2 食品添加物の害毒

 サービスエリアでトイレなどを済ませて飲み物などを買い、俺たちは土産物屋をのぞいたりしていた。

 いくつかの飲食店がフードコートになっており、建物の大部分はそういった店で買ったものを座って食べられる共用のテーブル席が並ぶエリアとなっている。


 さすがお盆とあってかなりの人ごみだったけれど、ようやく空席のあるテーブルを見つけて、俺たちはそこに陣取った。

 早速さっき買った缶の飲み物のステイオン・タブを引く。

 俺と先生はコーヒー、島村先輩は紅茶、悟は缶ジュースだった。


「ところでさっきの添加物の話ですけど」


 俺が車の中での話をさっそく持ち出した。

 先生は自分が飲んでいる缶コーヒーの、商品説明の部分を何気に見ていた。


「このコーヒーも結構添加物があるな。香料、乳化剤、安定剤、人工甘味料……」


 そして、俺の方に目を戻した。


「パンの場合も乳化剤が入ってる。グリセリン脂肪酸エステルなんかはあまりよくない。小麦粉改良剤の臭素酸カリウムなんかは発がん性があるってことで、使用が禁止されている国もあるくらいだよ。日本でも禁止されていたんだけど、最近ある有名メーカーが使用を再開した」


「え?」という顔をしたのは、俺も島村先輩も悟も同時だった。


「保存剤のソルビン酸も発がん性の疑いがある」


 さすが化学基礎を教えている理科の先生、薬品の名前をすらすらと言ってのける。もちろん俺はそんなのを一度聞いたからといって覚えられるものではない。あとの二人も多分そうだろう。


「でも、一応安全基準っていうのがあって、使用が認められているから使われているんでしょう?」


 俺が素朴な疑問をぶつけた。


「確かに微量だからとか、毒性が弱いからということで使用が許可されている場合もあるけれど、人体に取り入れられたそういった薬品は、排泄されずに体内に蓄積されることもあるんだ。それが怖い」


「添加物だけじゃなくって、毒の連鎖ってこともありますよね。先生が前におっしゃってた」


 島村先輩が口をはさんだ。先生は大きくうなずいた。


「康生君も食物連鎖って言葉は知っているだろう?」


「はい」


 例えば草を虫が食べ、その虫を小動物が食べ、その小動物を大型動物が食べるというあれのことだろう。


「でも植物だけじゃなくって、湖に化学薬品が散布されてそれをプランクトンが吸収したとするとだね、そのプランクトンの中では毒性は微々たるものなんだけど、それを草食魚が食べ、それを肉食魚が食べる、そうやって食物連鎖するうちに、毒性は二百倍、次に二千倍、最終的には十万倍にもなるっていう実験結果がアメリカで出ている。その終着点は?」


「人間……?」


 悟が恐る恐る言った。先生はうなずいた。

 俺は背筋が寒くなった。


「それと、食品添加物の話に戻るけど、一つ一つの添加物は無害だとしても、それが複合して体内に取り入れられたら、あるいは先に取り入れられて体内に蓄積されて滞留していたほかの添加物と合わさったら……」


「化学変化ってことですか?」


 島村先輩が聞く。先生はまたうなずく。


「その通り。どんな恐ろしい毒を持つようになるか、その辺の研究はほとんどされていない」


 三人とも黙ってしまった。


「毒物は添加物ばかりじゃなくて、野菜なら例えば農薬の残存もある」


 俺は恐る恐る口を開いた。


「じゃあ、何も食べられないじゃないですか」


「だいじょうぶ」


 先生は笑っている。


「君も実験によって身に着けた浄化魔法は、すべての毒気を消除する。その結果は君も身をもって体験しただろう?」


 たしかにパンはすぐに腐った。


「保存剤の毒性を消したのと同時に効力も消してしまったから、パワーをかけた方のパンが先に腐ったんだ。それが自然だよ。自然の状況に戻すんだ。これが本当の『自然に還れ』ってことだね」


「でも、もう体内に入って蓄積された毒物は?」


 先生はそういう俺を見てうなずいた。


「体にパワーを放射すればいい。そうしたら体内に滞留して硬化していた毒物は溶けて流れて、排泄される。回復魔法っていうけれど、けがとかは別としてそれ以外の体の不調はそうすることで解消する。病気を治すんじゃなくて病気をしない体にしてしまう。これが本当の意味での回復魔法だよ」


 理科の先生からこういった話を聞くと、説得力がある。

 だけども逆の違和感もある。

 パワーとか魔法などという言葉がどうにも理科の先生には不似合いのような気がするのだ。

 だが、そのことはどうも先生には遠慮があってこの時は聞けずにいた。


「さて、そろそろ行きますか」


 俺がその疑問を持ち出す前に、島村先輩が声をかけた。



 そしてそこを出発してからまた十分ほどで、今度は本当に山の下をくぐる長いトンネルをいくつか抜けた後、分岐点を経て本線から離れた支線の高速へと車は入っていった。

 周りはもうすっかり山だ。


 三十分くらい走ると観光地として有名な湖に出る。

 その高速の終点の手前で、あの朝日ヶ峰ハイランドでキャンプしたときにそのキャンプ場の名前から連想した本家の巨大遊園地の巨大な絶叫マシーンのジェットコースターも左側の近くにいくつも見えた。

 その背後に、ちょうど富士山が重なって見えている。


 高速を降りてから一般国道を三十分ほどで、道の左右はうっそうとした密林になった。


「これが有名な樹海だ」


 先生は運転しながらも説明してくれた。


 途中、国道が樹海の上を延々と高架線となって走る部分もあった。

 広い範囲に一面に広がる木々の海の上を走ると遠くまで見渡せて、本当に緑の海のようで絶景だった。


 やがてまた樹海の中を走るようになったころ車は国道から離れ、密林の中の細い道へと入っていった。

 いったいどこに連れて行かれるのだろうと思うくらい、木々は鬱蒼うっそうと生い茂っている。


 すると割とすぐに密林に囲まれたわずかなスペースがあって、そこにいくつかの集落が見えた。


「着いたよ」


 先生はにっこりと笑って言った。

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