4 妖魔バトル

 藪の中からは得体のしれない気配がいくつもこっちを睨んでいる。

 その数はどんどんと増えていく。

 だが、やつらは実体がない。エネルギー体とでもいえばいいのか、もやっとした存在だ。だけど確かにそこには意思があり、感情があり、知性もあるようだ。

 その波動は明らかに邪悪で、それらが森全体を包み込んでいる。


 なんだかどす黒い、紫っぽい暗い炎のようなものが、やつらを包んでいる。


 チャコはそんな奴らとにらみ合う形で立ってはいるが、顔は微笑んでいた。


「さあ、あなた方も幸せいっぱいになれますよ。うんと力もついて、これまで力不足でできなかったこともできるようになりますよ。よかったね。この通りにやってごらん」


 チャコは両手を合わせたまま、頭の上に上げた。そして左右の手のひらを向かい合わせたままゆっくり開いていく。その開かれた両方の手のひらの間にはまばゆく光る光が玉となって現れた。

 チャコがさらに両腕を開くと、その玉もどんどん大きくなる。

 チャコは頭上に大きな光の玉をはさみ持っている感じだ。


 それを、邪気のある生命体に向かって投げた。ちょうど「かめはめ波」のように。

 でも、かめはめ波と違って脇からではなく頭上から投げられ、しかも光る玉はかめはめ波の玉よりもはるかに大きい。

 そこから光が束となって発せられるのではなく、その玉自体が投げられて飛んでいくのだ。

 光はさっと広がり、この藪の中に充満していた邪悪な存在はその光の中にのみこまれていった。


 すると、あれほど邪気に満ちていたそのエネルギー体が浄らかで穏やかな光の塊となって、次々に空へと上がっていく。


 それでもまだ藪の中からは、あとからあとから邪悪の塊が湧いてくる。

 そしてそれがチャコに一斉攻撃をかける。

 やつらはうなっている。それは地獄の唸り声そのものだ。


 やつらが発するのは、毒気に満ちた波動だ。

 それが鋭利な刃物のようになって、チャコに襲い掛かる。

 チャコはそれを食い止めるように手のひらを広げると、まばゆく回転する魔法陣がいくつも出現してチャコを守る。


 そうやって結界を貼っておいて、チャコは襲い掛かる邪悪に両方の手を使ってその手のひらをやつらに向ける。

 チャコの両手からは青く光る光の束が放射され、襲い掛かってくる連中の一体一体に浴びせられる。


 同じようにたちまち邪悪は浄化され、浄らかになって空に昇っていく。


 そして最後のとどめのように、森全体に向かってチャコは頭の上で作った光の玉を何発も投げる。


 そのうち、藪のある森全体が輝き始めた。


 ふうと、チャコはため息をついた。


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 というふうに、おそらくはチャコの妄想の中ではこのようなバトルが展開されていたのだろう。

 さっきからチャコは静かな森に向かって頭の上で玉を作るようなしぐさをして、それを投げるようなポーズをしている。

 そして今度は両手の手のひらを、空中のあちこちに向けていた。


 もちろん俺には森の中に何かが存在している気配も感じないし、チャコの開いた手の中の光の玉もチャコを守る魔法陣の結界も、空中に向けた両手の手のひらから出る光の束なども全く見えない。


 道を歩いている人たちも、チャコの謎の動作に驚いて目を止めていた。かなり危ない人だと思われたのではないだろうか。

 あるいは道端で踊っていると思われたかもしれない。

 まだ女子高校生でよかった。これがおっさんとかだったら確実にやばい人だ。


 だが、チャコ本人は大まじめだ。


 しばらくしてやっと終わったようで、チャコは森に向かってため息なんかついてる。


 俺はチャコのそばに近寄った。


「康ちゃん、今のすごかったね。よほどこの森は曇り深い土地なのね」


 俺には何も見えなかったなんて、チャコの空想を打ち破るようなことは言わないでおいてあげた。


「今の、何だったの?」


「妖魔がものすごい数いて、襲ってきた」


 チャコはいつも通りのニコっとした笑顔を見せた。

 俺たちはまた、それぞれの家のある方角へと歩き始めた。


「妖魔って何?」


「妖怪の妖に悪魔の魔で妖魔。そう書いて<まやかし>と読んだりもするけど」


 たしかに、そんなのが出てくるアニメもあった。


「日本の古い言い方では物のとかも言うけど」


 たしかに、古典の時間にそんなこと習った。


「つまり、なんか悪霊みたいなのがあの森にはたくさんいるってこと?」


「いるってより、いたってことね。あの森の土地に縛り付けられていた。でも、もう全部救わせていただいたからだいじょうぶ、あの森も浄化させていただいた。それと、妖魔は悪霊や邪霊じゃあない。今は邪悪に陥っているけれど、もともとの神性を取り戻してあげたら浄化されて救われる」


 なんだか言っている意味がよくわからない。


「昨日まではあの森を見て何も感じなかったの?」


「いつも帰りは塾からだからあの森のところ通らないし、朝は遅刻ギリギリで走って行っているから」


 たしかに、毎朝チャコが教室に入ってくるのは朝のホームルームぎりぎりだ。


「じゃあ、私こっちだから」


「ああ、また明日」


 気がつけばそこは、俺とチャコが初めて出会って正面衝突して、互いに転倒したあの曲がり角だった。

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