4 犬救い
夕方、毎日家にこもっていたら気がめいるので、涼しくなったころを見計らって散歩に出た。
コンビニにちょっとした買い物も兼ねてである。
そしてその帰りに、向こうから小学生くらいの小さな女の子が駆けてくるのが見えた。
「みんと! 待ってぇ! みんとぉぉぉ!!」
女の子はそんなことを叫んでいる。
見ると女の子のすぐ前を子犬が、散歩用のひもを引きずったままこっちへ走ってきていた。
おそらく散歩の途中で手を放してしまったのだろう。それで犬に逃げられたようだ。
犬はポメラニアンだった。
犬はちょうどこっちへ向かってくる形なので、俺がつかまえてやろうと構えていた。
そして、狗が道路を横切る形でこっちへ来ようとしていた時に、脇からすごい速さで車が走ってきて犬は見事に弾き飛ばされた。
そのまま空中を飛んで、近くの家の塀に犬は激突した。
「「あっ!」」
声をあげたのは俺も犬を追いかけていた女の子も同時だった。
犬はたたきつけられた塀から地面に落ち、キャインキャインと鳴いている。
よかった、死んではいない。
俺は犬のそばに駆け寄った。
飼い主の女の子もすぐに追いついて、犬に手を伸ばした。
「みんと、だいじょうぶ?」
でも、抱き上げる前に、女の子が犬に触っただけで、犬はさらに激しく鳴きだした。
触られたら激痛が走るのだろう。
女の子はびっくりして手を引っ込めてしまった。
犬は後ろ足を投げ出して、立てずに倒れたままだ。
このまま無理に抱き上げたら、噛まれかねない。
はねた車はもう行ってしまっている。はねられたのが人間だったらひき逃げ事件だ。
そしてやはりはねられたのが人間だったらすぐに救急車を呼ぶところだけど、犬では呼んでも来てくれないだろう。
その時また、俺の中で閃いた。
「俺に任せて」
俺は犬のそばにしゃがむと、その痛そうにいている下半身に向かって両方の手のひらからパワーを放射した。
犬の鳴き声は次第に収まっていった。
たぶん五、六分はそうしていたと思う。
治してあげようなんて思うなと言われていたことを思い出し、まずは手の力、腕の力、肩の力を抜いた。
そのうち、犬はなんと自力で立ち上がり、ぶるぶると身震いしていた。
「みんと!」
女の子が犬を抱き上げた。
もう犬は痛がったりもせずに、おとなしく抱かれている。
「ありがとうございます。お兄さん。すごい!」
女の子は目に涙をためて、俺に何度も頭を下げた。
「もう、ワンちゃんのひも、放しちゃだめだよ」
俺はそんなことを言っていた。
「はい。ありがとうございます。まるで奇跡のお兄さんですね」
女の子は深々と頭を下げて、犬を抱いたままとぼとぼと歩いて行った。
俺は呆然としていた。
――奇跡のお兄さん……
前にも思っていた通りに、もう信じる、信じないの問題ではなくなった。結果を見てしまった。
この一連の出来事は、やはりあの人たちには報告した方がいいのではないかと、俺は家路を急いだ。
まずは一番身近な同じクラスのチャコに連絡しようかと、俺は考えていた。
そして家に帰るとすぐにスマホを開いた。
でも、チャコに連絡する前に、そこにはLINEにメッセージが入っていた。
島村先輩からだった。
[康生、お盆のころは暇?]――
言われてみれば確かに予定はない。栃木に帰っても、もうそこには家はない。
――[一応、暇ですけど]
[毎年行ってるんだけど、青木先生の山梨の実家に康生も行かないか?]――
これはチャンスかもしれない。まずはこの回復魔法のことを島村先輩とかに報告もしたい。それは直接会っての方がいいだろう。
それと、青木先生にもいろいろ聞きたいことがある。
なんか中二病というよりも青木先生はオカルトめいた感じになってきている。
でも先生は理科の教師だ。化学基礎を教えている。一応科学に携わる者としてオカルトめいたことをどうとらえているのか、それが聞きたかった。
――[分かりました。ぜひ行きます]
俺は即答した。
[了解。先生には報告しとく]――
――[あの合宿の時のメンバーが全員行くんですか?]
[いや、僕と悟と康生だけだ」――
以前は遠慮してか俺のこと「康生君」とか呼んでいた先輩だが、今は敬称が取れている。それだけ距離が近くなったということか……。
[田舎の村だから、たとえ生徒でも女子が泊りに来たらいろいろとうるさいんだって]――
[それと、一年生の男子も入れると人数が多すぎてだめなんだって]――
――[了解しました]
詳しいことは追って連絡をくれることになった。
(「第5部 先生の実家」につづく)
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