第5部 先生の実家
1 高速道路を西へ
約束の当日、今度はキャンプではないので荷物もそう多くはない。
先生が車で送ってくれることになっている。
だが待ち合わせに指定されたのは学校の最寄り駅ではなく最寄り駅から合宿の時とは反対の東京の方に三駅ほど、でも始発の快速急行だと最初の停車駅となる駅だった。乗車時間は六分ほどで、ここが隣の市の中心駅だ。
俺たちの住む市の中心駅である最寄り駅よりも、こじんまりとして落ち着いた感じの駅前だ。
そこには悟が先に来ていて、島村先輩も同じ電車に乗ってきたようで改札を出てきた。
先生もすぐに赤茶色いファミリーカーで現れた。
「早く乗って、ひとに見られないように」
先生はなぜかあたりを気にしている。
先輩が助手席、俺と悟が後部座席に乗ると、すぐに車は走りだした。
「この町を出るまではなるべく顔を隠して、外から見られないように」
先生は変なことを言う。なんかかなりやばい状況なのだろうか?
でも先輩も悟も何ら不審がることもなく、言われたとおりにしている。
「実はね、教員が生徒を自分の車に乗せる時は保護者はもちろん、一回一回校長に届け出て県の教育委員会の許可を得なければいけないんだよ。でも今回はその辺を省略してる。部活の試合の移動とかだと特例で許可が下りることもあるけど、プライベートだったらまず許可は降りない。だから、見つからないように」
それで最寄り駅ではなく、隣の市の駅まで電車に乗らされたのか。
「女子がいないのもそういうことですか?」
俺が聞いてみた。
「そうだよ。もし万が一見つかったときに女子もいたらいろいろと面倒だ。それに、いくら親と同居の実家だといっても、自分の家に女子生徒を泊めるのはまずい」
「田舎だからではないんですか?」
先生の実家がかなり田舎だということは島村先輩から聞いていたので、そう尋ねてみたのだ。
「それもあるよ。密林に囲まれた小さな集落だからね、女子生徒が来て泊まったりしたらすぐに村中の噂になる、いろいろとうるさいんだよ、嫁の候補を連れてきたとかも言われかねないしね」
先生は少し苦笑しているのは、口調とルームミラーに映る顔でわかった。
しばらくは一般道を走っていたけれど、十二、三分くらいで高速に乗って料金所を通り、すぐに圏央道と合流、そのまま南下する。
山地でもないのにやたらとトンネルが多い。市街地に差し掛かると、その地下にもぐってしまうようだ。
ちょっと外に出たと思ってもまたトンネルで、そのトンネルが延々と続いたりした。
そこで助手席の島村先輩が俺の方を振り向いた。
「そういえば、実験、やった?」
俺はちょうどそのことを報告しようと思っていたところだったが、なかなかタイミングがつかめずにいた。
「はい。やりました。で、一つお聞きしたいんですけど」
「なに?」
「パンを二つに分けて、一つにはパワーをかけてもう一つはそのままで、比較実験やったんです」
「おお」
運転しながら青木先生も感心していた。
「なかなか科学的態度でよろしい」
やはり理科の先生だなと思う。
「で、どうだったの?」
島村先輩があらためて聞くので、俺は状況を説明した。
「実はパワーをかけた方が早くカビが生えて腐ったんです。これって、効果が逆じゃないですか?」
「いや、それはね」
俺の隣の悟が先に答えた。
「コンビニで売っているパンなんてものは、今はものすごい食品添加物としての保存料が入っている。それほどまで毒化されていうるんだ。でもパワーをかけるとその毒性が消えるのと同時に保存料も消えるから、パン本来の腐り方をするんだよ。何日も常温で置いておいてもパンが腐らないのは、添加物のせいなんだ」
「そう。回復魔法は浄化魔法でもあるからね。食品添加物の毒性も浄化される」
島村先輩が補足する。
「その辺は先生の方が詳しいから、聞いてみるといいよ」
「そうだね」
先生は運転しているからこっちを見ることはできないけれど、前を見たまま話しかけてくる。
「今は運転中だから詳しくは話せないけれど、あとで講義してやる」
「え? 田舎でも先生の授業を受けなくちゃならないんですかぁ?」
悟が口を尖らせて言うので、車内はみんな大声で笑った。
「とにかく、実験の効果はあったってことだね」
島村先輩が言うので、俺はもう一つ付け加えた。
「親父の肩凝りが治りました。それから交通事故ではねられた犬を救いました」
「おお、すばらしい」
島村先輩が感嘆の声を挙げる。
「人救いじゃなくて犬救いか、まあ、最初はありだな」
先生の言葉に、みんなまた笑った。
俺にとってはびっくりするような実験の結果だったのだけど、この人たちにとっては日常的なものでなんら驚くべきことではないのかもしれない。
それから二十分くらい走って、車は東京の都心から来た幹線高速道路へと入った。
それを東京とは反対の方へ走る。
道はお盆の帰省ラッシュともあってかなり混んでいたけれど、渋滞で車が停められることはなかった。
「都心からさっきこの高速に乗った地点までは、すごい渋滞だったようだよ」
先生はナビを見ながら言う。
ちょうど渋滞が終わったあたりから高速に乗った俺たちはラッキーだったのかもしれない。
そこから左手の下の方に山に囲まれた小さな湖を見たりして走ること十五分くらいで、かなり大きなサービスエリアがあった。
車はそこの駐車場へ入っていった。
「もうここは山梨県だよ」
車を停めながら、先生は言った。
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