5 お盆の法事

 翌日は朝から、家の中が慌ただしかった。


「法要って、どこかお寺へ行くんですか? それともお墓参り?」


 俺は朝食の席で先生に聞いてみる。宗教嫌いの悟が行くのを嫌がったりしていないのが不思議だったからだ。


「お寺には行かない。この家でやるんだよ」


「じゃあ、坊さんを呼んで?」


「いや、坊さんも呼ばないし、お墓参りにも行かない」


「ご家族だけで?」


「そうだよ」


「?」


 坊さんもなしで法要なんてできるのだろうか?

 もしかしてこの家はお寺さんとは関係のない、例えば神式? いや、お盆ってそもそもお寺の行事だろう?

 クリスチャン? いや、もっとあり得ない。

 クリスチャンの人がお盆の法要なんてするわけないし……。


「まあ、始まってみたらわかるさ」


 悟もニコニコしている。


 そして始まった。

 先生母は台所で忙しそうだったけど、十時にはとりあえず作業をストップしていた。


「こんな普段着でいいんですか?」


 俺の問いに、先生もにこやかに言う。


「いいんだよ。誰かの新盆じゃないんだから」


 仏壇は二階だという。

 婆様の車椅子は先生がからで二階に持っていき、婆様自身は先生母が支える形でゆっくりと階段を昇っていた。


「お婆様もいらっしゃるし、お仏壇は一階じゃダメなんですか?」


 それをつぶやくように言うと、先生父は笑ってこっちを見た。


「いや、家の最上階じゃないとダメだよ」


 二階がある家でも一階にお仏壇がある家って結構ある気がするけど、まいっか。

 ただ、ダメだという根拠は何なのだろうと思って二階に上がると、仏間に通された。


 四畳半くらいの狭い和室で、本当にいるのは先生の家族と先生の生徒である俺ら三人の合計七人だけだ。

 婆様だけ車椅子に座ったままで、ほかはみんな畳の上の座布団の上に正座だ。


 昨日法要と聞いた時はどうせ坊さんが延々とわけのわからないお経をあげて、それから一人ずつお焼香でもしてという場面を想像していただけに、足のしびれは覚悟の上だ。

 でも、覚悟したからとて自信があるわけではない。


 そして仏壇を見て驚いた。


 かなり高いところにあるけれど、仏壇なのに仏像がない。

 中央には黒塗りに「青木家先祖代々之霊位」と金文字で書かれた大きな位牌が鎮座し、向かって右にひとまわり小振りな誰かの戒名が書かれた位牌があった。

 それだけである。

 あとは花瓶に入った生花だけ。


 ろうそくもない。故人の写真もない。線香立てもお線香もない。

 ろうそくはなくても、仏壇の上部に蛍光灯がつけられていて、仏壇内を明るく煌々と照らしている。

 位牌の後ろの仏壇の背面は一面に金紙が貼られていて、蛍光灯の光に明るく輝いていた。


 俺が驚いて突っ立って見ていると、先生がとりあえず座るように笑いながら促した。


「驚いているのもわかるよ。便宜上分かりやすく法要って言ったけれど、ここでの祖霊供養は宗教とは全く関係ない」


「でも、位牌は仏教のものなのですよね」


「そうは見えるけれど、仏教という宗教でのやり方ではないし、ほかの宗教でもない」


「では、何なのですか?」


「霊界の法則にのっとった供養だよ。そこには宗教は関係ないんだ。霊界には宗教はないからね」


 隣で悟もうなずいている。

 そういえば前に、悟も同じことを言っていた気がする。


 やがて先生母が、昨日の夕食の時に先生父が持っていたお供え用のお膳を持ってきた。

 上に乗っている料理にはまだ蓋がしてある。


 それを先生父が受け取って仏壇の前に供えた。

 そして先生父が仏壇の前に座ると、霊界の法則によるという儀式が始まった。


 まずは先生父が正座したままほとんどひれ伏す形で頭を下げ、ほかの人たちもそれに倣った。

 俺も見様見真似で同じようにした。


「天地開闢以来連綿として続いている青木恭平・則子家の総てのご先祖の皆様。ただいまよりお盆に当たりましての祖霊のお参りをさせていただきます」


 まずはそんな言葉から始まっていた。


「あらためてご案内申し上げます。中央『青木家先祖代々之霊位』と書かれましたお位牌は、私青木恭平のご先祖であらせられます青木家先祖代々の皆々様と、母青木鶴の実家の井上家の先祖代々の皆々様と、妻青木則子の実家吉田家の総てのご先祖の皆々様をお祀りするものでございます」


 さらに祈りは続く。


「常日頃、たくさんの御守護を我われ子孫一同に賜り、真にありがとうございます。まだまだ至らぬ点をお詫び申し上げます」


 なんか、亡くなった人への供養というよりも、今生きて目の前に生きている人に向かって語りかけているようだ。


 なんだかおもしろそうだなと、不謹慎ながら俺は感じてしまっていた。

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