先生の家に戻ると、もう夕食の準備がされていた。
婆様も歩いて登場した。
最初に会った時に車椅子などに乗っているからてっきり足が不自由で歩けないのかと思っていた。
だが、結構すたすた歩けるようだ。
廊下は自分で車椅子を操作してきたが、部屋の入り口で車いすから立ち上がって、自分の足で歩いて食卓に着いた。
普通このような田舎の古い民家だと畳の上に座って囲む食卓だけど、椅子に座って囲むテーブルが不似合にも畳の上にあった。
あまり足がじょうぶではない婆様のために、こうしたのかもしれない。
食事が始まる前に、先生父が小さな四角いお盆をもって別室に行った。
お盆の上はミニサイズの茶わんや皿、お椀、湯呑、猪口などが乗っており、ご飯や皿の上には今これから俺達が頂くことになるテーブルの上のご馳走が少しずつ盛られていた。
俺が不思議な顔をしていると、島村先輩が笑った。
「お仏壇へのお供えだろう」
「仏様に? なんかお肉とかお酒とかもありましたけど、精進料理じゃなくていいんですか?」
「あのね」
青木先生も笑っている。
「ご先祖様には普段我われが食べているものと全く同じものをお供えしなければいけないんだ。我われがこんなご馳走を頂いて、ご先祖様には水とご飯だけとか、精進料理とかじゃ申し訳ないだろ」
そんなものかなあと思う。
先生父はお盆を持ったまま階段を上がっていったので、仏間は二階なのかなと思う。
やがて二階の方から、おりんを二回鳴らす音がかすかに聞こえてきた。
「明日。お盆の法要があるから、みんなも参列してくれ」
先生がそんなことを言っているうちに先生父も戻ってきて、そこから始めて食事となった。
まずは乾杯だ。
今日は先生もビールのコップを上げていた。
キャンプの時はアルコールは我慢していた先生も、実家では話は別のようだ。
今、先生はプライベートで来ている。あのキャンプの時はあくまで部の合宿で先生は生徒引率という校務の一環だから、飲めなかったのだろう。
食事が始まると、主に先生父が話を盛り上げ、先生母もそれに同調して、先生がそれに加わる。
時々ぽつんと婆様も会話に入り、また島村先輩や悟は打ち解けて一緒に盛り上がったりしている。
俺は時々話を振られたときだけ受け答えをする程度で、あとは食事に専念していた。
食べきれないほどの肉料理や刺身、そしてサラダなどもある。
俺は例の添加物の話を詳しく先生から聞きたかったのだが、そのような話をするような雰囲気ではなかった。
「康生君だったかな、どんどん遠慮しないで」
先生父が料理を進める。
「うちは野菜もご飯も無農薬の有機農法のものだし、添加物のある調味料は使っていないから安心して」
先生父のその言葉に、ここに来る途中のサービスエリアでの先生の話を思い出した。
「この村はだね」
すぐに先生父の話題も変わった。
「今でこそ外の国道と道もつながっているし、車で外との行き来もできるようになっとうけど、江戸時代くらいまでは完全に外界とは遮断された自給自足の秘境の村だったそうだよ」
なんだか古典の時間に習った漢文の桃花源みたいだな。
「先生はこの村で生まれ育ったんですか?」
俺は先生に聞いてみた。
「そうだよ」
「じゃあ、あの学校は」
今日、夕方に三人で村の中を散策したときに見つけた原生林の囲まれたグランドの話をした。
「ああ、僕が通っていた小学校だ。今ではもう廃校になってるけど、建物は廃墟と化したまま今でもあるはずだ。富士山がきれいに見えただろう」
「はい。で、中学校もあったんですか?」
「ああ、中学校は歩いて三十分くらいだったけど、それももう廃校になっている」
「じゃあ、この村の子供たちは?」
先生父が話に入った。
「この村は、若い人はいにゃあ。だから子供もいにゃあ」
「さすがにこの村から通える高校はないから、自然と高校生になったら村を出ていく。そうして村には戻らない。僕もそうだったけどね」
「はあ」
「そうしたら若い人がどんどん減って、とうとう子供もいなくなった。だから小・中学校は廃校になったんだ」
「この村の名前はなんていうんですか?」
「青木村だよ」
先生父が代わって俺の問いにさらりと答えてくれた。
思った通りでもあるけれど、肩透かしのような気もした。
「この村の人たちは全員が青木って名字なんだ。そんなもんだから互いは屋号で呼び合ってけど、青木村なのはあたりまえだべえ? この青木村があるから、この周りの原生林を青木ヶ原っていうんだ」
「青木ヶ原にあるから青木村だともいうし、卵が先か鶏が先かの論争だけどもね」
先生がビールを傾けて笑う。
「何を言うか、青木村が先に決まってるべえ」
「実際に行政上は、この村の外までの範囲で別の地名が付いている。あの巨大遊園地があるあたりの湖の名前が町名で、その一部だ」
「そうだいねえ」
先生父はだいぶ飲んでいる。
「昔はもっと広い範囲が、とある村の名前で呼ばれてた」
「集落としての村ではなくて、行政上の町村の村」
先生がその父の説明を補足する。
「あいつらのせいで、その村の名前は日本一有名な村になってしまったけど、そんな不名誉な村名はやっと返上されて分割して今は別の町名になっとう」
あいつら……?
「あんときは」
黙って食事をしていた婆様も、口を開いた。
「日本中からその信者たちが集まって、もうこのへん一帯が乗っ取られたみたいだった。そんで警察は来るわ報道陣は来るわで、落ち着いて過ごせなかったべ」
「ああ。やっと事件が解決して教祖も逮捕されて、一斉にあの関係者がいなくなったときはみんなほっとしたべえ。やっとこのあたりに平和が戻って来たと」
そういえば、話には聞いたことがあるような気がする。
実は宗教団体という表向きの姿を隠れ蓑にしていたテロリスト集団が、都心で毒ガスをまいて多くの人を殺傷したという事件。日本中が連日大騒ぎとなったというその事件は、俺が生まれる前の話だ。
「あの連中の施設があったのも、ここから車で十二、三分のところだ。今はもう跡形もなくなってだだっ広い公園になっとうけど、そのいくつもあった巨大な施設はあとで警察が押収したら、実は宗教施設でもなんでもなく兵器工場のプラントだったことが判明しとう」
父に続いて先生も言う。
「僕もまだあの事件の時は生まれてなかったけどね。でも聞いた話では宗教団体をカモフラージュするために発泡スチロールで巨大な仏像とか作ってたらしいけど、その裏に隠されるようにプラントはあったそうだよ。明日の午後にでも、その跡地の公園に行ってみるかい?」
「いえ、だいじょうぶです」
悟が血相を変えた。
「そんな宗教絡みの事件の場所には行きたくないですね」
さすが宗教嫌いがブレないやつである。
ただ、悟は去年もここに来ているはずだから、去年はこの話は出なかったらしい。
「まあ、あの事件のせいで世間は、宗教というと伝統宗教まで含めて色眼鏡で見るようになってしまったからね」
結局この話はなくなった。
「じゃあ、明日は法要のあとは、景色のいいところに連れて行ってあげよう」
先生はそう言ってくれた。
食事のあと、俺たちは風呂をもらい、そして泊まる部屋でくつろいでいた。
先生が上がってきてくれたら例の話を聞こうかとも思ったけれど、先生はやはり久しぶりの家族との話に花が咲いているようで、結局は姿を見せなかった。
俺たちはさっさと寝ることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます